第38話 宵越しの金(2)

 ナージャが僕をつれてきてくれたのは、市場というよりは住宅街に近い一画だった。


 看板も出ておらず、民家なのか店なのか分からない建物に、躊躇なく彼女は侵入する。


「店主! 邪魔しますわよ!」


「……」


 年老いた獣人の店主は、無言でこちらを一瞥したきり、何も言わない。


 確かに今までとは大分毛色の違う服屋だ。


 二十畳ほどの空間に、男物も、女物も、あらゆる服が畳み方すらも適当に、無造作に置かれている。


 地球でいえば、風車に向かっていった騎士の名を冠した、某格安店の圧縮陳列を思わせる雰囲気である。


「この店の服なら、どれでも品質に間違いないですわ。それで、あのハーフエルフの娘のスリーサイズは?」


「いや、知らないですよ。そんなの」


「では、フリーサイズのゆったりとした貫頭衣の中から選べばよろしいのではなくて? シンプルな構造ですから、値段も安いですし」


「そうですね。そうします。部屋着なので気楽なのがいいと思いますし」


 僕はズダ袋を一端床に降ろし、商品を物色し始める。


「では、ワタクシも暇つぶしに見て回るとしますか」


 ナージャも店内をぶらつき始める。


(どれにしようかな……)


 テルマさんが着ている姿を思い浮かべながら、服を吟味する。


(彼女のイメージ的にあまり派手な色はないし……と、なると、これとこれか)


 テルマさんの服の好みが分からない以上、あまり悩んでも仕方ないので、直感に従って決断する。


 テルマさんには、深緑色のを一枚、ライトブルーのを一枚。


 自分用にも適当に数着を選んだ。


 早速、店主の下に持っていく。


「……」


 店主は無言で八本の指を示した。


「銀貨八枚ですか?」


「……」


 店主が頷く。


「金貨一枚でおつりでます?」


「……」


 また頷く。


 僕は金貨で代金を支払い、手に入れた服をズダ袋にしまった。


「すみません。お待たせしました――ナージャ……さん?」


 精算を終えた僕がナージャの下に戻ると、彼女は魂が抜けたような顔で佇んでいた。


「……た、タクマ。見てください。こ、これ。この店に、こんな掘り出し物があるなんて……」


 ナージャが震える手で、僕に一枚のスカーフを示してくる。


 それは、精緻な刺繍がほどこされているが、普通の写実的なものとは違い、抽象的な意匠を施されていた。  


 例えるなら、ドット絵のような感じだ。


「へー、個性的な絵柄ですね」


「そ、それだけですの? まさか、ご、ご存じないんですの!? これは、200年前の伝説の裁縫士、シュテルツェンの作に間違いありませんわ! 魔術的な圧縮言語によって編まれた彼女の作品は、装着者に白昼夢を見せる効果があると言われ、芸術的価値だけではなく、実存の本質を問う思想的な――」


「すみません。僕、ファッションには詳しくないので」


 長くなりそうなので、僕は話を強引にカットした。


 地球で言うところの、ボロボロのデニムが何百万とかするアレだろうか。


「ああもう! 店主! これを頂きますわ! おいくら?」


 ナージャが店主のへ駆けていく。


「……」


 店主が無言で指を10本示した。


「銀貨十枚! 格安ですわね!」


「……」


 店主が首を横に振る。


「金貨十枚!? いくらなんでもそれは横暴ではなくて?」


「……」


 店主が首を横に振る。


「て、手持ちが今、金貨7枚しかございませんの。ここは勉強してくださらない?」


「……」


 首を横に振る。


「お願いしますわぁー。素敵なお・じ・さ・ま」


「……」


 猫撫で声にも首を横に振る。


「一週間以内に倍値で買いますわ! それならよろしいでしょう?」


「……」


 頑なに首を横に振る。


「ああ! もう! タクマ! いえ、タクマさん!?」

 ナージャが雑技団ようにバク転して僕に肉薄する。


「な、なんでしょう」


「お金を貸してくださいまし!」


 ナージャは手を合わせて僕を拝んだ。


「ええ……、いくら良い物とはいっても、さすがに借金までして買うことはないんじゃ」


 僕は若干引き気味に言う。


「何をおっしゃいますの! ファッションアイテムとの出会いは一期一会ですのよ!? 今買い逃したら一生手に入らないかもしれないではないですか! そうなったらタクマは責任取れるんですの!」


 ナージャは僕の胸倉を掴んで、痛切に叫んだ。


 僕は自分の革袋の中身を確認する。


 金貨4枚に銀貨が二枚。


 商会や冒険者ギルドに預けている分を足せばまだまだ資産はあるが、手持ちの現金はこれだけだ。


「そんな、貸すと言わず、差し上げますよ。金貨三枚」


「さすがはタクマ! 太っ腹ですわね!」


「もちろん、代償を要求しますけど」


 僕にしなだれかかってきたナージャに、そう釘を刺す。


 前に酒場でおごるだけおごらされてブチ切れていた冒険者みたいにはなりたくない。


「代償!? なんですの?」


「大したことじゃないですよ。しばらく、僕たちのパーティで探究者として加わってくれればそれで十分です」


 期間は敢えて曖昧にしておく。


 明確にしておけば、そこで終わりだが、曖昧にしておけば、そこで『交渉』が生まれるから。


「ああ、もう! その条件を呑みますわ! ですから! 早くお金!」


「ではどうぞ」


 僕は金貨三枚をナージャに手渡した。


「さあ! おじいさん! これで文句ありませんわね!?」


 ナージャは金貨10枚を叩きつけるようにして店主に渡す。


「……」


 今度は店主も頷いた。


「やりましたわ! これでスカーフちゃんはワタクシのものですわあああああ!」


 ナージャは勝利の雄たけびをあげ、自由の女神のようにスカーフを掴んだ拳を天に掲げる。


 こうして、長きに渡ったショッピングはよくやく終わり、僕は荷物をナージャの逗留している宿の部屋にまで運ぶ。


 それから、僕は自分のお金で買った分の髪飾りと服を選別し、ズダ袋の内の一つにしまった。


「じゃあ、僕はこれで。ナージャさんは誇り高い方ですから大丈夫だと思いますけど、約束は守ってくださいね」


「心配なさらなくても逃げたり致しませんわよ。隠し部屋といい、今日のスカーフといい、タクマといると不思議と良いことがありましたから。ワタクシ、そういうツキを大切にしてますの」


 ベッドに大の字に体を投げ出したナージャが呟く。


「ならいいです。それじゃあ失礼します」


 僕は一礼して、扉へと踵を返した。


「あっ。タクマ、おみやげに一つアドバイスを差し上げますわ」


「アドバイス?」


 僕は振り向く。


「あなたとハーフエルフの娘の関係性は存じ上げませんけれど、女性にプレゼントするのに、色気の欠片もない実用本位の服だけというのはよろしくありませんわよ。彼女を喜ばせたいのだったら、花束の一つでも添えることですわね」


「花ですか? ……うーん。合理的なテルマさんが、食べれもしない花を貰って喜ぶかなあ」


 正直疑問だ。


 むしろ無駄遣いをとがめられそうな気すらする。


「役に立たない、美しいだけの存在だからこそ良いのですわ。よほど嫌いな男性からでもない限り、花束を貰って喜ばない女性はおりませんわよ」


「そういうものですか。ありがとうございます」


 僕は礼を述べて、宿を後にした。


 女性の心理には女性の方が詳しいだろうから、ここは素直に従っておこう。


 僕は早速、今日ナージャの行っていたフラワーショップで花束を見繕ってから、家へと帰りつく。


「ただいま」


「……お帰りなさい」


 テルマさんが僕の方を見ずに呟いた。


 テーブルの上にはすでに料理が出来上がってる。


「先に食べていてくれてよかったのに。ごめんね」


 僕は急いで席について、若干ぬるくなったスープを口に運ぶ。


「楽しかった?」


 ぽつりとテルマさんが呟く。


「え?」


「デート楽しかった?」


 いつもと同じクールな表情だけど、なぜか怒ってる気がする。


「うん。勉強にはなったよ? ナージャさん、顔が広いから」


「そう……」


 気まずい沈黙が流れる。


 そのまま僕たちは黙々と食事を終えた。


「あ、その、テルマにこれ、買ってきたんだけど。良かったら着て」


 洗い物を終えたテルマさんに、僕はそっと服を差し出した。


「私に? タクマが選んでくれたの?」


 テルマさんが目を丸くする。


「うん。気に入るか分からないけど、これから寒い季節に移っていくのに、一張羅は健康によくないと思って」


「ありがとう」


 テルマさんが僕から受け取った服をぎゅっと抱きしめる。


「後、これも買ってきたんだけど。こっちは、その、日頃の感謝的なやつで」


 僕は花束を取り出して、テルマさんを追撃する。


「……いい匂い。素敵」


 テルマさんが瞳を閉じて、花束の匂いを嗅ぐ。


 彼女のまとう雰囲気が和らいだ。


 よかった。


 どうやら機嫌が直ったみたいだ。


(あれ? ――っていうか、僕、何にも悪いことをしていないのに、何でこんなに気を遣ってるんだ?)


 世の中には覆せない理不尽もあると学ぶ、今日この頃だった。


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