第35話 お誘い
ダンジョンから地上へと帰還した僕たちは、冒険者ギルドの倉庫に装備を預け、早速テルマさんへと報告に向かう。
「依頼の品は問題なく全部ある。確かに受領した。これが報酬」
「では、約束通り八割頂きますわよ」
ナージャは、金貨と銀貨で用意された報酬から、自分の取り分を容赦なくごっそり腰の革袋に入れた。
「じゃあ、残りは僕とミリアで一割ずつ。あと、これはダンジョンで取れた宝石です。テルマさんの方で処分お願いします――あ、ミリア。宝石の内いくつかをポーション作成の練習用にとっておきたいんだけどいいかな?」
「もちろんです! どうなることかと思いましたけど、いつもより儲かってよかったですねー」
「うん。そうだね」
僕とミリアは満足げに頷き合う。
結局、僕とミリアだけでミッションをこなした時の、1・5倍くらいの報酬が手に入ることになりそうだ。
「とにかく二人が無事でよかった。この宝石は商会経由でオークションにかけることにする」
僕とミリアから宝石を受け取ったテルマが呟く。
「全く、どうして冒険者の皆さんはせっかく自分の命を賭けて稼いだ財産を、安全な地上でぬくぬくと書類仕事しているような輩に預けるのか、ワタクシには全くもって理解不能ですわ」
ナージャが呆れたように肩をすくめる。
「でも、冒険者個人よりは冒険者ギルドの方が交渉力が強いから、結果として高く買い取ってもらえたりするじゃないですか。支払いも確実だし」
「マージンを抜かれるほどのメリットがありますの? 全部自分で交渉すれば丸儲けですのに。まあいいですわ――お金も入ったことですし、早速街に繰り出すとしましょう!」
ナージャは『仕事は終わり』とばかりに二回手を打って、踵を返す。
「……」
まるで嵐のように去っていく彼女の背中を僕は呆然と見送る。
「何をぼーっとしてますの? タクマも来なさいな」
「え? どうしてですか?」
「荷物持ちに決まってるでしょう! いやならいいんですのよ? ワタクシとデートをしたい殿方は他にいくらでもおりますから」
荷物持ちを堂々とデートだと言ってのける厚かましさに、僕は一瞬、口をポカンと開けた。
普通ならここでついていくという選択肢はあり得ない。
でも、断ったら、間違いなくナージャとの関係はここで切れてしまうだろう。
可能性は低くとも、ナージャを仲間にするには、彼女のプライベートに踏み込み、人となりの情報を探る必要がある。ビジネス上の関係性だけだと、永遠に彼女が僕たちのパーティに加わることはなさそうだから。
「ではお付き合いします。でも、僕は何もおごりませんよ」
「ワタクシより貧乏なあなたにタカるほど落ちぶれてはおりませんわよ」
僕の軽口に、ナージャが軽口で応える。
「じゃ、じゃあ、私も行きます! 私、ドワーフですから、こう見えて力持ちですよ!」
「荷物持ちは一人で十分ですわ。それに、子連れだと間違われたら困りますし」
勢いよく手を挙げて立候補したミリアを、ナージャが瞬殺する。
「うわーん! ひどいですー! テルマさんー! タクマさんが浮気してますー!」
ミリアが先生に言いつけにいく小学生のような口調でテルマさんに抱き着きに行く。
おかしいな。
僕はまだ誰に対しても貞操の義務を負ってないはずなんだけど。
「……担当官に冒険者のプライベートへ干渉する権限はない」
そう言いながら、捨てられた子犬のような寂しげな目で僕を見るのをやめてくれ。テルマさん。
決して下心はないんです。
これも全部パーティのためなんです。
後ろ髪を引かれる思いを抱えながら、僕はナージャの後に従う。
「では、まずは宝石を換金しますわね」
ナージャがそう言って足を向けたのは、ミルト商会だった。
「いらっしゃい。ようこそミルト商会へ――ってお前かよ」
受付でビジネススマイルを浮かべていたシャーレは、ナージャを見るなり仏頂面になった。
「そんなに邪険にしなくてもよろしいのではなくて? 同じ
ナージャは受け付けのカウンターに手をついて、親しげにシャーレに話しかけた。
顔見知りなのだろうか?
「うっせーよ。放蕩娘が。っていうか、お前、オレらの商会が飛ばした伝書鳥、勝手に捕まえて開封しただろ」
「一瞬お借りしただけじゃありませんの。ちゃんと元に戻してすぐにお空に返して差し上げましたわよ」
シャーレの詰問を、ナージャは悪びれることなく受け流す。
「ったく。一度開封された密書は情報としての価値が――って、タクマ。どうした? 何でここにいる?」
ようやくナージャの横にいた僕に気付いたシャーレが、すっと目を細めた。
「いや、今日、ナージャさんと臨時で一緒にパーティを組むことになったんだよ。それで、流れでこの後彼女の買い物に付き合うことになってるんだ」
僕は端的にそう説明する。
「タクマ……お前も男だし、冒険者だから、女に興味を持つなとは言わない。だけど、こいつだけはやめとけ。マジでろくでもないぞ」
シャーレが立ち上がって、心底心配そうに僕の両肩に手をのせた。
「あら。『傾国』と『女殺』。意外にお似合いの二人かもしれませんわよ?」
ナージャが戯れに僕と腕組みしてくる。
ボディータッチも彼女の戦略の内なのだろうか。
「言ってろ。で、今日は何の用だよ」
「ダンジョンで入手した宝石を買い取って頂きたいだけですわよ。この後のデート資金に」
ナージャは悪戯っぽくそう言って、ポーチから取り出した宝石をカウンターに並べた。
「ほう。マニスのダンジョンでレアドロップとは珍しいな――どれどれ」
一気に仕事モードの真剣な表情になったシャーレが、水晶っぽい材質の拡大鏡や、スキルを使ってるっぽい雰囲気で手をかざしたりしながら、宝石を鑑定する。
「マニスで出たにしては中々の物でしょう。当然、これくらいで買い取ってくださいますわよね?」
ナージャは受け付けに置いてあったペンを勝手に取り、メモ帳のような羊皮紙に小さく数字を書きつける。
「お前なあ。オレを誰だと思ってんだ。これでも商人だぞ。そんなとりあえずぼったくり値を提示しといて、下げていくみたいな初歩的な交渉術が通用すると思ってんのか。これくらいが妥当だろ」
シャーレがナージャの書いた数字を上書きする。
「あら。シャーレこそ、ワタクシを誰だと思ってますの? この商会の柱の傷の数まで知り尽くしたお父様の愛娘のワタクシが、この時期の相場を知らないと思って? これから各地で収穫祭が催されるのですから、当然、身を着飾る宝石の値が上がるに決まってるでしょう。最低でも、これくらいは頂きませんと話になりませんわ」
また書き直す。
「なにが愛娘だ。半分勘当されてるようなもんだろうが。少しは実家に金を入れようと思わねえのかよ。親不孝者」
シャーレがまたまた書き直す。
っていうか。
「え? ちょっと待って。今娘って言った? ナージャの実家? この商会が?」
聞き捨てならない情報に、僕は思わず口を挟んだ。
「なんだよ。知らないで付き合ってたのか? こいつはナージャ=ミルト。ミルト商会の現当主の三女だぞ」
シャーレが肩をすくめて言った。
「……本当にお嬢様だったんだ。僕、てっきり周りの男を上手いこと騙くらかすためのキャラ付けだとばっかり思ってたよ」
「タクマ。あなた。時折、物凄く失礼なことをおっしゃいますわね」
ナージャが組んだ僕の腕をつねってくる。
痛い。
「ケケケ。素直なのがタクマの良い所だな」
シャーレが痛快そうに笑う。
「まあいいですわ。ここはシャーレの顔を立てて、これくらいで我慢しておいて差し上げます」
ナージャが、『これで決まり』とばかりに数字の一桁目だけを訂正する。
「ちっ。しゃあねえな。安くはねえが、これなら会長も納得してくれるだろうさ」
シャーレが渋々といった様子で頷く。
交渉は痛み分けといったところだろうか。
(ますます、僕たちのパーティに必要な人材だな)
僕は、病院暮らしが長かったということと、元異世界人という二重の意味で世慣れていない。
ミリアも決して対人的交渉が得意なタイプじゃない。
もしナージャがパーティに加わってくれれば、僕たちに足りない冒険者の世界で生き抜いていく上で必要な『狡さ』の部分を補ってくれる気がする。
「さ。納得したならもうよろしいでしょう。早く現金をこちらに寄越しなさい」
「はいはい」
シャーレがカウンターの下から小型の金庫を取り出して、その鍵を開ける。
中から代金をきっちりと勘定し、ナージャへと支払った。
「うふふふ、やっぱりこれくらい懐が温かくないと思いっきりショッピングを楽しめませんわね!」
ナージャは愛おしげに金貨と銀貨に頬ずりしてから、革袋にそれをしまう。
「もうお前はいっそのこと金と結婚しろ! ――あっ。そうだ。タクマ。お前に一つ言っておくことがある」
シャーレは思い出したように僕の方を見る。
「なに?」
「近々お前たちにうまい仕事を投げてやるから、長期の依頼はいれるなよ」
「わかった。ありがとう」
「それだけですの? もっと詳細を詰めておいた方が良いですわよ。この男女がどんな無茶な依頼を振ってくるかわかりませんのに」
「必要ないです。僕はシャーレを信頼してるので」
「さすがタクマは中々、女を見る目があるな。聞いたか? ナージャ。できる男は外面じゃなくて中身を見るんだよ中身を」
シャーレが勝ち誇ったような顔でナージャに鼻を鳴らす。
「あなたも銭ゲバ具合ではワタクシと大差ないと思いますけれど……さすがは『女殺』ですわね。女の嘘は人生を楽しむスパイスという訳ですの?」
「なんでそうなるんですか。単純な信頼の積み重ねですよ」
僕はナージャの邪推を真っ向から否定する。
異世界に転移したばかりの時も、テルマさんの件も、僕を嵌めて儲けようとするならいくらでも手段はあった。でも、シャーレは結局そうしなかった。
短期的な利益を求めるよりも、僕たちと信頼関係を築いた方が長期的には儲けになると判断したからだろう。
「そういうこった。ま、ケツの毛まで抜かれない程度に楽しんでこい。タクマは女慣れしてなさそうだし、その物欲の権化のような女を練習台にしろ」
「ひどい言われようですわね。――いきますわよ。タクマ」
ナージャは頬を膨らませて、僕の手を引いて商会を後にした。
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