第34話 探索者

「右の通路には敵がおりますから、左の方からまいりましょう」


「三歩先 左右の壁から矢のトラップがありますわ。床を踏み抜かなければ問題ありませんけれど」


「階層のモンスター分布と、気配の大きさから考えて、依頼目標のモンスターで間違いないですわ。戦闘のご準備を」


 結論からいえば、ナージャがパーティに加入した効果は予想以上だった。


 十階層までは広域マップの5階層を除けば、ほとんど敵と遭遇することなく進んだ。


 いつもの半分程度に移動時間が短縮されたのではないだろうか。


 その後の階層でも、無駄な戦闘を避け、効率的にミッションに必要なモンスターだけを狩ることができた。


「これで大方のミッションは終わりましたわね。少々休憩致しませんこと?」


 ダンジョン18階層の小部屋で、ナージャが汗一つかかずに小首を傾げる。


 結局、いつもと同じくらいか、ちょっと早いくらいの時間で、僕たちは仕事を終えた。


 僕たちも損をしないくらい――すなわち、今までの総収入の五倍が手に入るように、多めに依頼を受けたにも関わらず、である。


「うん。――正直、驚いたよ。探索者一人加わるだけでこんなにも楽になるなんて思わなかった」


 僕たちは壁を背にして、いつでも立ち上がれるような片膝立ちの姿勢で座る。


 僕は感心した。


 能力もそうだが、彼女の仕事に向き合う姿勢の真摯さに対してだ。


 ナージャは『マニスのダンジョンはぬるくてセコい』と馬鹿にするようなことを言っていたが、決して侮っている訳ではなく、僕たち以上にダンジョンに対する知識も経験も深いことは、今日一日だけでもわかった。


 いや、僕もミリアも真剣にやってるから、彼女を殊更評価するのもおかしいのだけれど、ヤバそうな人がちゃんとしていると、落差がすごいのでより素晴らしく思えてしまう。


 いわゆるギャップ効果というやつだろうか。


「あら、並の探索者ならこうはいきませんわよ。ワタクシだからですわ! 一度ワタクシの味を知ってしまえば、他の方じゃ物足りなくなりますわよ?」


 ナージャは妖艶に笑って、腰のポーチから金属製のカップを取り出した。マトリョーシカのように、その中から小さめのカップが四つ取り出される。


 その内の二つを僕とミリアの前に配置した。


「うわー、すごい自信ですねー。私ももっと自分に自信を持ちたいんですけど、どうすればいいですかねー?」


 ミリアがナージャに憧れの眼差しを向ける。


 言葉尻だけをとらえれば嫌味にとられかねない発言だが、ミリアの声色には他意はない。


「どうもこうも、積み重ねてきた力と結果相応の自負を抱いているだけですわ。ワタクシはフリーですもの。お互いに甘えられるぬるいパーティとは違って、毎回結果を残さなければ次がありませんから――それより、ティータイムに致しましょう。『女殺』さん、お湯を沸かしてくださる?」


 ナージャは右手で僕に一番大きいカップを手渡して、そう要求する。


 左手には、ポーションを入れるような試験管に詰まった茶葉。


 まあ、どうやらお茶をごちそうしてくれるみたいだからこれくらいはいいか。


「ギャザーウォーター、『メイクファイア』」


 僕は同時詠唱でちゃちゃっとお湯を沸かして、ナージャにカップを戻す。


「ご苦労様ですわ」


 ナージャは僕から受け取ったカップのお湯に、茶葉を入れてかき混ぜる。


 ジャスミンにも似た、心を落ち着ける優しい香りが辺りにただよった。


「わー、いい匂いですねー」


「さっ。クッキーもありますから、お茶請けにどうぞ」


「……タダですか? 後で法外な料金を請求されたりしませんよね?」


 テルマさんのレポートでは犯罪歴の有無に関しては信用できる人間だと判明してるから、さすがに毒を盛るようなことはないだろう。しかし、ぼったくってくるくらいは十分にありえることだった。


「あなた、一体、ワタクシを何だと思っているんですの?」


 ナージャは心外といった様子で眉をひそめる。


「正直、ドケチの銭ゲバかと」


 僕は率直に答えた。


 今までの言動を見るに、建前よりも本音で生きているタイプだと思ったので、敢えて気は遣わない。


「ふふっ。はっきり言ってくれますわね。銭ゲバは否定しませんけれど、ドケチはあんまりですわ。少なくとも、せっかくのティータイムをお二人と分かち合えないほどの不粋ではないつもりです」


 ナージャは微笑すると、無害であることを証明するように、お茶を一口含み、クッキーを頬張った。


「ナージャさん! これすごいおいしいです!」


 ミリアが両手にクッキーを手にしてはしゃぐ。


 ちょっとは遠慮しようよ……。


「それはなによりですわ。実はこのクッキーの誕生には、ある逸話がありまして――」


 ナージャはミリアの無作法も気にせず、小話を始める。


 話題も豊富で、ウイットに富み、ちょっとした仕草の一つ一つに、いつでも優雅さを忘れない。


 もちろん、ナージャみたいな女性は、市井を探せば、見つからないことはないだろう。


 でも、冒険者という職業にあたっては、極めて希少だった。


 冒険者の女性は、通常、性差を埋める方向で動く。


 例えば、ミリアも短髪とまではいわないが、世間一般の女性に比べると髪は短い方だ。


 シャーレも今は商人をやっているが、昔は冒険者をやっていたという。あの男っぽい言葉遣いはその頃に身に着けたものではなかろうか。


 つまり、厳しいサバイバルを要求される冒険者の世界は、荒事上等の男社会的なルールで動いているのであり、その環境に適応するために、女性も男性に合わせて、わざとがさつな言動を取るようになりがちだ。


 だが、ナージャは、敢えて女を捨てなかった。


 冒険者のような必ずしも社会的地位の高くない男たちにとって、それはある種の幻想である。


 自分たちが通常では手に入らないような、『育ちのよさそうなお嬢様』――女性らしく着飾り、女性らしく振る舞う女性。その上、冒険者の仕事にも理解がある有能な探索者となれば、パートナーとしてもう言うことはない。


 ナージャがそういう男性の意識まで理解した上で、意図的に今のように振る舞っているならば、まさに『傾国』という訳で、モテるのも頷ける。


 その選択には、男たちちやほやしてもらえるというメリットもあるだろうけど、デメリットの方が多いに違いない。男の冒険者に女性らしさを意識させることは危険だし、女の冒険者には嫉妬されるだろう。


 そういう面では、テルマさんが懸念していた、無用なトラブルを招く存在というのもまた、一面の真実には違いない。


(……って、なに真面目に考えているだろうな。僕は)


 要は仲間として一緒にやっていきたいかどうかだ。


 実力は間違いない。


 もちろん、恋愛感情的な意味での好意はないが、人間性としては、自分の力だけで信念を貫くその姿勢は、素直に尊敬できる。


 ミリアもナージャを嫌ってはないようだ。


 となれば、僕としてはできれば、彼女に仲間になって欲しいが、何か良い手はないだろうか。


 まさか貢ぐという訳にもいかないし、お金以外で彼女が欲する何かを見つけられればいいんだけど。


「そして、ミルクを口に含んだ小太りの男が――」


 ナージャは話のオチの直前で唐突に口をつぐんだ。


「ナージャ?」


「お宝の気配がしますわ!」


 立ち上がって叫ぶ。


「え? お、お宝ですか?」


「エバンシル様から、天啓がありました! この階層、隠し部屋がありますわね!」


 ナージャはカップにまだ残っていたお茶を捨て、僕たちのカップを強制的に回収して休憩を切り上げる。


「あ、あの! まだクッキーが残ってますけど!」


「クッキーどころの話じゃありませんわ! 『幸運の女神には前髪しかない』という言葉をご存じじゃありませんの!?」


 名残惜しそうに言うミリアを、ナージャが一喝する。


「意味は分かるけど、女神様に対して微妙に失礼なんじゃないかな……」


「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行きますわよ!」


 僕たちの返答を待つことなく、ナージャは一方的に出発を宣言する。


 カップを壁にくっつけ、底に耳をあてながら、時折壁をノックして慎重に進んでいく。


 カップはこういう使い方もするのか。


「ど、どうしましょう!? タクマさん」


「とりあえず無理のない範囲で追おうか。ナージャが独断専行を続けるようなら、すでに彼女がトラップを探知して安全を確保してくれた道を引き返そう」


 僕たちも立ち上がり、モンスターを警戒しながらその後に続く。


 三十分ほど経った後、ナージャがぴたりと立ち止まった。


「やっぱり! 隠し部屋ですわ! ちっ――クソ硬いですわね。タクマ! 魔法で壁をブチ壊してください! 早く!」


 ナージャが壁を蹴り飛ばして叫ぶ。


 興奮しているのか、言葉遣いが汚くなってる。


「では『エクスプロージョン』を唱えるので、ちょっと離れていてください」


 爆音と共に、僕たちには何の変哲もない壁にしかみえなかったそれが、ガラガラと音を立てて崩れた。


 その先には鍵付きの扉がある。


「よくやりましたわ! ふふふ、この程度の鍵で、ワタクシを阻めると思ってますの? ――うふふ、ここがいいんですの? そうそう。いい子ですわねー」


 ナージャは腰のポーチから取り出したピッキングツールを扉の鍵穴に差し込んで、ブツブツと独り言を繰っている。なんだかとても楽しそうだ。


 やがて、カチっと、時計の秒針が動く時のような音を立てて、鍵が開く。


「おほほほほ! さあワタクシのモノになりなさい! お宝ちゃん!」


 ナージャは哄笑と共に扉を蹴り開けた。


 中には想像していたような宝箱はない。


 代わりに身体の各所に宝石を埋め込んだ特殊なストーンゴーレムが僕たちを待ち構えていた。


「下がってください! 僕が倒します!」


「お待ちになって! 威力の高い魔法を使っては、宝石を損ないますわ!」


 ナージャが左手で僕を制し、右手でレイピアを抜き放った。


「でも、ゴーレム系統を相手取るのに刺突武器は相性が悪いんじゃ?」


「ふふふ。腕と脚を動かせるものには全て、脆い関節というものがあるんです――わよ!」


 ストーンゴーレムがぶん回した腕をかいくぐり、脚に一撃。


 ナージャが狙ったのは、人間でいえば膝の辺り。


 急所を狙ってストーンゴーレムを行動不能にし、身体にはめ込まれた宝石を損なうことなく回収したいらしい。


 とはいえ、関節につながるストーンゴーレムの脚と太ももの間の隙間は、カミソリ二枚分ほどの厚さしかない。


 文字通り針の穴を通すような繊細な攻撃が必要となる。


 一歩間違えれば、レイピアはすぐに折れるだろう。


「ミリア。プロテクトを」


 僕はナージャの動きを阻害しないように後ろに下がりながら告げる。


「はい!」


 ミリアにナージャを支援させるが、正直気休めだ。


 もしストーンゴーレムの一撃をまともにくらえば、即死もあり得る。


 レベルは28あるとはいっても、職業的にも装備的にも、ナージャの頑丈さが高いとは思えないし。


 素早さや器用さは高そうだから、回避は余裕だろうけど、それでもハラハラする。


 僕にはとても真似できない。


 たとえ、一万回の内、9999回大丈夫だとしても、一回ミスったらそれで冒険は終わりなのだから。


「つまらない攻撃ですわね」


 社交ダンスでも踊っているからのように優雅に舞いながら、ナージャはひたすら攻撃をかわしてレイピアを繰り出し続ける。


 全てがクリティカルヒットとはいかず、何度も突き損じたが、同時に致命的なミスもない。


 ガツッ、とやがて会心の一撃がストーンゴーレムの右膝を捉えた。


 ストーンゴーレムが膝を折り、動きが急に鈍くなる。


 後はナージャのワンサイドゲームで、腕、脚、首、全ての関節を徹底的に破壊しつくして、ストーンゴーレムを無力化した。


「おほほほほ! いただきますわよ!」


 ナージャは、レイピアをしまい、ポーチから彫刻とかに使うようなノミを取り出すと、ストーンゴーレムの身体に馬乗りになった。


 手早く、かつ丁寧に、宝石を取り出していく。


「ふう。こんなところですわね……さっ。残りはお好きにどうぞ。周りは適当に見張っておいて差し上げますから」


 子どもの拳サイズの赤い宝石を取り終えたナージャは、満足げにそう言い放つ。


 ストーンゴーレムの身体には、まだいくらかの宝石が残されていた。


「いいんですか?」


 これまた意外だった。


 てっきり全部独り占めするものだとばかり思っていたのに。


「めぼしい物は回収致しましたし、もうポーチがいっぱいですから。ま、残っているのほとんど価値のない宝石ですけれど、集めれば一週間分の飲み代くらいにはなるのではなくて?」


 ストーンゴーレムから離れたナージャは、大きく伸びをしながら告げる。


 まあおこぼれであろうとも、利益を分配するのとしないのでは、恨みの買い方が違うのだろう。


 今回の隠し部屋はナージャがいなければ絶対見つけることができなかったのだから、僕たちとしては純粋にありがたい話だ。


「じゃあ遠慮なく」


「私、宝石なんて触るの初めてですー」


 僕とミリアはストーンゴーレムの身体に群がった。


「ウインド 『ギャザーウォーター』」


 僕は細い水を風の力で押し出し、ウォターカッターの要領で細々とした宝石を取り出す。


 試しに前に学んだ『鉱物学』の知識を発動してみるが、ナージャの言う通り、せいぜいが初級ポーションの材料に使える程度の、価値の低い宝石だった。


 ミリアは杖の柄で、テコの原理を使って大きめの宝石を回収していた。


「では、そろそろ戻りますわよ。これ以上荷物の量が多くなると、行軍が不安ですし」


 僕たちが作業を終えたところを見計らい、ナージャはそう宣言した。


 結局、終始、ナージャにリードされる形で、探索者を加えた僕たちの初めてのダンジョン攻略は終わりを告げた。

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