第31話 善神様弱すぎ問題
(うーん)
叡智神ソフォスの神殿の前にある噴水の淵に腰かけて、テルマさんから貰ったレポートに目を通しながら、僕は悩んでいた。
内容はずばり、僕の『生きているだけで丸儲け』の効果が及ぶであろうと推測される、『善神』と呼ばれるような存在である。
『
楽神ミューレ――音楽を司る神。信仰を捧げることで、楽器の演奏に関する知識と、信仰者の音楽を聞いた者に特殊な付加効果を与える能力を得る。ただし、その効果は個々人の才能に大きく依存するため、極めるのは非常に難しい。しかし、伝説の上では、魔王と渡り合った伝説のパーティーに楽神ミューレの信仰者がいることも珍しくなく、その天賦の才は時に奇跡を起こすとされる。
職業としては、吟遊詩人や貴族などが信仰することが多い。ダンジョン探索においては、『大きな音を出す』という行為自体が危険なため、あまり有用ではない。国家間の戦争の場合、軍楽隊として用いられることがある。
・是とされる行動 音楽を奏でる。(信仰の蓄積は、どれだけの聴衆の心を動かせたかに依存する)
・否とされる行動 音楽を奪う。(楽器の破壊。もしくは演奏者を傷つける)
詩神ロゴス――文芸全般を司る神。信仰を捧げることで、文書表現に関する知識と、信仰者の作品を読んだ者に特殊な付加効果を与える能力を得る。(※発話する文芸は楽神ミューレの管轄となる。※ロゴスは善神のため、読んだ者に物理的被害の及ぼす可能性のある魔術書等の文章には効果が発動しない)
・是とされる行動 文芸作品を創作する。(信仰の蓄積は、どれだけの読者の心を動かせたかに依存する)
・否とされる行動 文芸活動を愚弄する。(盗作・言論弾圧等々の不法行為)
画神ピクネー――絵画を司る神。信仰を捧げることで、絵画を描くことに関する知識と、描き出した絵画を見た者に特殊な付加効果を与える能力を得る。ただし、その効果は個々人の才能に大きく依存するため、極めるのは非常に難しい。逆説的にいえば、ピクネーに選ばれた天才は、稀有のマジックアイテムクリエイターとなる可能性を秘めている。
職業としては、絵描きはもちろん、建築家や武具・防具の職人などが、その製作物に付加価値をつけるために信仰することがある。
・是とされる行動 絵画を創作する(信仰の蓄積は、どれだけの鑑賞者の心を動かせたかに依存する)
・否とされる行動 絵画を破壊する。
……。
……。 』
ざっと黙読してみても、直接戦闘に使えるスキルを与えてくれる神様はほとんどいない。
それもそのはずだ。
そもそも、この世界に存在する実用的なスキルを与える神様のほとんどは中立だ。
例えば、闘神オルデンなんかがその良い例で、モンスターも人間も、生存領域を確保するために戦わなければいけないのは同じだ。
となれば、神様的にはより多くの信者を集めるためには、どちらかに肩入れせずに恩恵を施した方がいい、ということになるのだろう。
そういう観点から言うと、善神様とは、人類の文明が紡ぎ出す固有の文化を愛する神様ということのようである。
文化というのは余剰から生み出されることが多く、つまる所、生死に必須ではないようなものが多いのだ。でも、無駄かというとそうではなく、文化が文明を文明たらしめているという側面もあるとは思うのだけれど。
(試しに、楽神ミューレでも信仰させてもらおうかな)
僕は気楽にそう決める。
それに、先日の宴会で流しにやってきた吟遊詩人は、中々風情があってかっこよかった。
あそこまでは上手くなれなくても、人生を豊かにするために、趣味的な意味での神様を一柱くらい持ってもいいだろう。
スキルとしても、一応、全く戦闘の役に立たないことはなさそうだし。
もちろん、冒険者稼業をサボろうと思っている訳じゃない。
でも、いい意味での『遊び』も生活の上では必要だと思うのだ。
僕には別に魔王を倒して世界を救う使命が与えられてる訳でもないのだから、ゲームでいうところの効率厨になる必要ないと思う。
そんなことを考えながら、僕は『楽神ミューレ』の神殿へと向かった。
ソフォスの神殿とも相性が良いからか、結構近い。
徒歩3分ほどで建物が見えてくる。
円筒形の、天蓋つきのコンサートホールのような神殿だ。
他の神々の神殿と比べても、結構立派な方である。
もしかしたら、大商人や貴族(はこの都市にはいないようだけれど)がパトロンになっているのかもしれない。
「あのすみません。ミューレ様を信仰したいのですが」
僕は入り口付近にいた長髪の男性に声をかける。
「ようこそ。音楽の殿堂へ。入信するには、ミューレ様にあなたの得意な音楽を捧げて頂く必要があります。何か得意な楽器はおありですか?」
長髪の男の神官さんは、声優のようなイケメンボイスで僕に応対してくれた。
「えっと、得意というほどじゃないんですけど、縦笛と、リュートに似た楽器を少々。えっと、諸事情により、今、楽器はもっていないんですが」
僕は遠慮がちにそう申し出た。
ここでいう縦笛とはリコーダーのことで、リュートに似た楽器とは、アコースティックギターのことだ。
リコーダーは一応、小・中学校の科目としてあるので病院でも練習していたし、アコースティックギターは、バイク事故で入院してきたお兄さんからタダで譲ってもらってから、ちょくちょく弾くようになった。といっても、もちろんどちらも手慰みレベルなのだけど。
「大丈夫ですよ。貸出しも行っていますから。では楽器庫へどうぞ」
神官さんの案内で神殿の中を歩く。
そこかしこで、信者らしき人たちが思い思いの楽器を練習していた。
「こちらです。縦笛もリュートもたくさん種類があるので、どれでも好きなものをお選びください」
楽器庫に入ると、空気がちょっと変わる。
温度と湿度を楽器に最適なようにコントロールしているらしい。
「では、これとこれを貸してください」
僕は、なるべく地球で使っていたものに近い、縦笛とリュートを選んだ。
どちらも装飾の少ない実用本位な見た目をしている。
「はいどうぞ。では、納楽堂で神に音楽を捧げてください」
神官さんに、再び別の部屋に案内される。
そこは、カラオケボックスにも似た、防音の個室だった。
6畳ほどの狭い部屋だ。
「えっと、じゃあ、いきます」
僕はまず縦笛から手にとって、先端に口をつける。
吹くことにしたのは、バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』。
なぜこれにしたのかといえば、僕が吹ける曲の中で、一番神様に捧げるのにふさわしいっぽい題名だったからだ。
初めて触った縦笛に慣れるまでは二回くらいミスしてしまったが、何とか無難に吹きこなす。
「素晴らしい! 演奏の技術は中の下といったところですが、曲の方は天下一品ですね! ミューレ様も初めて捧げられた名曲にお喜びです。信仰の高まりを感じます」
「それはありがたいですが、作曲者の名誉のために補足しておきますと、これは僕が考えた曲ではないので」
僕を歴史に名の残るような天才だと勘違いされても困るので、そう付言しておく。
「そうなのですか? これほどの曲を作れる名手がミューレ様を信仰していないとは信じ難いですが、ともかく、神殿に捧げたのはあなたが初めてであることには変わりありません。新たな音楽をもたらしてくださったことに感謝します」
神官さんは目を丸くしてから、歌うような口調で一礼した。
「いえ。では、次はこのリュートの方を弾けばいいですか?」
「はい。お願いします」
「では……」
僕は縦笛をリュートに持ち替え、床に胡坐を掻いた。
ピックはないので、爪で弾くことになったが、痛くはなかった。
基礎ステータスが強化されているせいもあるだろうが、モンスターの腱か何かを使っているらしい弦は、音はしっかりとしているのに当たりは柔らかく、弾き心地がいい。
曲は、バッハからはかなり時代は進んで、伝説的な某甲虫っぽい名前のグループの、スローテンポな名曲だ。
それでも僕が生まれるかなり前の曲ではあるのだけれど。
地球と異世界の楽器の差異は縦笛よりリュートの方が大きかったのだが、こっちの方が上手く弾き語れたと思う。
というのも、リコーダーよりも、アコースティックギターの方が練習量が多かったからだ。
今弾いてる曲は、同室のおじいさんがグループのファンだったから頼まれてよく弾いたし、病院のちょっとした慰問イベントでも、前座程度の扱いで演奏する機会はあった。
「……以上です」
演奏を終えた僕は、静かにリュートを置く。
反応がないな、と思って神官さんの方をちらりと見ると――
「グスッ……」
泣いてる!?
「し、失礼しました。あまりにも感動的な歌だったものですから。なるほど。縦笛ではなく、こちらがあなたのメインの楽器という訳ですね。まだまだ研鑽の余地はありますが、縦笛に比べればずっとお上手です」
「どうも。えっと、一応申し上げておきますと、こちらも僕が考えた曲ではないんですが」
「なんと! 世界にまだこのような未発見の音楽が眠っていたとは。それにしても、あなたは大した見聞をお持ちだ。きっと、世界中の秘境を旅されたのでしょうね」
「いえ、そういう訳でもないんですが……」
僕は歯切れ悪く呟く。
まさか異世界の曲だと言う訳にもいかないし。
「ご謙遜を。ミューレ様も大いにお喜びです。これだけの信仰があれば、今すぐにミューレ様の加護が得られることでしょう。早速、習得されていきますか?」
「えっと、加護にはどのような種類があるのでしょうか?」
「原初、歌と音楽とは神への感謝であったー♪ 世界に満ちる祝福―♪ 繁栄の謳歌―♪ しかし、余剰は富める者と貧しき者を作り、歪みが争いを生んだ! 心せよ奏者よ! 祝福と呪詛は紙一重―♪」
神官さんが歌にのせて説明してくれた。
かなり上手い。
ともかく、味方にプラスの補助効果を与える『祝曲』と敵にマイナスの補助効果を与える『呪曲』の二系統に加え、中立的な演奏者としての技能を向上させるスキルもあるらしい。
普通に説明してくれた方が早いのだが、神官さんが楽しそうに歌っているので邪魔する気にもなれず、リサイタル形式で情報を聞き出した。
結果、習得することにしたのは
『
・祝曲
癒曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞いた味方の精神力を回復する。(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)
・呪曲
縛曲――魔力をのせた演奏者の曲を聞いた敵の行動を阻害し、遅延させる。(効果は、演奏者の技量・曲との相性によって増減する)
・その他
響――演奏者の音色が届く範囲を拡大する。
』
の三つ。
なお、さすがに傷を治す系のスキルはないようだ。
そちらはヒーラーの専売特許ということか。
神官さんがこれまた歌いながら僕にミューレの加護を授けてくれる。
ちょっとそのまま防音室で練習してみたが、ソフォスに習った魔法に比べると、ミューレのスキルは、魔力を使うとはいっても、精神力の消耗がぐっと少ない感覚がある。
直接攻撃はできないから用途は限定されるが、大人数に対して少ない労力で補助効果を付与できるというのは、場合によっては有効だろう。
もっとも、テルマさんのレポートに書いてあった通り、ダンジョンでは使えないだろうけど。
「これで一通り儀式は終わりましたね。他に何か質問されたいことはございますか?」
「では、僕、楽器を持ってないので、新しく買いたいんですけど、どこかにいいお店はありますか? 吟遊詩人を本業にするつもりはないので、そんなに高級な物は必要ないんですが」
この世界の楽器の値段には詳しくないが、常識的に考えて安くはないだろう。
「それでしたら、今使われた二つの楽器を、そのまま購入されますか? 初めて新しい楽器を購入される場合に限り、かなりの割引価格でお譲り致しますよ」
そう言って神官さんが提示した金額は、今の僕の所持金でも余裕をもって払えるくらいの安値だった。
「それはとてもありがたいですが……いいんですか?」
「はい。世界に音楽を広めるため、将来有望な奏者を応援するのも神殿の役目ですので」
神官さんは笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。あの、失礼ですけど、何か見返りとして義務を課されるとかは……」
「そうですね。特に義務はありませんが、当神殿の支援者の方から、晩餐会等のイベントに華を添える存在としてお呼びがかかることがございます。その場合は、是非ご参加くださると嬉しいです。もちろん、強制ではありませんが、奏者としての良い経験にもなりますし、腕次第ではイベントの参加者の皆様からおひねりを頂けることもありますから」
僕の質問に神官さんは鷹揚に答えた。
やはり、お金持ちが支援しているからか、設備も人もかなり余裕がある。
「わかりました。では、この縦笛とリュートを頂きます」
「承りました。では、ミューレ様と共に、実り豊かな音楽生活を楽しまれますよう」
代金を支払い、楽器を手に入れた僕は神殿を後にして、家へと帰還する。
縦笛はポーションのホルダーに挿し、リュートを小脇に抱えたままで。
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