第30話 限界
ダンジョンが再び開放されたのは、飲み会から二日後のことだった。
僕たちは相も変わらず、安全圏な10階層まで潜っては帰るという日常を繰り返している。
「ふうー。今日もお疲れ様でしたー。では、私はこの後、マーレ様の神殿にご挨拶に伺う予定なので、これで失礼しますー」
いつも通りに報酬の分配を終えた後、ミリアがそう言って頭を下げた。
「あ、僕も今日はソフォス神の神殿に用があるから、途中まで一緒に行こうか」
街の神殿は、魔法使いのような後衛が使う神殿が西に集積しており、戦士のような前・中衛が使う神殿が東に集積する形になっている。
マーレとソフォスの二柱は、街の人々から求められる役割が似ているからか、神殿も近くにあった。
「はい! 是非!」
ミリアが顔をほころばせる。
癒やしの神マーレの神殿は、ギリシャのパルテノン神殿にも似た、白亜の建造物だった。
「辻ヒールお願いしまーす!」
「一回、銅貨2枚でーす!」
そんなマーレの神殿の前では、道行く人に新米らしきヒーラーが声かけをしていた。
「わあ。辻ヒールだ。私も昔よくやってましたー。美人さんとか男前な人とか、見てくれがいい子にばっかりお客が集まって、私のようなちんちくりんは苦労したっけなあ」
ミリアは懐かしそうに呟いて、あまりお客が取れていなさそうな子の所に向かう。そして、怪我もしていないのにヒールを受けて帰ってくる。
「それにしても、銅貨2枚って随分安いね」
「こうでもしないと、お客さんが来てくれませんからー。そもそもダンジョンに潜らずに、街中で生活していれば、ヒールが必要になるほど怪我をする機会ってあまりありませんしねー。ちょっとした怪我なら、ポーションを常備しておいて、必要な量だけちょい飲みした方が効率いいですしー。ヒーラーは信仰を溜めるのも大変なんですよー」
ミリアが頭を下げる新人ヒーラーの子に手を振りながら、しみじみと頷く。
「それでやっていけるの?」
「はい。ヒーラーに最低限必要とされる、『ヒール』『プロテクト』『ライト』の三つを修得するまでは、神殿が衣食住の面倒を見てくれるんですよ。一応、貸与っていう形にはなってるんですけど、無利子無担保で無理な催促もしないですから、踏み倒す人も多くて。あっ、実は今日私が来たのも、そのお金を返すためなんです」
「そうなんだ。偉いね」
「えへへ。今までは余裕がなくてとても返せなかったんですけど、最近はちょっと余裕ができたので。これも全部、タクマさんのおかげです。ありがとうございますー」
「いや、ミリアが頑張ったからだよ」
何となくミリアの後に続いて、神殿に入っていく。
「神殿長さーん! お久しぶりですー」
ミリアは見知った顔をみつけたのか、嬉しそうに老齢のエルフの女性に駆け寄っていく。
「あらミリア。またお腹が減ったのですか。大したものはありませんが、パンとスープなら食べていきなさい」
「ち、違います! 今日は、マーレ様のご慈悲でお借りしたものを返しにきたんです!」
ミリアは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、お金の入った革袋を掲げた。
「まあまあ。まさかあなたに奉納してもらう日がくるなんて、長生きはしてみるものですね。――そちらの方は?」
神殿長さんが革袋を受け取ると、眼差しをほころばせる。それから、ちらりと僕の方を見てミリアに問いかけた。
「タクマさんです! 私のパーティーのリーダーです!」
僕はリーダーなのか?
自覚はないが、まあ、現状、パーティーにはミリアと僕しかいないので、彼女がそう言うならそうなのだろうか。
「タクマ=サトウです。よろしくお願いします」
「ああ、先日のダンジョンの一件の……」
神殿長さんは複雑そうな表情で頷いた。
多分、マーレへの信仰は教義的にモンスターを殺すのも罪っぽいので、僕をどう評価していいか困っているのだろう。
「タクマさんのおかげで、人並みの生活ができるようになったんです!」
「そうですか。マーレ様がもたらしてくれた良縁に感謝なさい。それにしても、ミリアが立派に、冒険者を務めているなんて、未だに信じられません。もっと安全な職につくように何度勧めたことか」
神殿長さんが遠い目をして言う。
「うー、仕方ないじゃないですか。私はどこかの商会に専属で雇って貰えるほど優秀じゃないですもん」
ミリアはそう言って頬を膨らませた。
「他の子のように、一度神を離れても構わなかったのですよ。寛大なマーレ様は命を奪うこと以外の全てをお許しくださいます」
「そんなこと言っても、私、そもそもドワーフだけど鍛冶は苦手だから街まで出てきたんですよ。頭も良くないから事務仕事も無理ですし、あがり症だから接客も厳しいですし、ヒーラー辞めてもできる仕事ないですよー」
ミリアはそう言って苦笑した。
「……そうですか。ある意味で、それもマーレ様に選ばれたということになるのかもしれません。冒険者という茨の道を歩むと決めたからには、『万手』を目指して励みなさい」
神殿長は祈るように手を合わせて呟く。
「はい! 頑張ります!」
ミリアも祈りで応える。
神殿長さんに見送られながら、僕たちは神殿を後にした。
「ミリア。『万手』ってなに?」
「ヒーラーとしての『癒し』系のスキル全てを極めた人のことです。必要なスキルはいくつもあるんですが、中でも『
「それは難しいだろうね」
もし、地球にいた時にそんな奇跡があったら、僕は迷わず飛びついていただろう。
「そうなんですよー。ヒーラーも、最初の方の『ヒール』と『ライト』と『プロテクト』はすぐ身に着くんですけどねー。極めるとなると急激に大変になります。だから、腰かけで信仰する人も多いんですよー。ヒーラーやってましたって聞くと、どことなくイメージいいですよね? だから、花嫁修業とか、就職のための資格みたいな感じで」
学校の入試面接で言うところの『ボランティアやってました』とアピールして印象を良くするようなイメージだろうか。
上位層は市井で活躍し、下位層は育ちにくい。
そもそもヒーラーを地球の医者に置き換えれば、冒険者に同行する人たちは、わざわざ紛争地帯に出向く国境なき医師団のようなものだ。
立派だけど、やりたがる人が少ないのは仕方がない。
冒険者のヒーラー不足も頷ける。
「そうなんですよー。やっと苦労して『万手』になっても、すごく儲かるかといえば、そうでもないですしねー。結局、ポーション屋さんとお客の取り合いです。生きていくって大変ですよねー」
「そうだね。――ミリアはもっと上に行きたいと思う?」
「んー。私としては、今の生活で十分満足ですけど、もっと貯金ができればそれに越したことはないと思います。故郷の兄妹たちにも定期的に送金できるようになれば嬉しいです。でも、どうしてそんなこと聞くんですか?」
ミリアはちょっと考えてからそう呟いた。
「最近、冒険がマンネリ化している気がしてさ。そろそろ次のステージに行ってもいい頃かと思って」
無理してまでは稼ぎたいとは思わない。
かといって、向上心を忘れて漫然と生きるのもまた嫌だった。
今、僕のレベルは40あるし、ミリアだってレベル19はある。
このまま10階層に留まっているのは勿体ない気がしていた。
「なるほどー。でも、10階層以降に進出するには、トラップを感知できる
「うん。だから、テルマに相談してみようと思うんだ。どうかな?」
もっとも、テルマも僕たちが10階層で足踏みしていることには気が付いているはずなので、すでに探してくれてはいるのかもしれないけど。
「人見知りする方なので、あんまり怖い人は嫌ですけど、良い方がいらっしゃれば、一緒に冒険してみたいです」
「わかった。じゃあ、そういうことでテルマに話しておくよ」
そんな会話を交わしてから、僕はミリアと分かれ、ソフォス神の神殿へと向かった。
「うおおおおおおおおおお!」
「ぬうううううううううううう!」
「いくぞおおおおおおおおおおお!」
「くっ。これは聞きしに勝る叡智の力!」
「まさかこれほどとは!」
いつも通りのやり方で儀式をしてもらう。
いつの間にか神官さんが5人に増えていた。
毎度労力をかけて申し訳ない。
そんなこんなで信仰を測ると、さすがにダンジョンでモンスターを魔法で倒しまくっただけあって、めちゃくちゃ溜まっていた。
結果、僕が習得することにしたのは
初級魔法相当
『植物学』――手に触れた植物の情報を得る。生死は問わない。深い情報を得ようとすればするほど、魔力消費が増える。(ただし、あくまでその植物一般の知識が手に入るだけで、個別の鑑定はできない)
『鉱物学』――手に触れた鉱物の情報を得る。深い情報を得ようとすればするほど、魔力消費が増える。(ただし、あくまでその鉱物一般の知識が手に入るだけで、個別の鑑定はできない)
『動物学』――手に触れた動物の情報を得る。生死は問わない。深い情報を得ようとすればするほど、魔力消費が増える。(ただし、あくまでその動物一般の知識が手に入るだけで、個別の鑑定はできない)
中級魔法相当
薬学初歩――簡単な薬草の調合が可能になる。(植物学の習得が前提となる)
錬金学初歩――鉱物類の簡単な強化・錬成が可能になる(鉱物学+風、水、火、土の初級魔法+熱魔法学の習得が前提となる)
ポーション調合初歩――即効性のある魔法薬の内、簡便な物を調合できるようになる(薬学初歩+錬金学初歩+動物学の習得が前提となる)
だった。
もはや、冒険には役立つが、直接戦闘には関わり合いのないスキルになってきた。
まだまだこの世界に疎い僕にとって、この神様が与えてくれる知識は貴重だから、棄教しようとは思わない。
だけど、そろそろ新しい神様を信仰してもいいだろう。
(思い立ったが吉日っていうしな)
僕はそう心に決めて、ソフォス神の神殿を後にするのだった。
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