第28話 宴の始まり

「ついたぞ! ここだ」


「値段の割には、お酒も料理もおいしいから、期待していいわよ」


 先輩冒険者たちに先導され、複雑に入り組んだ路地を十分ほど歩いた先に、『汐流亭せきりゅうてい』と書かれた看板が見えてくる。


 すえた臭いのする陰気で猥雑な路地のただ中にあっても、店の周囲は聖域のごとく綺麗に掃き清められ、いかにも『地元の人が通う大衆店』といった飾らない雰囲気を醸し出していた。


「おせえじゃねえか! もう飲んじまってるよ!」


 すでに席は半分ぐらい埋まっており、酒で出来上がってる者もちらほらみかける。


「そう言うな! 主役のご登場だぞ!」


「おう! あんたらか! モンスターを食い止めてくれたのは! ほれ食え食え!」


 赤ら顔の男が僕たちに何かの骨付き肉を勧めてくる。


「ああもう! これだから酔っ払いは! その前にまずは乾杯よ! 乾杯! ――ほら、そこ座って」


 女冒険者が男を席に押し戻し、僕たちを席に案内する。


 中央付近にある丸テーブルだ。


「ご注文はー?」


 僕たちが席につくと、愛想のいい獣人の女性店員がオーダーを取りに近づいてくる。


「えっと、ミード蜂蜜酒はありますか?」


 僕はよくファンタジー小説に出てくるお酒の名前を口にした。


 地球では法律と体調が許さなかったが、一度飲んでみたかったのだ。


「はいありますよー」


「あ! じゃあ、私はこの店で一番強いお酒をください!」


「果実酒を。なるべく安いやつ」


「かしこまりましたー」


 女性店員が店の奥に引っ込む。


 次に出てきた時には、両手にジョッキ四つと、頭と尻尾にそれぞれ一つずつのグラスを載せて、絶妙のバランス感覚で飲み物を運んでくる。


「はい。こちら、ロイヤルホーネットのミードと、ポイズンワイパー漬けの火酒と、アップラシードル果実酒でーす」


 女性店員がさっさと僕たちの飲み物を置いて、次のテーブルへと向かう。


 とても忙しそうだ。


「みんな、酒は行き渡ったか!?」


「じゃあ乾杯いくわよ!」


「「「モンスターの糞になった同朋と、いつか糞になる俺たちと、肥溜めの勇者二人に――」」」


 自虐的な自負心を滲ませた台詞と共に、冒険者たちは酒を掲げた。


 僕たちもそれに倣って、ジョッキを持ち上げる。


「「「乾杯!」」」


 重なり合う声と、ジョッキ同士がぶつかる音。


 こうして、酒宴が始まる。


「ミリア。テルマ。お疲れ様。これからもよろしく」


「はい! こちらこそよろしくお願いします!」


「よろしく」


 僕たちもジョッキを重ねて、酒を口に含む。


「甘いな……」


 舌にねっとりと絡みつくような甘味。


 それから薬品のような臭い――これがアルコール分なのだろうけど――が鼻に抜ける。


 ダンジョンで採れたモンスター産の蜂蜜を使ってるからなのか、地球のジュースと比較してもかなりの糖度がある。


(でも、これだけの蜂蜜があるなら、普通にミルクに溶かした方がおいしそうだ)


 と、正直思ったけど、子ども扱いされそうなので胸の奥に留めておく。


「あー! この喉が焼けるような感覚数年ぶりですー!」


 ミリアはおじさんのような太い声を上げて、あっという間にジョッキを平らげる。


 さすがドワーフだけあって酒に強いようだ。


「……」


 一方の、テルマは寡黙にチビチビ果実酒に口をつけている。


「おう! 両手に花とは羨ましいーなあ。おい。乾杯!」


「乾杯」


「助けてくれてありがとう! 今度機会があったら一緒にダンジョンに潜りましょうねー」


「そういう話は担当官の私を通してからに欲しい」


 テルマさんがすかさず口を挟んだ。


「あらー、担当官さんに嫉妬されちゃったから、もう行くわ。乾杯!」


「乾杯!」


 僕は求められるがままに、挨拶にやってくる冒険者の人と乾杯した。


「こちら、あちらと、あちらと、あちらと、あちらのお客様からでーす!」


 そうこうしている内に、食べ物を注文するまでもなく、誰かがおごってくれたらしい料理が、テーブルを埋め尽くしていく。


「じゃあ、せっかくおごってもらったんだし、早速食べようか」


「わあー! すごいごちそうですね!」


「私は野菜だけもらう」


 酒のあてがてら食事を摘まむ。


 僕はリゾットみたいな茶色い穀物のかゆをスプーンで掬った。


「あっ。おいしい」


 動物系の骨かなにかでダシを取ってあるのだろうか。味に奥行きがある。


 もっとも病院食が僕の美味い・不味いの価値基準になっているので、そんなに味覚に自信はないのだけれど。


「じゃあ今度家で作る? 他にも気に入った料理があれば、似たようなのが作れるように練習しておく」


 僕の呟きを聞いていたテルマさんが、そう申し出る。


「え? え? え? 今のどういう意味ですか? どうしてタクマさんのご飯をテルマさんが作るんですか?」


 ミリアが僕とテルマさんの顔を交互に見て早口気味に呟く。


「あれ? 言ってなかったっけ? 僕、テルマさんの家に居候してるんだよ」


「タクマが家賃を支払っているのだから、その表現は正確ではない。むしろ、私が置いてもらっている形」


 テルマさんが訂正する。


「な、なんですかあああ、それはああああ。完璧に同棲じゃないですかああああああああ!」


 酔っぱらっているのだろうか?


 なぜか涙目になったミリアが僕の肩を揺さぶってくる。


 同棲、なのかな。


 僕としてはルームシェア的な感覚だったんだけど。


「気にすることない。奴隷と主人がいつも一緒にいるのは当然のことだから」


「むうう! タクマさん! 私に『俺だけをずっと見ていろ!』って言ってくれたじゃないですかあああああ! あの言葉は嘘だったんですかあああああああ!」


「え……いや、そんなこと言ったけ? っていうか僕の一人称変わってるよ?」


 ミリアの訓練の時に、『僕の行動を観察していてくれ』的なことは言った気がするけど、まさかそれのことじゃないよな?


「ひどいですー! チューまでしたのにー!」


「タクマ。どういうこと?」


 テルマさんが目を細めて僕を睨む。


「いや、あれは精神力回復のための戦闘行為で……」


 あれをチューに数えられるのは、いくら何でも寂しすぎないか僕の青春。


「そう。まあいい。私はいつもタクマと一緒の布団で寝てるし」


「え? 何でそこで布団の話が出てくるんですか? もしかして、テルマさんも酔っぱらってます?」


「至って平常」


 そもそも、僕は、費用はこちらで持つから、敷布団を追加で買ってくればいいと、何度もテルマさんに提案していた。


 そんなに広い部屋じゃないとはいえ、二人が横になれるくらいの部屋の広さはあるのに、いつまでも一つの布団をシェアするのも不自然だし。


 でも、テルマさんは「いいのがなかった」と言って、中々買ってこないのだ。


「むううううう! ずるいです! なら、私は今くっついちゃいます!」


「なら私は奴隷としてタクマにご奉仕する」


 ミリアが僕の膝の上に乗り、胸に抱き着いてくる。


 それに対抗するように、テルマさんが僕に肩をぴったり寄せて、彼女自身が飲んでいた果実酒を僕に飲ませようとしてくる。


(いつも真面目な二人がこんなにはっちゃけるなんて、やっぱり酒は人をダメにするな。気をつけよう)


 二杯目からはノンアルコールの飲み物を注文することを心に決めながら、僕は料理に舌鼓を打った。

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