第27話 表彰

 あれから、三日。


 ダンジョンは未だ上層からの闘虫仮操の完全駆除のため、立ち入りが禁止されていた。


 商会が雇っているBランク以上の腕利きの冒険者たちが、今頃復旧のために頑張っているというが、Cランク以下の僕たちは開店休業状態。


 そんな日の夕刻。


 僕とミリアは呼び出されて冒険者ギルドにいた。



「『感謝状。タクマ=サトウとミリア=アルジルの両名は、去るマルアの月、火克かこくの日、マニスのダンジョンにおいて、異常発生した闘虫仮操の群れ相手に奮戦し、多数の人命を救った事実を冒険者の模範として認定し、金一封を贈り、これを表彰します。


                 マニス冒険者ギルド連盟より   』」


 テルマさんがかしこまった表情で、羊皮紙に書き込まれた文章を読み上げた。


 パチパチパチと、雁首がんくびを揃えた冒険者ギルドの職員たちが拍手を送ってくれる。


 あの場にいた冒険者の人たちも、同様に僕たちを祝福してくれた。


「はい。これが、金一封」


 そう言ってテルマさんが羊皮紙と一緒に差し出してきたのは、いつものような裸金ではなく、革袋の端をリボンで括ったものだった。


「ありがとうございます」


 僕は代表者として、それらを恭しく受け取る。


「タクマさん! 早く開けてみてください! いくらですか? いくらですか?」


 ミリアがわくわくしたような瞳で僕を見上げてくる。


「ええっと……。金貨40枚だね。と、いうことで、これがミリアの取り分の20枚」


 僕は革袋の中身を数えて、自分の取り分を抜くと、残りを革袋ごとミリアに渡す。


「うわー! 私、こんな大金持ったの初めてです! これだけのまとまった額なら兄妹たちに仕送りして自慢できます!」


 ミリアが大切そうに革袋をぎゅっと胸元に抱きしめた。


「よかったら、これもいる? 一緒に送ってあげたら、ご家族も喜ぶんじゃないかな?」


 僕は貰った表彰状をミリアに差し出す。


「え? いいんですか?」


「うん。僕が持っていても誰に見せる訳でもないしね」


「わー! ありがとうございます!」


 ミリアは僕から受け取った表彰状を、噛みしめるようにしげしげと眺めた。


「ちなみに、今回の件は、ギルドカードにも『賞与』として情報が記録される」


「記録されると良いことがあるの?」


「依頼主への信用性が増す。もし、同じような能力の冒険者がいたら、依頼主としてはより人間的に信頼できる冒険者に仕事を頼みたいもの」


「へえー。そうなんだ。……それにしても、こうしてちゃんとお金が貰えるなんて正直意外だったよ。もっと自己責任で丸損になるものとばかり」


 実際には、今回の金一封には、ミッションを達成していたら得られるはずだった報酬や、失った装備の補償も含んでいるので、満額金貨20枚が手取りとなる訳ではない。


 だが、それでも安い金額ではないことも確かだ。


「自己責任で放置しとくと、誰も自分のパーティ以外はリスクを負ってまで助けようとはしなくなる。そうなると、結局冒険者全体の生存率が下がって、冒険者ギルドにとっては良くない。だから、こうして表彰する」


「なるほど」


 冒険者ギルドは冒険者を束ねることで稼いでいるので、できるだけ数を減らしたくないということだろう。


「よっしゃ。じゃあ、表彰も終わったことだし、飲みに行くか!? 『灰燼』のタクマ! なんだったら、後でアッチの店も紹介してやるぜ?」


 最初に助けた、自分で片腕を切り落とした男の冒険者がそう話かけてくる。


「やめて! 『白磁』のタクマを俗世の欲望で汚さないで! お姉さんがおいしいお菓子屋さんに連れていってあげるから、あんな男の言うことを聞いちゃだめよ」


「いや。この年の男はやっぱり肉だろ! 肉! なあ! 『旋迅せんじん』のタクマ」


 みんなが好き勝手に僕の名前に二つ名をつけて呼ぶ。


 『厨二病』という概念の存在する日本で暮らしていた僕にとっては、かなり小っこっぱずかしい。


 だけど、二つ名が付くというのは、冒険者にとっては知名度が増してきた証拠で、名誉なことらしい。


 まだ定着しているのはないみたいだが、最終的にどう落ち着くかと思うと戦々恐々だ。


(派手にやらかしたせいか、街を歩いていても、ちらほら僕のことを噂しているのを感じるんだよな)


 普通、冒険者というのは、徐々に名を上げていくもので、上級冒険者ともなれば、その過程で多くの冒険者の知り合いが出来て、人となりが周知されていくのが当たり前だ。


 僕みたいに、急にどこからともなく湧いてきて、詳細が不明かつそこそこ力のある冒険者というのは、かなり珍しい存在らしい。


 そのせいか、僕の出自に関しては色々な憶測が流されていた。


 曰く、賢者が魔の森で育てた秘蔵っ子だ。だから、あのような魔法が使えたのだ。


 曰く、貴族の落胤でその潜在能力を恐れた嫡男によって、王城の地下に幽閉されていた。色白などはその証拠だ。


 云々。


 魔法が使えるのは神様のおかげだし、色白なのは病院暮らしが長かったからだが、もちろん、そんなことは彼らには分からない。


 どちらにしろ、目立つのは、個人的にはあまり好ましくなかった。


 名声は、往々にしてトラブルを引き寄せる。


 まあでも、やってしまったことは取り消せないし、後悔はしていないのだけれど。


「皆さん。本当にいいんですか? 僕たちの分をおごってもらっちゃって」


 何でも、今日は、ダンジョンから生還した冒険者たちが集まって、飲み屋を一軒貸し切り、生存を祝い、犠牲者を悼む宴会をするのだと言う。


 僕とミリアもそれの主賓として招かれていた。


 しかも、僕たちが助けた冒険者たちがお金を出し合って、全ての費用を持ってくれると言う。


「おうよ。冒険者ってのはな、借りを作りっぱなしにしとくのを嫌うんだ。素直におごられとけ」


「そうよ! 恩は返せるうちに返しておかないと、明日は生きているか分からないんだから!」


「どうせダンジョンにはしばらく潜れないんだし、こういう時は飲むしかないぜ!」


 刹那的で、したたかな冒険者の気風を覗かせて、彼らは笑う。


「やったー! お酒飲み放題なんて最高ですー!」


「やっぱり、ミリアもドワーフだから、お酒好きなの?」


「はい! こっちに来てから、生きていくのに精一杯でお酒を買う余裕なんてなかったから、とっても楽しみです」


「そうなんだ。美味しいお酒があるといいね」


「……」


 ミリアと和気あいあいと話す僕を、じっと見つめる影が一つ。


「あの、テルマも行かない? 冒険者ギルドの職員の人も結構参加するんでしょ?」


 『自分も参加したい』というよりは、『タクマが悪い遊びを覚えないか心配』といったような、保護者的な視線を感じて、僕はそう促した。


 そもそもテルマさんだけを一人で留守番させておくというのも、何だか心苦しいし。


「そうだけど、私は無駄遣いできる立場じゃないからいい」


「じゃあテルマの分は僕が出すから。料理のこととか色々教えてよ」


「……タクマがそう望むなら仕方がない」


 テルマさんにしては珍しく、あっさりと受け入れてくれた。


 やっぱり、行きたかったのだろうか。


 やがて、日が落ちて、冒険者ギルドの営業時間が終了すると共に、僕たちは街へと繰り出した。

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