第24話 成長

 ダンジョン十階層。


 広めのフロアで、筋骨たくましい人狼型のモンスター――ウェアウルフが僕たちを取り囲んでいる。


 手は四本、足は三本。その七本全てに禍々しいほど尖った爪が付属している。


 その体毛は鎧のように厚く、瞳は獣じみた破壊衝動で血走っている。


 常時『狂乱』状態になり、防御を捨て、攻めに特化した奴らは、階層に見合わぬ、速さと攻撃力を持っている。


 グルルルル。


 低く嗤うように唸る。


 その数、五体。


 彼我の距離は二メートルもない。


(エクスプロージョン――はこの距離じゃ使えないか)


 爆風に僕たちも巻き込まれてしまう。


「ご、ごめんなさい! 私が転送トラップを踏んでしまったせいで!」


 運が悪かった、としか言いようがない。


 まだトラップがほとんどない十階層で、ジョーカーを引き当ててしまった上、その先がモンスターの巣だったのだから。


「ソイル! ――いや、あれは回避できないからしょうがないよ。プロテクトを詠唱しつつ、そのまま後退して一本道に入って」


 僕は土壁を生成し、時間稼ぎをしながらそう命令を下す。


「はい!――プロテクト」


 ミリアの詠唱が響き、僕は身体に魔力の暖かい流れを感じた。


 同時に破壊される土壁。


 僕はミリアを守る形で狭い通路への入り口を塞ぐ。


 もうちょっと奥に入れれば、一対一の状況に持ち込めたが、贅沢は言ってられない。


 来る。


「ライトニングボルト」


(――からの突)


 前方の一体を武技で貫き、右斜め前の一体を黒焦げにした。


 残りは左に二体。右に一体。


 左の一体の攻撃を身体をそらしてかわし、もう一体の一撃を盾で防ぐ。


 しかし、右真横にいる一体の攻撃はかわしきれない。


 咄嗟に右腕で庇う。


 腕甲に加えてレベル差があるので、腕ごともっていかれるようなダメージは受けなかった。


 それでも手の甲から血がダラダラ流れ出る程度の傷は受ける。


「ヒーリング!」


 僕のロングソードを握る力が弱まったその瞬間、絶妙なタイミングで援護が入った。


 そのまま『横払い』の武技で、ダメージを与えてきた右隣のウェアウルフの首をはねとばす。


「ライトニング」


 冷静に左斜め前の一体を処理。


 次の攻撃を繰り出してきた左真横の一体の攻撃を盾で受け止める――と、同時に力づくで押し倒し、マウントを取る。


 全身を盾で押さえつけられて身動きの取れないウェアウルフ。


 必死に僕をひっくり返そうとするが、無駄だ。


 いくらウェアウルフがバーサク状態で膂力りょりょくが強化されているとはいえ、ポジション的に僕の方が有利な上、レベルによる『力』のステータスは覆せない。


「はっ」


 武技を使うまでもなく、僕はロングソードを振り下ろし、ウェアウルフの頭蓋を貫く。


「うわー! すごいです!」


 ミリアが感嘆の声を上げた。


「ミリアも、援護のタイミングばっちりだったよ。初めて一緒にダンジョンに潜った時のことが遠い昔のことみたいだ」


 僕は指ごとウェアウルフの爪を切り取って回収しながら呟く。


「はい! 訓練して頂いたおかげで、タクマさんがこう動くんだろうな、って何となく分かるようになったので!」


 ミリアが嬉しそうに言う。


「それはよかった」


 僕もなんだか嬉しくなる。


 あれから、生まれ変わったミリアと僕は連携の訓練を開始した。


 最初はビッグマッシュルームから始めて、徐々に階層を下げていく。


 新たに遭遇したモンスターには、わざとミリアにとどめを刺させたりして、その都度恐怖感を克服させる。


 この繰り返しで、三日をかけて、十階層くらいまでは二人で余裕を持って攻略できるようになった。


「それで、どうしましょう。まだ探索を続けますか?」


「いや。今日はこれくらいにしておこうか。毛皮も回収したら重量的にもいっぱいいっぱいだし」


「分かりました」


 魔法で丸焦げになった以外のウェアウルフを解体し、胴体部分の毛皮を剥ぎ取る。


 これで今日の仕事は終わりだ。


 僕たちが獲物を持って冒険者ギルドに帰ると、中がやたら騒がしかった。


「テルマ。みんななんで盛り上がってるの?」


「20階層で、レアモンスターのゴールデンマッシュルームが大量発生したという報告が入った」


「なるほど。稼ぎ時って訳だね」


 精算をしながら告げるテルマさんの説明に僕は納得した。


 僕も実物を見たことはないが、知識としてはそのモンスターの存在を知っていた。


 なんでも、見た目はビッグマッシュルームを金色にしただけなのだが、素材としての薬効が段違いなのだという。地上に持ち帰れば、完全回復ポーション《エリクシール》や全状態異常治癒ポーション《万能薬》の材料として、高価に買い取って貰えるのだ。


 その上、ゴールデンマッシュルームが、階層と比べてかなり弱いモンスターだというのも冒険者としてはおいしい。


 ものすごく足が速いことを除けば、ゴールデンマッシュルームの攻撃手段はビッグマッシュルームと大差ないからだ。


「20階層ですか。私たちにはまだ厳しいですよね?」


「レベル的にはタクマとミリアでも十分。でも、現状、あなたたちのパーティにはトラップを扱える探索者がいないから、リスクがかなり高くなる」


 マニスのダンジョンにおいては、10階層からちらほらトラップが出現し始め、15階層を越えた辺りから、急激にその数と殺傷性が増すという。


 僕たちが注意しながら慎重に進んだとしても、現状15階層の手前が限度だろう。


 また、今のところ、特に無理して金を稼がなければいけない事情もない。


「まあ、僕たちは僕たちのペースでいけばいいさ。そうだよね。ミリア?」


 僕は横目で見る。


「はい! 今のままでも、ちゃんとアンのおかみさんに家賃も払えますし、お腹いっぱい食べられますから、私はそれだけで十分です。贅沢しなければ、少しずつですけど、貯金もできますし」


 ミリアがこくこくと頷く。


 冒険者にしてはあるまじく、僕もミリアも、金銭欲が薄かった。


 いや、正確にいえば、もちろん人並の欲望はあるのだが、ガツガツしている人間が多い冒険者という人種の中では、普通すぎた。


「それが賢明。じゃあ、そろそろ、二人ともステータス更新、する?」


「そうですね。お願いします」


「はい!」


 三人で個室に移動する。


「じゃあ、まずはミリアから」


「はい」


 ミリアがきゅっと目を瞑る。


「――レベルが1上がってる」


「本当ですか!?」


「主に、精神力の基礎能力が大幅に伸びたことが原因。ミリアの精神力の低さは、ヒーラーとして心配だったから、とてもいい傾向」


「わーい! 私、こんなに早くレベルアップしたの初めてです!」


 ミリアが無邪気に喜ぶ。


「じゃあ、次はタクマ」


「はい」


「……レベルが5上がってる」


 テルマさんが目を見開く。


「え? 本当?」


 僕もテルマさんが記入してくれたギルドカードを確認する。



 ・タクマ=サトウ


 力:35 器用さ:35 丈夫さ:35 素早さ:35 精神力:35 魔力:35


 意外だった。


 前にテルマさんにギルドカードを更新してもらってから、時間のほとんどをミリアの苦手克服に費やしていたから、戦闘で倒したモンスターの総量は落ちてるはずなのに。


 でも、ミリアを教えた経験は新鮮だったし、もしかしたら、その辺りが加味されているのかもしれない。


「ええー! タクマさんって、確か前レベル30でしたよね? と、いうことはレベル35ですか!? 立派な上級冒険者クラスのステータスですよ!」


「はは。まあ、器用貧乏なバランス型だけどね」


 この冒険者ギルドのレベルは独力で倒せるモンスターを基準に設定されている。しかし、それだと主観が入りすぎるので、実際はステータスの平均値をかなりの部分参考にしているらしい。



 例えば


 力:50 器用さ:30 丈夫さ:50 素早さ:30 精神力:10 魔力:10


 でも、平均値を取ればレベル30だし、


 力:15 器用さ:15 丈夫さ:15 素早さ:15 精神力:60 魔力:60


 でもまた、レベル30だ。


 というか、一般的にはステータスが偏っていることの方が普通で、戦士型は前者、魔法使いなら後者のようなステータスになる。


 パーティにおいて明確に役割分担するなら、特化型のステータスの方が効率的なのは言うまでもない。


 一方僕は、どっちつかずのバランス型。もしこれがオンラインゲームなら、『ちゃんと事前に調べて極振りしてこいよカスが』とか言われて、仲間に入れてもらえないパターンだ。


 まあ、でも、現状、ミリア以外のパーティメンバーのいない僕は、前衛と中衛を同時にこなしているので、今のステータスは必ずしも無駄とはいえないのだけれど。


「それを言ったら、私も、ヒーラーのくせに無駄に力と頑丈さが高いですから! 私たち、お似合いですね。えへへ」


 ミリアがなぜか嬉しそうに笑う。


 ドワーフというのは、本来、前衛向きの種族で、力や頑丈さが上がりやすく、逆に魔力はあがりにくい性質があるらしい。なので、結果としてミリアもどちらかといえばバランス型のステータスとなっているようだ。


「少なくともこのギルドで、タクマより早くレベル35に到達した人間など存在しない。しかも、今までのタクマを考えるに、叡智神ソフォスへの信仰もかなり溜まっているはず」


「ですね。この後、早速神殿に行ってきます」


 テルマさんの言葉に頷く。


 ミリアと一緒に、かなり遅めの昼食をとった後、僕は神殿に向かった。


  闘神オルデンの神殿では、いつも稽古をつけてもらっているマッチョな神官さんに『まだァ! まだァ! まだァ!』と発破をかけられながら、『シールドバッシュ』という、盾で相手を吹き飛ばせるスキルを習得。


 もはや、最初から三人の神官さんが畏まって迎えてくれるようになった叡智神ソフォスの神殿では、



 初級魔法相当


『詠唱学』――呪文の正しい発音やアクセントの知識を得て、魔法の威力を高める。


『速記学』――速記文字を学び、素早く文章がかけるようになる。


『魔法陣学』――魔術言語への理解を深め、記述式での魔法の発動が可能になる。



 中級魔法相当


『同時詠唱』――二つの魔法を同時並列的に発動。もしくは、合成することのできるスキル。(詠唱学+速記学+魔法陣学の習得が前提となる)


                                         

 の計四つを習得した。


 ちなみに同時詠唱とはいっても、口から二つの言葉が同時に出る訳ではない。


 実際に呟く口頭の詠唱と、指を使って空中に文字を書く筆記型の詠唱を同時にできる、という意味での『同時詠唱』である。


(だいぶ魔法のスキルも揃ってきたかな?)


 神殿の図書館の資料を読んでいた僕は、そんなことを考える。


 ソフォスは生活全般に関わる広範な知識を与えるので、まだまだ習得できるスキルは多いが、戦闘に直接使えそうなスキルは大方習得した。


 そろそろ、もう一つくらい別の神様を信仰し始めてもいい時期かもしれない。


 と、なるとやはり、『生きているだけで丸儲け』の効果が得られそうな、『善神』の中から選ぶことになるだろう。


 そんなことを考えながら、お世話になった神官さんに心づけ(お賽銭的なもの)を渡し、僕は神殿を後にした。

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