第23話 訓練(2)
「じゃあ、今日もビッグマッシュルームを狩っていこうか」
「はい! また肩車ですか?」
「いや、今日はだっこだよ」
僕はそう言って、バックパックから縄と布を組み合わせた道具を取り出した。
俗に言うだっこ紐だが、僕とミリアが向き合う形ではなく、同じ方向を向くことができる『前向きだっこ紐』だ。
「ううー、恥ずかしいです……でも、タクマさんが言うならやります!」
「うん。頑張ろう」
だっこ紐でミリアと僕を連結する。
端から見れば、僕という十字架に、ミリアが
ミリアの立場からいえば、視点が少し低くなった形だ。
それでも、まだミリア本人の身長よりは若干高い。
これも徐々に慣らしていく一環である。
「この格好で石を投げてビッグマッシュルームを倒せばいいんですか?」
「うん。石も使うけど、今日は直接攻撃も試してみようか。ここからならミリアの杖も届くから、余裕があれば使ってみて」
「はい! やってみます!」
昨日と同じように、ビッグマッシュルームを見つけてひたすら狩る。
僕はミリアの盾に徹した。
ミリアは、最初はほとんどを石でビッグマッシュルームを倒し、徐々に杖での攻撃も織り交ぜはじめる。
そして、一日が終わる頃には、ほとんど杖が主力となった。
当たり前だが、ビッグマッシュルームレベルの敵なら、直接殴り殺した方が楽だし、投石よりもモーションが少なくて安全なのだ。
しかも、ミリアはドワーフという種族柄、生まれつき結構力が強い。
本来の実力を発揮できれば、ヒーラーとはいえ、ビッグマッシュルーム程度ならすぐに倒せるのだ。
そして、翌日。翌々日。さらにその次の日。
三日間かけて、ミリア本人も気づかないくらいの変化度合で、だっこする高さを下げていく。
「じゃあ今日はここまでで」
「タクマさん! 今日は昨日より三体も多く倒せました!」
「うんうん。順調だね。じゃあ、明日はいよいよミリアだけでやってみようか」
僕はごく自然な調子で言った。
「わ、私だけですか!? 大丈夫でしょうか……」
「大丈夫。普通に僕は側でフォローするし、条件は今日となにも変わらないから。むしろ、ミリア自身が自由に動き回れる分楽かもしれないよ? もちろん、無理だったらまた今日みたいにだっこ状態から練習すればいいし」
不安を滲ませるミリアに、僕は冷静に告げる。
「そ、そうですよね。とりあえず、挑戦してみます!」
そして、五日目。
その瞬間はやってきた。
ダンジョン1階層の暗がりで、おばけねずみの死骸を食い漁っていたそれは、近づく足音にゆっくりとこちらを振り向く。
その牙は薄汚れた茶色の血液でぬらりとてかり、食い残しのねずみの尻尾が口の端から垂れている。
誰もがソレを雑魚だと言う。
ただの試し切りの道具だと馬鹿にする。
庶民の強い味方。
ご飯のお供。
モンスター全ての中で、およそ恐怖とはもっとも縁遠いと印象をもたれているソレ。
だけど、そんな世間の評判と関係なく、今のミリアには、目の前の敵が、ラスボスより恐ろしく見えてるかもしれない。
(ちょっと大きいか?)
そのビッグマッシュルームは、ミリアの身長+20cmくらいの体高があった。
いつも倒しているのと比べても、割合成長している個体のようだ。
フシュー! フシュー! と鳴き声まがいの胞子を噴出しながら、ビッグマッシュルームは一直線にミリアへと向かってくる。
「えい! えい! えい!」
ミリアは早速投石を開始した。
しかし、緊張からか狙いが定まらず、ビッグマッシュルームの傘にいくつがかすった程度で終わってしまう。
ビッグマッシュルームには、おそらく痛覚などないのであろう。
怯むことなく疾走を続ける。
「いやああああ! こっちこないでくださいいいいいいいい!」
ミリアは接近してきたビッグマッシュルームに向かって、闇雲に杖を振り回すが、運悪く当たらない。と、いうか、ビッグマッシュルームが中々素早く、攻撃をその短足で回避している。
(助けに入るかな?)
一応割って入る準備をする。
レベル的にはたとえビッグマッシュルームの攻撃がミリアの急所に入ったとしても、彼女が死ぬことはありえない。
でも、妙に苦戦して変なトラウマになっても困るしなー。
ガプッ。
などと考えていると、ビッグマッシュルームがミリアに飛び掛かり、その左腕に噛みついた。
「ひいいいいいいいいいい!」
ミリアが左腕をぶんぶん振り回す。
しかし、ビッグマッシュルームは食らいついて放さない。
「むゃあああああああああああああああ」
ミリアは猫とヤギを掛け合わせたような謎の奇声を上げる。
それから、汗で右手を滑らせたのか、杖の先端(太い方)に持ち手を変える形となった。
そして、恐怖心のおもむくまま、杖を縦に振りかぶり、垂直に振り下ろす。
多分、意識しての攻撃じゃないだろう。
焦った上での咄嗟の悪あがき。
しかし、その攻撃は動けないビッグマッシュルームの脳天を捉える。
ズバン!
と障子を突き破るような音。
ビッグマッシュルームはミリアの杖の柄に貫かれ、あっけなく絶命した。
「やあああああああああ! やあああああああああ!」
しかし、ミリアはまだその偉業に気が付かず、もはやビッグマッシュルームのくっついていない左腕をぶんぶんと振り回す。
「ミリア。もうビッグマッシュルームは死んでるよ」
僕は彼女の肩をトントンと叩き、バーベキューされる野菜みたいな状況で串刺しになったビッグマッシュルームを指して告げる。
「やあああああああ――って、あれ? あわわわわ、ほんとだ。こ、これ、私がやったんですか?」
ミリアは右手に持っていた杖をきょとんとした顔で見つめる。
「うん。手に感触あったでしょ? クリティカルヒットだよ」
「えっと、夢中で何がなんだかわからなくて」
「じゃあ、腕に攻撃を受けた痛みはどうかな?」
「あっ、そういえば、そうでした! 私、噛みつかれて――あれ?」
ミリアは思い出したように彼女自身の左腕を見つめる。
ミリアのローブには、一円玉くらいの小さな穴が空いている。
その白い肌には、『ダニに噛まれたかな?』程度の小さな赤い点ができている。
しかし、彼女の受けた被害は、つまるところそれだけだ。
「おめでとう。ミリア。君は、正真正銘、ビッグマッシュルームを一人で倒した」
僕は拍手をして、彼女が成し遂げた事実を祝福する。
「本当だ……。私、倒せたんですね……」
ミリアが噛みしめるように呟く。
「どうかな。これでもまだビッグマッシュルームが怖い?」
「少なくとも前ほどは、怖くない、と思います。でも、正直まだ実感がなくて」
「じゃあ、はっきりと怖くないと感じられるように、次いってみようか」
「は、はい!」
ミリアは足でビッグマッシュルームの死骸を杖から抜いて捨てる。
狩られる側から、狩る側への一歩を踏み出したミリアは、昨日より確かな足取りでダンジョンの中を踏みしめていく。
2体目はビクビクと、3体目を狩る時には恐々としていたが、4体目を越えた辺りから、躊躇を冷静さが上回るようになった。
そして、10体目を倒す頃には、急所を狙う余裕すら見せる。
「お疲れ様。今日はこれで終わりにしよう」
「も、もうですか!? 私、まだまだ行けますよ!」
一種のハイ状態になっているのか、ミリアが目を爛々と輝かせて僕を見る。
こういう時は、えてして大きなミスをしやすい――と、テルマさんが言っていた。
「物足りないくらいがちょうどいいんだよ。今日はミリアが上手くビッグマッシュルームを倒してくれたから、商品として納入できる素材も多いしね。このままだとバックパックがいっぱいになっちゃうよ」
戦闘に専念させるため、ミリアにはバックパックは持たせていない。
僕の方も、いざという時のフォローのためにポーションを多めに積んであるから、素材の保管に割ける容量は少ない。
「本当ですか!? ミッション達成でお金もらえますか!?」
「うん。だから早速テルマに見せにいこうよ」
「はい!」
戦果と、それ以上の成長を土産に、ダンジョンから冒険者ギルドへと帰還する。
「確かに依頼品を受領した。これがミリアが成し遂げたことへの報酬。銅貨五十枚」
テルマさんが、待ち構えていたように報酬をカウンターに出してくる。
「うわあ!」
ミリアは目を輝かせた。
「よかったね」
僕も自分のことのように嬉しい。
思えば、地球ではいつも誰かにお世話をしてもらう側で、誰かに何かを教えるような経験はなかった。
「私、初めて自分の力でお金を稼げた気がします! これも全部タクマさんのおかげです! ――これ、受け取ってください!」
ミリアはそう言って、銅貨を全て僕に渡そうとしてくる。
「……じゃあ、半分だけ貰うよ。僕たちはパーティだから。苦労も喜びも、分かち合わなくちゃ」
僕はきっちり二十五枚を数えて受け取った。
「は、はい! これからもよろしくお願いします!」
ミリアが瞳をうるませて頷いた。
「おっ、『キノコスレイヤー』! 今日も雑魚狩りは順調か?」
「お前も、グースを倒せる実力があるのに、子どものお守りなんて大変だな!」
隣の受付でモンスターの毛皮を納入していた冒険者から、からかいの言葉を投げかけられる。
そこまで悪意のない、冒険者にはありがちな軽口だったが、せっかく喜んでいるところに水を差さなくてもいいのに。
「ちょっと、二人ともそんな言い方は――」
「タクマさん。いいんです。私、あの人たちにたくさん迷惑をかけちゃいましたから。私のせいであの人たちの仲間が死んでいたかもしれないんです。だから、いいんです」
抗議しようとする僕の服の袖を、ミリアがぎゅっと掴んで止める。
「……わかった。ミリアがそう言うなら」
ミリアの気持ちを尊重し、僕は口をつぐんだ。
「あの……」
ミリアはからかってきた二人の男に向き直り、一歩近づく。
「な、なんだよ」
「文句でもあるのか?」
「これ! 受け取ってください! あなたたちのパーティに入れてもらった時、私何もできずに報酬泥棒みたいになっちゃったから!」
睨みつけてきた男二人に、ミリアはぎゅっと握りしめた自分の分の銅貨を差し出した。
「キノコスレイヤーから恵んでもらうほど落ちぶれちゃいねえよ。初めて自分で稼いだ金なんだろ? 自分で使え」
「……まあ、その、なんだ。頑張れよ」
男二人はそう言うと、毒気を抜かれたように立ち去って行った。
(ミリアは、立派だな)
冒険者という人種は往々にして自負心が強く、虚勢を張って生きている人間が多い。
そんな中、自分の欠点を率直に認められるミリアは、素直に尊敬に値すると思う。
「あの、すみませんでした!」
「あの時は、ごめんなさい!」
その後もミリアは、ギルド内にいた顔見知り一人一人に頭を下げて回った。
みんながミリアに対して好意的という訳ではなかったが、露骨に嫌悪感を示す人間は少なかった。
ミリアは放っておけない何かがある。
そもそもそうじゃなければ、テルマさんが担当する以前に他の担当官が何人も代わる代わる試用してみようと考えるはずがない。最初に悪評が広まった時点で終わりだ。
おそらく、みんなミリアを何とかしてやりたいとは思ったのだが、上手くいかなかったのだろう。
「ふう。なんだか、とても気分がいいです! 改めて、ありがとうございました! タクマさん!」
「お礼を言うのはまだ早いよ。明日からは、またヒーラーとして、一人前のパーティの一員として働いてもらうから」
「はい! 頑張ります!」
威勢よく気合いを入れるミリアと、僕はしっかりと握手を交わした。
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