第22話 訓練(1)
「じゃあ、まずはどこにミリアのミスの原因があるか考えよう。僕が見る限り、魔法をお願いすると、ミリアはある種のパニック状態になっているように思えるんだけど」
ダンジョンの一階層。
前方の暗がりをミリアの『ライト』が照らす中、僕は静かにそう切り出した。
「は、はい。私はチビなので、狭い通路で冒険者の人が前にいると、先がよく見えなくて焦っちゃうんです。しかも、私が必要とされる時は大体戦闘中なので、モンスターが怖いんです。もし、前の冒険者の人をすり抜けて、私を攻撃してきたらどうしよう、とか、余計なことを考えている内に頭がぐちゃぐちゃになっちゃって。その、冒険者としては失格かもしれないんですけど」
ヒーラーというのは後衛だから、前衛・中衛と一緒にパーティを組めば、確かにミリアの言う通り視界が塞がれる形になるだろう。
「怖いというのは、ビッグマッシュルームでも? いくらヒーラーといっても、レベル18のミリアなら負けるはずのないモンスターだけど」
「そ、その、ビッグマッシュルームでも、私よりは大きいのもいるから」
「なるほど」
恥ずかしそうに告白するミリアに、僕は納得した。
人間の僕から見れば、ビッグマッシュルームは大きいとはいえ見下せるくらいの背丈しかない。
でも、ドワーフのミリアと比べれば、ほぼ同じか、成長した個体なら彼女の身長を超える大きさのビックマッシュルームもいる。
そりゃ視点が違えば怖さも違うか。
いくらレベル差があるから余裕だと理屈で分かっていても、自分より大きな存在に、生物は本能的な恐怖を覚える。
だからこそ、猿は腕を上げて、クジャクは羽を広げ、フグは膨らむのだ。
その恐怖感を克服するには……経験を積むしかない。
「じゃあ、まずはビッグマッシュルームを倒してみようか」
「で、でも私、ヒーラーだから、たとえモンスターでも倒すと信仰が下がっちゃいますよ?」
職業的な忌避間があるのか、ミリアは逡巡する様子を見せた。
「それでも、必要なことだと思う。ミリアが自分よりレベルの低いモンスターに対しても恐怖感を抱いてしまうのは、ミリアがもしかしたらモンスターにやられてしまうかもしれないという思いがあるからだよね? なら、自分で余裕で倒せると分かれば、恐怖感はなくなるはずだよ」
「ううー、でも、やっぱり怖いですー!」
「大丈夫。はじめは肩車するから。どう頑張ってもビッグマッシュルームの攻撃が届かないところで戦闘するなら安心でしょ?」
僕はそう言ってしゃがみ、背中をミリアに向けた。
「か、肩車ですか!? えっと、その、さすがの私でもちょっと恥ずかしいというか」
「もちろん、そのまま戦えるならそれでいいんだけど」
「か、肩車してください!」
ミリアが僕の肩に飛びつくように乗ってきた。
柔らかい感触が頭に当たる。
「杖はバックパックにしまって、しっかり掴まっていてね。闘う時は僕が石を渡すから、それを使って」
「わ、わかりました」
ミリアがまだ恐々、といった声で頷く。
僕はビッグマッシュルームを求めて、ダンジョン内を徘徊しはじめた。
バサッ! バサッ! バサッ!
曲がり角の手前で、運悪く飛び出してきたおばけこうもりの群れと出くわす。
その数、およそ五体。
「ひゃっ!」
ミリアが短く悲鳴を上げた。
本来なら逃げ出すはずのおばけこうもりだったが、距離が近すぎたのか、パニック状態になってこちらに突っ込んでくる。
「――メイクファイア!」
炎がおばけこうもり三体を焼き尽くす。
咄嗟に撃ったので威力の調整が不十分だったみたいだ。
突っ込んできた二体を、身体をずらしてかわす。
肩透かしをくらい急速旋回してくるおばけこうもり一体を、投石で破壊。
突っ込んできたもう一体をロングソードで斬り捨てる。
「うわー! すごいですー」
ミリアが感激したように拍手する。
「ははは、創造神様の加護のおかげだよ。闘神オルデンの神官さんに戦闘訓練もつけてもらってるし」
まだ訓練を始めて日が浅いから、素人に毛が生えたような技術かもしれないけど、それでも剣の振り方一つ学ぶだけで随分と変わるものだ。
「今まで私が組んでいた人たちも、こうやって戦っておられたんでしょうか」
「そうかもね。とにかく、ビッグマッシュルームと戦っている時以外はできるだけ僕の行動を観察していて欲しい」
「は、はい! 頑張ります!」
今回の肩車は、ミリアを安全圏から攻撃してもらうと同時に、僕の視点を共有してもらうという意味もある。
僕の動き方を、ミリアに目と身体で体験してもらえれば、彼女が僕の後ろについた時も、行動の予測を立てやすいはずだ。
「じゃあそろそろビッグマッシュルームを見つけよう」
それから二回ほど曲がり角を折れると、やがてそれは見つかった。
傘を逆立てて、フシュー、フシュー、と胞子をまき散らし、こちらを威嚇してくる。
「ギャザーウォーター」
水鉄砲を放ち、ビッグマッシュルームを洗浄して、うっとうしい胞子をあらかた洗い流す。
これで準備はできた。
「どう? 怖い?」
「怖いは怖いですけど、上からみると、ただの大きいきのこですね。正面からみると、牙も生えてて恐ろしげな感じなのに――これなら、なんとかいけそうな気がします」
ミリアが自分を奮い立たせるように言った。
「うんうん。その意気だよ。じゃあ、これ石ね」
僕はロングソードを鞘に収め、拾い上げた石を、ミリアに手渡す。
といっても一個じゃ足りないから、『ソイル』の魔法で土を凝縮して作った玉をいくつも用意しておく。
「は、はい!」
ミリアが玉を投げる。
一発目は外した。
二発目も外した。
しかし、三発目はようやくビッグマッシュルームをかすった。
「あ、当たりました! ひ、ひいいいいいいいいいいいい! こっちにきますううううう!」
攻撃に反応したビッグマッシュルームが、僕たち目がけて突撃してくる。
ミリアの胸が僕の頭にぎゅっと押し付けられる。
緊張しているようだ。
「大丈夫だよ。ビッグマッシュルームの攻撃なら、何万発食らおうと僕にダメージはないから。落ち着いて狙って」
僕は右手でミリアに玉を供給しながら、左手の盾だけでビッグマッシュルームを突き飛ばしていなし続ける。
「えい! えい! えい!」
何度も外して、時折怖気づきながらも、ミリアは三十発もかけて、ビッグマッシュルームにダメージを与えていく。
やがてボロボロになったビッグマッシュルームが仰向けにひっくり返り、身体をピクピクと痙攣させた。
「あと一息だよ。頑張って」
「はい!」
ミリアがとどめの一発を放つ。
それはビッグマッシュルームの牙を破壊し、喉の奥にぶちあたり、完全にその命を奪った。
「やったね。ミリアはビッグマッシュルームを倒した」
僕は、大げさにならないように、さもそれが当たり前のように、事実を事実として告げる。
「ほ、本当ですか? 私が、倒したんですか?」
「ミリアの目の前にあることが全てだよ」
「や、やりました! 私、倒せました!」
ミリアが喜びを滲ませて叫ぶ。
僕の頭の上で身体を揺する度、胸がバインバインと頭皮を刺激した。
「じゃあ、この調子で次いってみようか」
そのまま僕は次の獲物を探す。
倒したビッグマッシュルームを解体はしない。
投石で傷つけすぎて、商品価値を失ってるからだ。
「あっ。いました!」
「いたね。じゃあまた頑張って」
「はい!」
ミリアが再び玉を投げ始める。
今度は前よりも少なく、二十発ちょいで仕留めることができた。
その後も、僕たちは普通の冒険者が素通りするような最初の階層で、単純作業を繰り返す。
だけど、決して無意味じゃない。
段々とミリアのビッグマッシュルームを捉える精度は上がっていき、最終的には十発以内で確実に仕留められるまでに成長していた。
「よし。じゃあ今日はここまでにしようか」
頃合いを見計らって、僕はミリアを肩から降ろす。
「え? あ、はい」
ミリアが拍子抜けしたように言う。
「ん? 何か問題あった?」
「いえ、思ったよりも時間が経つのが早いから、びっくりして」
「それだけ集中できていたってことだよ。すごいじゃないか」
「そっか。そうなんですね。えへへ」
ミリアは満足感と照れくささの入り混じったような笑みを浮かべる。
「うん。じゃあ、明日もまたビッグマッシュルーム相手に頑張ろう」
「はい――でも」
「でも?」
「今日はタクマさんの力を借りて、やっと最弱のモンスターを倒せるようになりました。私一人で倒せるまでにはもっと時間がかかると思います。この調子でいっても、タクマさんのお役に立てる日がくるのはいつかになるか、わかりません」
ミリアは表情を曇らせて呟いた。
「焦っちゃだめだよ。……昔、僕もそうだったから、気持ちは分かるけど」
「タクマさんもですか!?」
ミリアが意外そうな声を上げた。
「うん。昔、僕はとても治りにくい厄介な病にかかっていてね。日常生活を送るのも困難な状況だったんだ」
「病!? 大丈夫なんですか?」
「ああ。今は大丈夫。でも、その病気が治るまでには結局七年かかったんだ。普通の人が当たり前にできることをできるようになるまで、七年だよ? それにくらべれば、ミリアは優秀だよ。たった一日で、昨日できなかったことができるようになったでしょ?」
「わかりました! 私も地道に頑張ります」
ミリアがそう意気込む。
「うん。そうしよう」
僕は頷いた。
リハビリでも、筋トレでもなんでもそうだか、自分の実力を無視していきなり大きな目標に挑戦するのは危険だ。毎日少しずつ目標を上げていくようにしないと、大抵長続きしないし、無理が祟って状況が悪化してしまうことさえある。
(それに、きっと、その内『こつ』が掴める瞬間が訪れるはず)
ミリアに言うとプレッシャーになるだろうから、敢えて伝えてないが、人の能力の上昇スピードは訓練量と均一ではない。継続的に努力していれば、ある日ふと今までの経験の蓄積が感覚と一体化する時がくる。
曲がりなりにもミリアは僕より長い間冒険者生活を続けてきたのだがら、潜在的な経験はかなりのものになっているはずだ。
きっと、そのうち花開くに違いない。
そんな希望を胸に抱いて、僕は初日の訓練を終えた。
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