第21話 最適と最善
翌日。
とりあえず、初日は緊張していただけかもしれない可能性を考慮して、今日も1~3階層でミリアの様子を観察することに決めた僕だったが、結果は散々だった。
翌日も、その翌々日も、結果は変わらない。
結局二週間様子を見たが、ミリアの様子には一向に改善が見られなかった。
今日も何とかミッションを受けた分のビッグマッシュルームを狩り切った僕たちは、ぐったりと疲労を抱えて、冒険者ギルドへと戻る。
「確かに依頼品を受領した。これが今日の報酬。銅貨100枚」
テルマさんが、十枚ずつ重ねた銅貨を十セットカウンターに置く。
「ありがとう。さあ、ミリア。分けようか」
「え? 私も貰っていいんですか!?」
「うん? 普通に昨日までと同じで半分ずつにしようと思ってたけど」
「う、うわあああああああああああああああああああああああああん!」
ミリアが大声を上げて泣き出した。
「え? え? なに? 少なかった? もっと欲しい?」
いつも通りの流れ作業になんでそんな過剰な反応をするのかが、分からず、僕は狼狽えた。
「ぐすっ。ち、ち、違うんです! 違うんです! 二週間も私をまともに扱ってくれた人、初めてだから、嬉しくて! わ、私、み、みんな、最初は優しくしてくれる人でも、大抵二、三日したら怒らせちゃうから」
「……そうなんだ。僕は怒ってないよ。ミリアが一生懸命なのは分かるから」
僕は何と言葉をかけていいか分からず、思っていることを素直に吐き出した。
事実、僕はミリアに対して怒りの感情はほとんど抱かなかった。
正直、困ったなあ、とは思っていたけど。
地球で難病と闘ってきたからだろうか?
手術後のリハビリも、投薬治療も、一朝一夕ではいかないことは、身をもって知っていた。
「――あ、あの。タクマさん!」
「なに?」
「こ、これ、受け取ってください! タクマさんになら、預けられます! 私のご主人様になってください!」
ミリアがそう言って、彼女自身の背負っていたバックパックから荒縄を取り出した。
「え、なにこれ? どう使うの?」
「こうです!」
ミリアはそう言うと、勢いよくローブをペロンと巻き上げて、下腹部を露わにした。
かぼちゃパンツと、その上のちょっと出っ張り気味のおへそが丸見えになる。
それから、ミリアは、荒縄の片方を彼女自身のお腹にきつく結びつけた。
「えっと、これは?」
「私に指示するための縄です! 一回引っ張ったらヒール 二回引っ張ったらプロテクト! ――みたいな感じで使ってください!」
ミリアは満面の笑顔で言った。
「ええ……」
そんな犬じゃあるまいし。
彼女がどんな境遇で生きてきたのかが察せられて、僕は悲しい気分になった。
「ちゃんと実績もありますよ? わ、私、馬鹿ですけど、最初の時のパーティでも、これなら何とか動けましたから! た、たまに間違っちゃうこともありますけど、その時は、これでおしおきしてくれれば、身体で覚えます!」
ミリアが次に取り出してきたのは、よくしなる鞭だった。
今度は馬かな?
「おいおいなんだ。まだ明るいうちから盛ってんじゃねえぞ!」
「縄に鞭って、随分玄人だな」
「そういえば、確かテルマもあいつの奴隷になったんだっけ?」
「あんなかわいい顔した男の子がドSとか萌えるわー」
周りにいた冒険者がざわつき始める。
(なんか変な噂が立ってる!?)
「僕をそこまで信頼してくれるのは嬉しいよ。でも、ごめん……荒縄も鞭も、受け取れない」
僕はミリアの手を握り、そっと二つの道具を押し返した。
彼女の発案したやり方は、最適なのかもしれない。
もし、これがただのゲームで、ミリアをただのデータ上の戦力として扱うなら、それは最も効率的な彼女の活かし方ということになるのだろう。
だけど、ミリアには命があり、心がある。
自分で自分を低く見て、自尊心を傷つけていくようなやり方は、間違いなく最善ではないと思う。
「ど、どうしてですか!? やっぱり私なんてパーティメンバー失格ですか!?」
「ううん。むしろ逆だよ。僕はミリアに本当の仲間になって欲しいから。ご主人さまとかにはなれないよ。仲間っていうのは対等な関係じゃなきゃ」
絶望的な表情になるミリアを安心させるように、頭をポンポンと撫でた。
「で、でも、私、これ以外のやり方を知らなくて! このままじゃ、ずっとタクマさんに迷惑をかけちゃうし」
ミリアは逡巡するように視線を泳がせる。
「知らないなら、一緒に見つけよう。誰かに支配されたり、自分を貶めたりしなくてもいいようなやり方を。何度失敗してもいいから、ね?」
僕は屈みこみ、じっとミリアの瞳を見つめた。
これはただの偽善なのかもしれないけど。
ただ一生懸命に生きているだけのミリアが、ここまで苦労しなきゃいけない世界が、僕は気に食わない。
「ふぁ、ふぁい! よろしくお願いしましゅ!」
ミリアが首筋に抱き着いて、僕の顔に頬を擦り付けてくる。
涙の冷たさと人肌の暖かさの混在する感触を覚えながら、僕は心の奥で気合いを入れ直した。
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