第25話 イレギュラー
「はえー。今日は冒険者の人がいつも以上にいっぱいいますねー」
「やっぱり、ゴールデンマッシュルーム効果かな?」
今日も朝からダンジョンに潜ろうと大穴の手前までやってきた僕たちは、すし詰めのようになった冒険者を見て、そう囁き合う。
レアモンスター大量発生の噂は瞬く間にマニス中に広まったらしい。
いつもは素材採集系のミッションを請け負わないような層も、今日は出張ってきているらしかった。
ダンジョンへと降りる縄梯子にも、順番待ちができている。
行儀よく自分の番を待つような連中ばかりではないので、あちこちで小競り合いが発生していた。
「巻き込まれてもなんだから、ちょっと時間を置こうか」
「そうですねー」
一方の僕たちはあくまでマイペース。
ダンジョンの周りに陣取る露店を冷やかしたりしながら、時間を潰し、人の波がはけるのを待つ。
熱狂が落ち着いてから、二人で余裕をもってダンジョンに
いつも通りに、焦らず。
いつも通りに、油断せず。
僕たちは着実に今日の分の仕事をする。
歩いて、殺し、時に守り、ダンジョン内を徘徊すること半日。
目標は達成される。
「ウェアウルフの爪。30枚」
「あります!」
「クレイゴーレムの核。3個」
「あります!」
「ラージハウンドの牙。5個」
「あります!」
「よし。チェック終了だね」
僕たちにとっての終点の十階層で、依頼品に漏らしがないように素材をチェック。
これで完璧だ。
「では、今日は終わりですか?」
『ゴキュ』っと、精神力回復のポーションを一飲みして、ミリアが呟く。
「そうだね。帰ろう」
ドタドタドタ!
頷き合って踵を返した僕たちの背後から、荒い足音。
モンスターかと思い、ロングソードを構える。
振り向くと、向こうから駆けてくるのは、男の冒険者だった。
もちろん、グースのような輩もいるから、同業の冒険者とて信用はできない。
だが、今回は明らかに様子が違った。
「あの人! 右腕がないですよ!?」
「自分で斬り落としたみたいだ!」
手に武器はなく、兜もない。
腕からドバドバ血を流しながら、男がこちらへと歩いてくる。
「た、助けてくれ!
僕の目の前で倒れた男は、虚ろな眼差しで、うわ言のようにそう呟いた。
「落ち着いてください。ミリア、ヒーリングを」
「はい」
ミリアが詠唱し、男の出血を止める。
「なにがあったか、順を追って話してください」
「ゴールデンマッシュルームは、俺たちをおびき寄せる餌だったんだ!
「闘虫仮操は30階に出るモンスターで、20階層に出るのは、
僕の知識ではそうなっている。
夏虫火葬は、寄生植物型のモンスターで、死体はもちろん、生きている冒険者やモンスターにひっついて、栄養を吸い取り、火炎を吐き出す性質を持つ。
モンスターに寄生した場合は一種の共生関係に入って、戦士系のモンスターが炎を使いこなしてくるという鬱陶しい状況になる……らしい。
一方の闘虫仮操は一段階凶悪で、寄生先の生物を自分の都合のいいように操る。冒険者に寄生した場合は、同士討ちすることもありえるという。
「進化したんだよ! 俺たちより、奴らの方がゴールデンマッシュルームを見つけるのが早かった……」
「つまり、ゴールデンマッシュルーム大量発生の噂は本当だったけど、先に夏虫火葬がそれに寄生して、栄養豊富なゴールデンマッシュルームを食べまくって闘虫仮操に進化した。その闘虫仮操が冒険者に寄生して、乱戦状態に。あなたは混乱状態に陥った現場から逃げてきた?」
男の断片的情報から状況を推測する。
「そ、そうだ! あいつら冒険者とモンスターの死骸を餌にどんどん増えて――俺も腕に寄生されそうになったから斬り落としたんだ!」
男がこくこくと頷く。
本来闘虫仮操がいるべき30階層ならそれを捕食するモンスターもいたのだろうが、本来よりずっと上の20階層で発生してしまったので天敵はいない。
その上、餌が豊富だったために異常に増殖してしまったのだろう。
「タクマさん!」
「うん。逃げよう」
僕は躊躇なく決断する。
集めたばかりのモンスターの素材もそこらへんにぶちまけ、必要な物資以外を捨てて荷を軽くした。
「待ってくれ! まだ、仲間は助かるんだ!」
「申し訳ないですけど、相手の戦力が不明瞭すぎます。とても僕たち二人の戦力で対処可能な状況だとは思えません。あなたも逃げましょう」
下手すれば欲に目が眩んだ冒険者全員が操られている可能性もある。
ミリアを守りながら、そんな危険な戦場に身を投じる訳にはいかなかった。
残念ながら、僕はチート持ちでも英雄じゃない。
「く、くそっ!」
感情ではなく本能で危険性を理解したのか、片腕を失った冒険者が9階層の方に向けて走り出す。
「タクマさん! 進路に冒険者の集団が!」
「ちっ。ちょっと遅かったか!」
9階層へと登る最短ルートには、下層から逃げてきたと思われる冒険者たちが殺到していた。
寄生されている人間はいないが、むしろその方が怖い。
冷静さを失った冒険者たちは、押し合い、へし合い、時には殺し合いながら、転んだ人間を踏み倒して進む地獄絵図が繰り広げられている。
「もう一つの迂回路は!?」
「ダメです! そっちも冒険者でいっぱいです!」
ミリアが悲壮な声で叫んだ。
ウ、オ、オ、オ、オ。
そうこうしている内に、背後からゾンビのようなうめき声が聞こえてきた。
先ほど男の冒険者が逃げてきた30メートル先の広めのフロアに、白目を向いた冒険者およそ十人が出現した。
それぞれ武器を手にしており、頭には、向日葵を二回りくらい大きくした、妙に美しい七色の花が咲いている。花からは、触手もうねうね伸びていた。
あれが闘虫仮操か。
ゾンビっぽいと言っても、動きはノロくなく、こちらに走ってきた。
もっとも、100%の力を発揮している感じはない。
操るといっても限界はあるのだろう。
「とりあえず、戦って冒険者の流れがハケるまで時間を稼ぐしかない」
「わかりました!」
「頼む! レイカだけは助けてくれ! 頼む……」
片腕を失った男はひざまずいて、こちらに向かってくる冒険者の女の内の一人を指した。
マニスの法律では、モンスターに寄生された冒険者はモンスターに準ずる扱いで、殺しても罪には問われない。
問われない……が。
「できる限りは助けます。だけど、危なくなったらまとめてモンスターごとエクスプロージョンで吹き飛ばします。すみません」
それでも助ける努力をしない程、僕も感情を捨ててる訳じゃない。
「た、助かる!」
「ギャザーウォーター」
水を凍らせ、冒険者たちの進路一帯をアイスバーン状態にする。
「メイクファイア」
その表面を軽く炙って溶かし、滑りやすい状況を完成させる。
「ソイル 『ウインド』」
同時詠唱。
横長の土を固めた棒を飛ばし、冒険者たちの足下をすくう。
冒険者たちは全員、コントみたいに盛大にすっ転んだ。
「ソイル 『ソイル』 ソイル、『ソイル』――『身体強化』」
手頃な石礫を大量に生成。
全身に魔力を充填し、筋力を強化した。
ロングソードを鞘に収め、石礫を握りしめる。
振りかぶって、さっき男が指さした女の頭上に狙いを定めた。
「ウインド 『メイクファイア』」
全力投球に風の力を加味した魔法の火球が、闘虫仮操を破壊する。
女性はパタリと意識を失った。
ウ、ア、ア、アアアアアアアアアアアアア!
こちらの意図に気が付いたのだろうか。
闘虫仮操は、冒険者を操り、それぞれの得物を隣の冒険者に向けて振るい始めた。
倒れたままの格好で、戦士は斧を振り上げ、魔法使いはぎこちない魔法を繰る。
(冒険者を助けられるくらいならお互いで自害させるということか)
「ミリア。誰をヒーリングするかは任せる」
卑怯な指示だけど、考えている余裕がない。
僕は、こちらに遠距離攻撃可能な冒険者に寄生した闘虫仮操を優先して破壊していった。
投げる。
投げる。
投げる。
「ヒーリング! ヒーリング! ヒーリング!」
ミリアも必死に回復魔法を連発する。
上手い。死線ぎりぎり。
急所に当たった冒険者とそうでもない冒険者を的確に見分けている。
「これで、最後だ!」
僕は渾身の一撃で、口から泡を吹く獣人の頭から闘虫仮操を吹き飛ばす。
「ごめんなさい! 三人は、救えませんでした!」
「いや。ミリアはよくやったよ。――メイクファイア」
僕は片手でミリアの頭を撫でながら、念のため闘虫仮操の死骸を灰になるまで焼き払う。
「レイカああああああああああ!」
男が女の名を呼び、駆け寄っていく。
「ジャン……私、助かったのね!」
女が男の手を握る。
「ふへえー」
「てめえー。いてえーじゃねえか!」
「お互い様だろ!」
「はあー。助かった」
「脳みそ出てないよね?」
「君たち、見たことあるよ! テルマのところの冒険者だよな!?」
他の冒険者たちも次々と目を覚まし始めた。
「タクマさん! 人がだいぶ減りました!」
「皆さん、早く逃げましょう」
助けられなかった三人のギルドカードを回収しつつ、僕はそう呼びかける。
救い出した冒険者たちを連れて、僕は逃亡者の列の最後尾に加わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます