第16話 リスタート

「……では、ご主人様。私は早速、ギルドに返済金を納めて参ります」


 テルマさんがそう言って腰を折る。


「わかりました。僕はとりあえず、シャーレに事の顛末を報告してきます。それと、僕のことをご主人様と呼ぶのはなしで。今まで通りの感じでお願いします」


 僕は頷いて答えた。


 このままご主人様と呼ばれ続けるなんてむずがゆくて仕方がない。


「――わかった。なら、タクマも私のことは呼び捨てにしてくれて構わない。もちろん、敬った言葉遣いをしなくてもいい」


「ええ……。でも、テルマさんは僕より年上ですよね?」


 具体的な年齢は聞けないが、ハーフエルフで僕より年上に見えるのだから、実年齢は推して知るべしだろう。


「奴隷主のタクマが私に敬語を使っていたら不自然。こうなった以上、きちんとケジメはつけないといけない。仮に借金の件がなかったとしても、そもそも担当官と冒険者は対等」


「そういうことなら。――コホン。わかったよ。テルマ」


 僕はどこか恥ずかしさを感じながら、咳払い一つ言った。


「ありがとう。――それで、タクマは今日はどこに泊まるの? 冒険者の所在地は担当官として常に把握しておく必要があるから」


「そうですね――って、ははは、また僕無一文になっちゃいました」


 僕は照れたように笑った。


 当たり前だが、報奨金を全部渡したら僕の手持ちはゼロになる。


 テルマさんに借金ぴったりを渡してもよかったんだろうけど、そこまで気が回らなかったな。


「……なら、またしばらく私の家に泊まる?」


 テルマさんは小首を傾げて言った。


「お願いできるかな。家賃を借金から棒引きする形で構わないから」


 テルマさんの住居が持ち家の線はないだろう。


 もしそうなら、借金に困った時点で売り払ってるはずだ。


「私も泊まるのに? 折半せっぱんじゃなくていいの?」


「えっと。奴隷の衣食住は主人が責任もって負担するものだと思うし」


 別に本当は、僕は自分をテルマさんの主人だとは思ってない。


 だが、結果として僕にたくさんの借金を負う形になってしまった彼女にたかるのは心苦しいので、そう方便を使う。


「タクマがそれでいいなら。――じゃあまた後で」


 テルマさんが片手を挙げて別れの挨拶をして去っていく。


 僕も冒険者ギルドを出て、ミルト商会へと舞い戻る。


 入り口の側で待ち構えていたシャーレに、早速僕は事の成り行きを報告する。


「ははは! で、ただでくれるって言うのにテルマは借金の形にした訳か。あいつらしいな!」


 聞き終えたシャーレは、ほっとしたように笑った。


「ええまあ。でも、あげたにしろ、貸したにしろ、僕は無一文になっちゃいましたけどね」


「冒険者ならすぐに日銭が稼げるから問題ねえよ。ま、オレも機会があったら仕事を回してやるからよ」


 冗談めかして言う僕に、シャーレが鷹揚に頷く。


「助かるよ。とにかく、この度は色々とお世話になりました」


「おう! これは貸しにしといてやる!」


 僕がそう礼を言うと、シャーレが悪戯っぽく応答する。


 その後も、何人か面倒をみてもらった人たちに挨拶を済ませ、僕は商会を後にした。


(あ、そういえば、信仰の方はどうなってるかな)


 僕の『生きているだけで丸儲け』のチートが信仰の経験値に及ぼす影響を調べるつもりだったが、色々あってあれから神殿には出向けていなかった。


(久々に街に出たし、確かめておくか)


 そう考え、僕はまず、闘神オルデンの神殿に足を向けた。


 相変わらずマッチョな神官が出迎えて、僕の前で手をかざしながら、謎の踊を繰り出す。


「信心が足りなぃ! 貴様ぁ! 闘争を怠けてたなぁ! 軟弱者ぉ!」


 ビリビリと震えるような声で怒られた。


「あ、そうですか。すみません」


 僕は頭を下げて、そそくさと神殿から出て行く。


 闘神オルデンへの信仰は全く溜まっていないようだ。


 どうやら、『生きているだけで丸儲け』の影響はオルデンの信仰には及ばないらしい。


 だとすれば、この結果は納得だ。


 テルマさんからもらったレポートによれば、闘神オルデンの評価基準は、


 是とされる行動:戦闘行為全般(行為の善悪を問わず)


 否とされる行動:敵に情けをかける。自分以外を回復する(敵味方を問わず)。

 

 だった。


 僕の場合、最終的にグースを殺せるチャンスを捨てて捕縛の道を選んだし、その際に彼を回復させてもいるから、オルデンの意思に背いたということになり、他の戦闘行為と相殺されて、ほとんど信仰が溜まらなかったのだろう。


 特にがっかりはしなかった。


 僕としては、元々チートなんていらないと言ってた訳だし、むしろ喜んでもいいくらいだ。


(この調子だと、もう一つの方も無駄足かな?)


 そんな予測を立てつつ、叡智神ソフォスの神殿に向かう。


 まあでも、オルデンと違って、ソフォスの方は信仰の基準に違反するような行動はしてないし、新しく魔法の一つでも習得くらいはできるだろう。


 そんな軽い気持ちでいたのだが――


「くはっ! 何という信仰だ! 私一人の力では測りきれません! 他の職員を呼んで参ります!」


 僕に手をかざしていた神官さんが苦しそうに息を吐き出し、慌てた様子で駆けていく。


 あっという間に僕は三人の神官に囲まれた。


「ううううううう! 頭が……」


「感じる! 感じるぞ! ソフォス神の祝福を!」


「皆、頑張りましょう! 限界を超越して成長することこそが、ソフォス神のお望みです!」


 三人の神官が身体をプルプルさせながら僕の周りをぐるぐる回る。


「……ふう。終わりました。神官として貴重な経験をさせて頂きました」


 やがてそれも止まり、神官さんがぐったりと、しかしどこか満足げに呟いた。


「それで、僕の信仰は?」


「とてつもなく信仰が高まっております! 初級魔法程度のスキルなら9、中級魔法でも3つ程を取得できるほどです。普通の信徒の方なら十年かかってもおかしくないというのに。あなたはそれをわずか一か月で成し遂げられた。これは偉業ですよ!」


 神官さんが鼻息荒く言った。


「そ、そこまですごいことなんですか?」


 僕は若干引き気味に尋ねる。


「はい! 当神殿始まって以来のことです! もし、特殊な学習法がおありでしたら、生きとし生ける者たちの発展のために、是非知識の開示を」


「そうしたいのはやまやまなのですが、どうやら天分に関わることらしく、一般化はできないみたいです」


 拝むように頼んでくる神官さんに僕は頭を下げた。


 これは間違いなく、『生きているだけで丸儲け』のチートの効果だ。


 僕はそう確信する。


「それは残念です。あなたは格別ソフォス神に愛されておいでだ。羨ましい限りです」


「いえ。過ぎたる力は身を滅ぼすと申しますから。――それで、習得するスキルを吟味したいのですが」


「では、そちらの棚にある書物を参考にされると良いでしょう。あなたに申し上げるのは『ソフォス神に講釈』かもしれませんが、ゆめゆめ研鑽を怠りませぬよう」


 神官さんはそう言い残し、去っていく。


 僕はさっそく、『冒険者に役立つソフォス神の知恵』という本を取り出し、ざっと一読する。


 結果習得することにしたのは




 初級相当


 ・『ウィンド』――風を起こす、もしくは操る魔法


 ・『ソイル』――土を生成、もしくは操る魔法。


 ・『熱魔法学』――魔法の熱量を調整することができるようになる。(水から氷を作ったり、炎の温度を高めたりできる)



 中級相当



 ・『エクスプロージョン』――固い石を含んだ爆発で広範囲にダメージを与える魔法(風+火+土の初級魔法+熱魔法学の習得が前提となる)


 ・『ライトニングボルト』――雷撃でダメージを与える魔法。相手が生物系の場合、麻痺効果を付加する場合がある。(風+水+火+の初級魔法に加え、熱魔法学の習得が前提となる)


 の、5つである。



 初級×3=中級×1くらいの信仰の消費量らしいので、これで大体ぴったりだ。


 RPG的にはあんまり強くなさそうなライトニングボルトが初級ではなく中級なのは意外だが、確かに雷の生成という現象は科学的に考えても一段上の難しい現象な気がするので、納得感はある。


 後は、前にやったみたいな厨二ポエムをソフォス神に捧げて、無事習得完了だ。


(にしても、何で『闘神オルデン』にはチートの効果が及ばなかったのに、叡智神ソフォスの場合は効いたんだろう?)


 謎である。


(力の詳細はぼかして、テルマさんに相談してみるか)


 そんなことを考えつつ、僕は神殿を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る