第14話 報奨金

 こうして、僕はミルト商会にお世話になることになった。


 軟禁状態ではあったが、食事も二食(この世界では一日二食が平均的らしい)きちんと出てくるし、一応、客人待遇でちゃんとしたベッドも用意してもらえたので不満はない。


 何より良かったのは、情報の集積地である商会に滞在させてもらったことで、この世界の常識を吸収できたことだ。


 と、いうのも、やることもなくて暇なので、シャーレに何か仕事をくれと頼むと、簡単な資料の整理を任せてくれたのだ。


 もちろん、二~三年前とかの古い書類ばっかりで、いわば『用済み』の、商売で使える生きたデータではなかったが、それでも僕には十分だった。


 物価の大体の基準――生活するにあたって、何が高くて何が安いのか。


 商都マニスと、その周辺の都市の風土。


 仕事を通じて、そういったこの異世界で生きていくのに必要な基礎的な情報を習得することができたからだ。


 多分、シャーレが無知な僕に気を遣ってこの仕事をくれたのだと思う。


 そして、三週間と数日。


「おい。タクマ! いるか?」


 僕がしゃがみながら、ほこり臭い資料室で、もはや日課のようになった書類を整理していると、背後から声がかかった。


「ああ。シャーレ。ちょうどもらった仕事が片付きそうだから次の仕事を――」


「そんなもんする必要ねえよ! 今日から金貨500枚超えの大金持ちだぞ! お前!」


 シャーレは両手を後ろに回した格好で、横合いから顔を覗き込んでくる。


「じゃあ、グースの件は?」


「ああ! 大方片付いたぞ! グースも含めた首謀者は軒並み処刑された。それ以外の関係者も財産没収だ」


 シャーレが明るい声で頷く。


「はあ……よかった。じゃあ、テルマさんの借金もなくなるんだね。彼女を罠にかけた奴らも全員逮捕された訳だし」


「は? なに言ってんだお前。なくなる訳ないだろ?」


 ほっと胸を撫で下ろす僕に、シャーレが肩をすくめる。


「え? だって、犯罪者の不法行為によってできた借金は無効でしょ?」


 僕もこの一か月の間に少し勉強した、この都市の法律に関する知識を持ち出して尋ねる。


「そりゃテルマがグース個人に対してした借金だったら無効だが、テルマは冒険者ギルドそのものから信用借りしてる訳だからな。間接的にグースのせいで借金を背負ったにしろ、それは無関係だ」


 シャーレがそう言って首を横に振る。


「でも、冒険者ギルドの中にも裏切者がいたのに」


「それもギルド職員個人の問題だろ。信用問題になる対外的な機関がした借金ならともかく、冒険者ギルドの身内のテルマの借金が無効になる訳ねえ」


「で、でも、僕はテルマさんに報酬の5割を渡す契約を交わしたし、稼いだ金の半分はテルマさんの方に――」


「いかねえよ。それは、冒険者ギルドを通した依頼から発生した報酬の話だろ。今回はお前個人の功績でお尋ね者を捕まえて稼いだ金だ。テルマには一銭も入らねえ」


 シャーレが僕の希望的観測を、冷静に打ち砕いていく。


「……じゃあ、テルマさんの借金は全く減ってないっていうこと?」


 僕は愕然と呟く。


 僕と別れる時も、テルマさんが余裕の態度だったから、てっきり大丈夫だとばかり思っていたのに。


「そうだよ……はあ。やっぱりお前は何も聞かされてなかったんだな。どうせそんなことだろうと思ったよ。テルマの性格から言って、お前に助けを求めたりする訳ねえしな」


 シャーレが苦虫を噛み潰したような表情で頭を掻く。


「……借金が払えなかったら、テルマさんはどうなるの?」


「オークションにかけられるだろうな。で、一番高値をつけた奴に落札される。後は雇い主次第だな。テルマの見た目ならまあスケベ親父なんかが狙いそうだが……。ま、といってもグースがやってたみたいな生殺与奪の権利まで奪われるような非人道的な奴隷契約は許されてないから、安心しろよ。せいぜい娼館で働かされるくらいだ」


 シャーレが僕を煽るような口調で言う。


「シャーレ! テルマさんの借金の総額と、返済の期限とか分かる!?」


「冒険者ギルドの諸々の清算は月末締めだから、返済期限は明日の日の出までだ。つまり、まだ間に合う。借金の総額は金貨493枚だな」


 シャーレが僕の質問を予期していたように答えた。


 ギリギリだが、僕の報奨金で払えるじゃないか!


「シャーレ! 悪いんだけど、僕の報奨金を今すぐ貰えないかな? 現金で!」


「んなもん。急に言われても金貨一枚、二枚の話じゃねえんだぞ。証文ならともかく、現金をそう簡単に用意できるか」


 シャーレが表情を暗くする。


「そうか。そうだよね……。どうしよう。足りるかな」


 僕は俯いた。


 魔法によって担保された証文でも通貨と同じく、金銭的な価値は認められている。


 しかし、それを第三者に引き取ってもらう場合、額面が割り引かれるのが通例だ。証文を発行した団体(この場合はミルト商会)が破産したら証文がただの紙切れとなってしまうリスクがあるからである。


 つまり、『金貨500枚』の証文があったとしても現金500枚として使える訳ではない。


 日本でいえば、手形と同じような扱いで、マージンをとられるのは当たり前。


 僕の報奨金がテルマさんの借金に足りるか微妙なこの状況で、割り引かれるのは厳しい。


「――なーんてな! ほらよ。タクマの分の報奨金、金貨508枚だ」


 シャーレは一転、おどけた調子で、隠していた両腕を僕の方に突き出した。


 その手には、ずっしり重量感のある革袋が握られている。


「シャーレ!」


「普通はこれだけの現金なんて持ち歩くのも保管するのも危ねえから用意しないんだぜ? オレに感謝しろよ?」


 そう言って、不遜に唇の端を吊り上げて笑う。


「うん! ありがとう。本当にありがとう!」


 僕はシャーレの両手を握りしめ、ブンブンと振り回す。


「ばっ! お前手を握んな! カネ取るぞ!」


 シャーレが顔を真っ赤にして僕の手を振りほどいた。


「だって感謝してるから! シャーレがテルマさんのためにここまで手を尽くすなんて正直予想外だったけど」


 シャーレが僕に金を持ってきてくれた期日は、予定の一か月より早い。


 偶然の可能性もあるが、おそらく、シャーレがテルマさんの借金の返済期限を知り、早めに僕に報奨金が渡るように手配してくれたのだろうと思う。


「……まあ、オレも無一文のところをテルマに拾ってもらったクチだからな。あの時、冒険者ギルドに入れなければ、こうして商会にも入れなかっただろうし。このままあいつが奴隷堕ちするっていうのも気分が悪い」


 シャーレが照れを隠すように僕から視線を外し、小声で呟いた。


「やっぱりシャーレっていい人だよね」


「ああ! うるせえ! うるせえ! もういいからさっさと行けよ!」


 笑いかける僕に、猫を追い払うような仕草で手を振るシャーレ。


「うん! じゃあ早速行ってくる!」


 革袋を握りしめ、僕は駆けだした。

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