第13話 計画的仕置き
僕は男を引っ張りながら、苦労してダンジョンの縄梯子を登った。
筋力が強化されてるのを実感する。
大の男一人荷物にしながら、片腕で縄梯子を登れるくらいの力が、今の僕にはあるのだ。
「おい。あれは『貪狼のグース』じゃねえか?」
「うわっ。生きてんのかあれ。グースを引きずってるのは誰だ?」
「見ねえ顔だな。装備は明らかにルーキーっぽいぜ」
「じゃあまさか、初心者一人に返り討ちに遭ったっていうのか?」
「おいおい。いくら何でもそれはないだろ。色々黒い噂が絶えない奴だったが、グースはあれでもレベル30だぞ?」
男を大穴から引っ張り出して、出口に向かう僕を指して、冒険者たちがひそひそ声で何か話している。
注目されるのはあまり好きではないが、まあ、状況的には仕方がない。
(僕がどう思われても構わないけど、事情を知らない人が見れば僕の方が犯罪者だよな)
「お前が今までに殺した人と、奴隷として売り払った人間の名前を延々繰り返して」
僕は誤解を受けないように、男の猿轡を解いてからそう命令した。
「俺はハンナ=ガーレントを殺しました。俺はクリス=ジュピターを殺しました。俺はボミエ=クリューレを奴隷として売り払いました。俺はマレム=ゼーを奴隷として売り払いました――――――」
今まで犯してきた罪を、壊れたラジオのように喋り出す男。
っていうかいつまでも終わらないな。
どんだけ悪事を重ねてきたんだこいつ。
(さて。どうするか)
テルマさんから貰った地図に書いてあった、地球でいうところの警察署っぽいところに突き出そうとも思ったが……。
(そもそも、この都市の官憲がどれくらいまともか分からないしな)
日本の警察基準で考えてはダメだろう。
奴隷の売買なんて個人でできる仕事じゃないし、この男の背後に組織的な犯罪集団があるに違いない。
『金でなんでも買える』と男が言っていたことから考えても、公的な機関の人間が買収されている可能性もある。
(とりあえず、テルマさんに相談してみるしかないかな)
結局のところ、僕はこの世界の常識に疎すぎる。
独断で動かない方がいいだろう。
結局、街中で人々の耳目を集めながら、僕は冒険者ギルドまで男を引きずっていった。
「すみません――あっ、テルマさん。待っていてくださったんですか?」
ギルドの受付の隅で壁に体を預けていたテルマさんが、僕を見て目を見開く。
「タクマ――その男は?」
僕の引き摺っている男――グースというらしい――を一瞥して呟く。
「テルマさん担当のルーキー冒険者を殺したり、奴隷として売買していた犯人です――ここにいる中で、お前の悪事に加担していた者を告白して」
「俺はメディナ=ライズに金貨2枚を代償に、アウセ=オレーヌの拉致に協力させました。俺は、グレン=アルボートに銀貨80枚を代償に、ヌディア=ラグーセの行動計画票を漏洩するように指示しました。俺は金貨4枚を代償にイヌガ=テンの殺害を、レオン=ハギームに協力させました――――」
グースが次々と自らの犯罪と共犯者を名指しで告白していく。
共犯者の中には、冒険者はおろか、ギルドの受付まで含まれていた。
「当ギルドの規則18条に則り、被疑者の拘束を冒険者に依頼する」
テルマさんが粛々と告げる。
その場にいた冒険者の内の一割がギルドから逃げ出そうとし、八割がやる気なさげに臨戦態勢に入る、積極的に動いた一割がテルマさんの命令に従った。
動いたのは、多分、元々はテルマさんが担当していた中級冒険者だろうか。
やる気のない冒険者も一応は拘束の援護に回ったので、グースの確保に成功する。
「すみません、テルマさん。大事にしたくなかったんですが、こいつはあちこちを金で買収しているみたいなので、公的な警察機関は信用できないと思いまして」
「タクマの判断は正しい。内部に裏切り者の犯罪者がいる以上、当ギルドだけで裁定できる案件ではない。こうなった以上は、私の知り合いの商会に仲立ちしてもらう必要がある。被疑者を連れてついてきて」
テルマさんがカウンターから出てきて、僕を先導して街を歩き出す。
僕は、グースを引っ張ったまま、その後に従った。
30分ほど歩いた後、テルマさんが立ち止まったのは、『ミルト商会』という看板が掲げられた建物の前だった。
4階建ての建物で、周囲の建造物と比べてもかなり大きい。
それなりに力を持ってる商会なのだろう。
テルマさんは躊躇なくその中に入っていく。
「私は冒険者ギルドのテルマ。御商会のシャーレに面会を希望する」
テルマさんは受け付けらしき男にそう話しかける。
うん?
シャーレってまさか……。
「ったく、テルマがオレの所にわざわざ訪ねてくるなんて珍しいな」
上の階から階段を降りてくるのは見知った顔だった。
「シャーレ! しばらくぶりだね!」
僕はこの世界ではまだ珍しい知り合いに、喜び勇んで手を振った。
「……はあ。なんだかめっちゃ嫌な予感がするぜ」
シャーレが僕と、連行してきたグースを交互に見て、顔をひくつかせる。
「タクマ。シャーレと知り合い?」
「この街まで送ってきてもらったんです」
「そう。それならば話が早い。この度、タクマが重大犯罪者を捕らえた。その件について、シャーレに相談したい」
「……ちっ。オレを面倒ごとに巻き込むな――と言いたいところだが、まあ、テルマには冒険者時代に世話になったしな。とりあえず話してみろよ」
そう言って、シャーレは近くにあった応接間らしき部屋のソファーを手振りで勧めた。
僕とテルマさんはシャーレと差し向かいで座って、事情を説明する。
「――という訳で、こいつに襲われた僕は、自衛のために男を返り討ちにして、彼が持っていた隷属の首輪を逆利用して捕縛したんだ。証拠もあるよ」
僕はこれまでの事情を説明した上、スマホで録画した映像を再生して、シャーレに見せる。
「……お前の言ってることが本当なら、これは国をまたぐ重大犯罪だ。オレみたいな下っ端商人個人でどうにかできる問題じゃない」
シャーレが頭を抱える。
「お願い。今の私にはシャーレにしか頼りにできる人はいない」
テルマさんがシャーレに頭を下げる。
「なにも無理だと言ってる訳じゃないだろ。上に話をあげてくるからちょっと待ってろ」
シャーレはぶっきらぼうにそう言って、席を立った。
「……シャーレさん。一見、そっけないけど、いい人ですよね」
「私もそう思う。商人に向かないんじゃないかと心配なくらい」
僕のセリフにテルマさんが頷いた。
一時間くらいだろうか。
僕たちがそわそわしながら待っていると、上階から降りてきたシャーレが駆け寄ってくる。
「上に話を通した。場合によってはオレたちのギルドがケツを持つ」
戻ってきたシャーレが深刻そうな表情で宣言する。
「場合によっては、とは?」
「『アガリ』の条件次第ってことだ。確認するが、今回グースを捕らえたのは、タクマ個人の功績ってことでいいんだよな? ギルドもテルマも関わってないんだよな?」
「そう。私は全く何もしてない。全部タクマの手柄」
「いや、でも、テルマさんは事前に僕に色々警告してくれてましたよ?」
「……他の冒険者にも忠告はしていた。でも、私はグースの凶行を止めることはできなかったから。私に、功績を主張する権利はない」
「じゃあ、テルマはこのまま待機な。タクマはこっちに来い」
シャーレが僕の手を引いて、個室に連れていく。
「結論から言うぞ。経費を除いた『アガリ』の七割だ。交渉はなし。お前らの立場が弱すぎて、オレたちの商会と交渉できる状況にないからな」
ドアを締め切った後、シャーレは小声でそう切り出した。
「ああうん。その、教えて欲しいんだけど、アガリって利益のこと? グースを捕らえることとの因果関係がよく分からないんだけど」
僕は首を傾げた。
「――はあ。そっからか? そっから説明するのか?」
シャーレが呆れたように溜息をつく。
「ごめん。前にも話したかもしれないけど、僕はこの世間の事情に疎いから」
「ああ、そうだったな! めんどくせえ――お前も薄々感じたとは思うがマニスは公共財への支出は最低限にとどめられていて、治安維持機構は弱い。その代わりに、自力救済が認められていて、正当な理由で犯罪者を捕縛した場合、そいつの財産の全てをぶん取れるっていう法律になっている。っつっても、今回のようなデカイ案件の場合は、オレたちの商会みたいな力を持ってる団体が噛まないと実質的には無理だけどな。複数の国にまたがる奴隷売買のシンジケートの摘発なんて、めったにない案件だから」
シャーレが早口気味に説明する。
「つまり、シャーレたちの商会が、グースを含め、彼に関連した犯罪者を捕まえてくれるってことでいいんだよね? 七割はその手間賃みたいな」
「まあ、そういうことだな」
「よかったよ。最悪、この国の有力者も全部腐敗しててうやむやにされる可能性まで考えていたから」
腐敗しているといっても、根本まで腐っていた訳ではないらしい。
「まあ、個人レベルでは非合法の商売の方が儲かるんだけどな。そういう非人道的な行いがあると、魔族に与する奴らとみなされて、その土地の創造神や善神の加護レベルが下がる。あんまりやりすぎると、その土地がまるごと魔界になっちまうからな。いくら儲かってても、抜け駆けを許す訳にはいかねえんだよ。だから、こういう重大犯罪に関しては、有力商会が協力して潰す協定を結んでいる」
「……なるほど。よくできてるなあ」
これもあの幼女神様の思し召しというやつなのだろうか。
「で、どうなんだ。七割の条件を呑むのか? 呑まねえのか?」
「うん。もちろん呑むよ」
僕は頷いた。
これで、テルマさんの汚名も返上できる。
ハメられてできた借金も無効になるに違いない。
「そうか。後、一月くらいは、妨害者からの保護のためにタクマの身柄をオレたちの商会で預かることになる。それも承諾するか?」
「まあ、仕方ないよね」
犯罪の関係者が広範囲に及ぶなら、証人となる僕を消そうとする者もいるだろう。
「じゃあ、契約だ。目を通して、問題がなければこれにサインを」
シャーレが懐から書状とペンを取り出した。
書状には、シャーレの言った旨が文章で記されている。
黙読で確認した後、書状に僕は自分の名を記した。
「――盟約の神ガルナタスよ。今、オレ、シャーレは、汝の名の下に、彼の者タクマ=サトウと契約を交わさん。公正と真実と自由意志を尊ぶ御心に従って、この契約は一切の強制のない双方の同意の下に完全に履行される。御心に適うならば、汝、この契約を祝福し、永久の証とせんことをお認めください」
書状が白く光り輝く。
「これで完成だ」
シャーレが満足げに書状を懐にしまった。
「えっと、これで終わりかな? しばらくこの商会にいるなら、テルマさんに事情の説明を含めて、挨拶しておきたいんだけど。いい?」
「ああ。勝手にしろ。こいつの身柄は預かるぞ」
「うん。お願い」
シャーレがグースを引っ張ってどこかに連行していく。
僕も個室を出て、テルマさんの下に戻った。
「――という訳で、決着には一か月くらいかかるみたいです。しばらくは、この商会で保護してもらう形で」
「そう。よかった」
テルマさんは表情は冷静なまま、安堵したように大きく息を吐き出した。
「……」
「……」
僕とテルマさんは見つめ合ったまま沈黙する。
何を話していいか分からない。
多分、今、テルマさんの頭の中には色んな過去がよぎってることだろう。
担当した冒険者との想い出。
その人たちを救えなかった無念。
これからのこと。
色々大変だろうと推測はつくのだろうけど、だからといってまだ出会って日の浅い僕ごときが彼女を慰めるのは、あまりにも不遜な気がした。
「――ステータス。更新する?」
テルマさんがぽつりと呟いた。
それは、僕とテルマさんの、冒険者と担当官という関係性から導かれる最大公約数的なやりとり。
「お願いします」
僕は静かに頷いた。
テルマさんがお決まりの呪文を唱える。
「すごい……レベル28になってる」
感嘆の声を漏らしながら、テルマさんがギルドカードに情報を刻み込む。
・タクマ=サトウ
力:28 器用さ:28 丈夫さ:28 素早さ:28 精神力:28 魔力:28
「あっ。本当ですね」
僕はギルドカードを確認して目を見開いた。
今朝はレベル20だったから、驚異的な成長率だ。
どうやら『生きているだけで丸儲け』のスキルの効果は時間経過で均一という訳ではないらしい。
(もしかして、『生きているだけで丸儲け』のスキルの上昇率には『生の濃さ』が関係しているのか?)
僕は仮説を立てる。
異世界にきた当初は、僕にとって見るもの、触れるもの全てが新鮮で、初めての経験だったから、急激にステータスが向上した。しかし、やがてある程度異世界の情報を取得し、慣れてきたことによって上昇率が下がった。
そして、今回、格上の敵との命を賭けたやりとりという劇的な経験を経て、また急激にステータスは伸びた。
つまり、僕がドラマチックな出来事に遭遇して切り抜けるほど成長している。
逆説的にいえば、安全確実に平凡な日常を続けるならば、僕の成長はそれほどでもないということになる。
「とにかく、安心した。タクマなら冒険者としてやっていける」
「これもテルマさんのおかげです。ありがとうございました」
「お礼を言うのは私の方。……タクマのおかげで、みんなの無念を晴らせた。ありがとう」
テルマさんはそう言って一礼する。
その『ありがとう』がどこか『さよなら』に聞こえたのは、僕の気のせいだろうか。
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