第12話 初心者狩り
僕は役立たずになったショートソードを捨て、男と対峙する。
右手には使い込まれた鈍く光り輝くロングソード。左手には松明を持っている。鎧も兜も、材質は分からないが、硬そうな金属製だ。
絶体絶命の状況。
でも、不思議と恐怖は感じない。
神様のチートで、精神が強化されているからだろうか。
(それにしても、わかりやすすぎる展開だな……)
明らかな不良がそのまま犯人だったなんて、創作物だったら安直過ぎて許されないストーリーだ。
でも、現実では、怪しすぎると逆に怪しくなくなるものなのかもしれない。
それとも、あんなあからさまな態度をとっても咎められないほど、テルマさんの冒険者ギルドでの立場は弱いのか。
僕は逃げる隙をうかがいながら、ジーンズの上からスマホの側部のボタンを押し、ムービーモードを起動する。
それから、レンズを含む、スマホの上部だけをひょこっとジーンズのポケットから出した。
このまま殺されれば無駄になることは分かってる。
だけど、できることは全部やっておきたい。
それが『生きる』ということだと思うから。
「随分早かったですね。つまりあなたが『死神テルマ』の生みの親だという訳ですか」
「俺様はちゃんと警告してやったぜ? 『テルマの担当した新入りの冒険者は、一人残らずみんな死んでる』ってな。お前は生意気言いやがって聞く耳を持たなかったけどよお」
男はニタニタ笑っている。
「それにしても早すぎませんか。普通は、もうちょっと僕の能力とか行動パターンを把握してから行動に及ぶものじゃ?」
「ルーキー相手にそんな労力を割くかよ――と言いたいところだが、俺様は慎重でな。てめえが、テルマが最後の悪あがきに俺をはめようとして雇った用心棒の可能性も考えていた。だけど、どうだ? よくよく調べてみれば、てめえはこの都市に来るまで、何のスキルも持ってなかったっていうじゃねえか。とんだ取り越し苦労だったぜ! スキルを昨日習得したばかりの雑魚なんて、レベル30の俺様の敵じゃあねえ!」
男は小馬鹿にしたように笑う。
「……全てリサーチ済み、という訳ですか」
「そういうこった。ほんとこの都市は何でも金で買えるからいい。酒も、女も、情報もな!」
「なるほど。それで、僕の居場所も金で買ったんですね」
「へっ。テルマの奴は隠したがっていたみたいだが、身内にバラされちゃあどうしようもねえよなあ?」
やはりテルマさんの懸念していた通り、冒険者ギルド内にこの男の協力者がいるということか。
「……すぐに僕を殺さない、ということは、僕にまだ利用価値があるということですよね。例えば奴隷として売り飛ばすとか」
「察しがいいじゃねえか。抵抗できなくなるくらい痛めつけてから、この『隷属の首輪』をつけてやってもいいんだがな。そうすると、てめえを引き渡す前にポーションで治してやらなきゃならねえ。死にかけだと買い叩かれるからな。ムダ金は使いたくねえのよ俺様。節約家だろお?」
男は勝ち誇って、禍々しい黒色の光を放つ首輪を懐から取り出した。
この男が情報をペラペラ喋るのは、僕に絶望を与え、抵抗を諦めさせるためか。
リサーチして僕が初心者も初心者だと確信しているからか、万が一にも負ける可能性は考慮していないのだろう。
相手が僕を侮っているなら――それに乗らせてもらおう。
「僕を放っておいても、テルマさんは借金で首が回らない状況だったじゃないですか。見逃してくれてもいいでしょう?」
僕はわざと同情を誘うような情けない声で言った。
敵にはなるべく僕の実力を低く見積もってもらった方が、勝率があがる。
敵は、僕が異世界人であることも、レベル20の実力を持っていることも知らない。
それでも敵はフル装備な上にレベル30だから、僕が圧倒的に不利なことは変わりないけれど、絶望するほどまでの状況じゃない。
「へへへ。悪いな。プロはな。僅かな可能性でも潰しておくんだよ」
男が首輪を片手ににじり寄ってくる。
「ならば、奴隷が欲しいなら、狩る初心者はばらけさせた方がいいんじゃないですか? わざわざテルマさん担当の初心者ばかり狙うと余計な注目を集めるでしょう」
僕は涙声で腰が引けた様子を演出しながら、じわじわと後ずさった。
「それが、あいつを合法的に奴隷にしたいっていう客がいてなあ。まあ、ハーフエルフは高く売れるからな。エルフほどじゃねえが、魔術的な材料としての価値がある。ま、奴隷といえども、ひどく扱えば非難されるからな。あいつお抱えの冒険者がつけを払う前に殺して借金を負わせるついでに、評判も落として『死神』にしておけば、依頼主がテルマをどう扱っても、正当化されるって訳だ」
反吐が出るほどの邪悪。
徹頭徹尾、私利私欲のために、この男は、真面目に仕事をしているだけのテルマさんを貶めたのだ。
地球にいた頃の倫理観から、人を傷つけることに抵抗感があったのだけれど、今となってはそんな感覚は消え失せていた。
こいつはモンスターよりもよほど倒すべき悪だ。
僕はこいつを絶対に許さない。
「さ、これで満足しただろう。大人しく俺様の奴隷になれ。死ぬよりはマシだろう? 間違っても俺に抵抗しようと思うなよ? この鎧には魔術防護のエンチャントが付加されている。てめえの雑魚魔法は俺様には効かないからな?」
男は言葉の武器で僕の逃げ道を塞いでいく。
だけど、それは僕にとっては光明だった。
(鎧にエンチャントがかかっているということはそれ以外には効くってことだよな?)
迷ってる暇はなかった。
「はっ!」
僕は躊躇なく、本来ならダンジョンで生命線になるはずの松明を男に向かって投げつけた。
「なにっ!?」
男はロングソードで松明を切り払う。
「ギャザーウォター!」
瞬間、僕は魔法を詠唱した。
手から放出された流水が、男と僕の松明をまとめて消火する。
そして、ダンジョン内は闇に包まれた。
僕は革鎧を脱ぎ捨てて身を軽くすると、一目散に男から逃げ出す。
「てめえ! 悪あがきしても無駄だぞ!」
男はそう叫びながら、ガサゴソ音を立てる。おそらく、松明に巻き付けた布を交換しているのだろう。
だけど、僕には松明は必要ない。
(頼むぞ! スマホ!)
僕はポケットからスマホを取り出して駆けだした。
ムービーモードで撮影した男の犯罪自白はきっちりと保存して、点灯した明かりで前方を照らす。
スマホの明かりは、松明よりは暗い。
つまり、辛うじて僕の足下周辺の視界は確保できるけど、敵が光源とするには頼りない明かりだと言うことだ。
(僕が地上まで逃げ切って、この証拠を提出できれば、男の犯罪を証明できる)
そういう目算の下、僕はひたすら出口に向かって疾走した。
「逃がすかよ! レベル30の俺様とてめえじゃあスピードが違うんだよ!」
男の声がダンジョン内にエコーして僕の耳まで届く。
足音が段々と近づいてくる。
逃げきれない。
やはり、装備を軽くした程度ではレベル10の差は埋まらないらしい。
(くそっ――やはり、戦うしかないのか!)
思考を切り替える。
戦うとすれば、最善の手は――。
(かけてみるしか、ないか)
敵は強く、使える道具は少ない。
選択肢はそれほど多くなかった。
フサァー! フサァー! フサァー!
道中に立ちはだかるビッグマッシュルームを、拳で殴り殺す。
乱暴にビッグマッシュルームの胴体をちぎり捨て、傘の部分だけを掴んでナップサックに放り込んでいく。
一体、二体、三体。
殺し切ったところで限界がきた。
「光が見えたぞ! 情けをかけてやれば調子に乗りやがって! ぶっ殺してやる!」
声が近い。
もう時間がない。
僕は手にしたスマホを録音モードに切り替えた。
「どうした!? やってみろ! かかってこいよ! 下衆野郎が!」
僕はわざと汚い言葉で挑発する。
それからナップサックを肩から外し、逆さにしてビッグマッシュルームの傘を地面にぶちまけた。
傘を踏みつけに踏みつける。
噴き出す胞子が、狭いダンジョンの中に満ちた。
前方の道は、左右で二つに分かれている。
左は平坦な通路で、右は下り坂だ。
僕は右の方に飛び込んで、地面に伏せた。
「ギャザーウォーター!」
空気中の水分を減らし、極限の乾燥状態を作り出す。
ダンジョンという閉鎖空間。
条件は揃った。
「メイクファイア!」
ドガアアアアアアアアアアアアン!
爆風と熱気が、僕の頭上を駆け抜けていく。
粉塵爆発。
ラノベやアニメでお馴染みのアレだ。
「あっちぃ! くそっ! ふざけんな! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す!」
男が喚き散らしてる。
あわよくばこれで気絶でもしてくれればよかったんだけど、そんなに甘くはないらしい。
だけど、これは想定の範囲内。
爆発の主目的は、男を怒らせて冷静な思考を乱すことだ。
(――再生、と)
音量を最大にして、先ほど録音しておいた音声を再生する。
同時にそのスマホをサイドスローで投げて、向いの通路に滑らせた。
『どうした!? やってみろ! かかってこいよ! 下衆野郎が!』
「お望み通りぶっ殺してやるぞこらあああああああ!」
スマホの音声に釣られて、男が僕がいるのとは反対側の通路へと駆けていく。
それはすなわち、僕に背中を向けるということだ。
極限まで音を立てないように、解体用のナイフを抜く。
そして、僕は――
冷静に
着実に
躊躇なく
「なにっ!? いない!? どこに――」
「ここですよ」
――男の首をナイフで掻き切った。
「ヒュッ――カハッ!」
男が笛のような息を吐く。
「もう少し生きていてくださいね。テルマさんのために」
一応、スマホで証拠は押さえてあるが、本人を突き出せた方がより良いだろう。
それに男に死なれると、彼とつるんで悪事を働いていた者の情報が得られなくなる。
奴隷の販売先をつきとめて救済できれば、テルマさんの汚名も返上できるはずだ。
まずはロングソードを奪い取り、鎧と兜を脱がして武装解除。
すると、懐から輪っかが転げ出てきた。
「おっ。これですか。隷属の首輪は」
僕はその首輪を拾い上げ、男の首に装着する。
「右手を挙げてください」
男は震えながら右手を挙げた。
本当に首輪をつけると奴隷にできるらしい。
「これからは僕の命令に従ってもらいます」
そう命令しつつも、詳細を知らないアイテムを完全には信用しない。
男の両目をナイフで潰し、足の腱を切断する。
さらに両手の指を切り落とした。
「くっ、は、むぐゥァ――」
男が言葉にならない苦悶の声を漏らす。
自殺しないように、男の衣服の一部を切り取って、猿轡を噛ませた。
そこまでしてから、僕はポーションを男の首の傷跡にかける。
(うわっ……本当に傷が塞がってる)
たちまちに傷が治るポーション。
冗談みたいなアイテムが存在するこの場所は、異世界なんだと改めて実感する。
その後もポーションの量を調節しながら、ぎりぎり死なない程度に男を回復させていった。
その後は、スマホを拾い、男からはロングソードと松明を奪い、それ以外の装備は置いていく。
売り払えば、テルマさんの借金返済の足しになりそうなので勿体ないが、男の図体がでかすぎて僕には合わないし、運ぶ余裕はない。
「じゃあ行きましょうか」
男の脚を持って、ずるずると引き摺っていく。
背中に擦り傷ができようが、僕の知ったことではない。
途中、脱ぎ捨てた革鎧を再装備し、一応最低限のビッグマッシュルームの材料も回収しつつ、僕は地上に帰還した。
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