第10話 ダンジョンへ
そして翌日。
夜明けと共に起き出した僕とテルマさんは、また野草で朝食を済ませて家を出た。
「はい。これがビッグマッシュルームが分布する、ダンジョンの1~3階層までの地図。一応、簡単な説明も書いてある。タクマはこの街に不案内だろうから、そちらの地図もつけておいた」
テルマさんから巻物状の紙束を渡される。
「ありがとうございます」
僕はそれを両手で受け取って頭を下げた。
「ミッションの受諾等、諸々の手続きは私が済ませておく。今日は初日だから、肩慣らしのつもりで早めに切り上げて。ダンジョンの中では時間の進みが分かりにくくなるから、自分では物足りないと思うくらいの探索時間でちょうどいい」
「了解です」
「じゃあ、出発前に、一応、ギルドカードのステータスを更新しておく?」
「あ、はい。お願いします」
前と同じような鑑定があって、ギルドカードが更新される。
「はい。完了」
レベルは上がっていなかった。
まあ前に見てもらってから一日も経ってないんだから当然か。
敢えて違いを上げるとすれば、スキルの欄が新たに加わり、『突』と『ギャザーウォーター』、『メイクファイア』が追加されたことくらいだろうか。
「ありがとうございました。行ってきます」
「頑張って」
僕は地図を片手にテルマさんと別れて街を歩き始める。
ダンジョンの入り口は街の中心部にあるので、まだここにきて日の浅い僕でも迷うことはなさそうだ。
僕は一枚めくって、ダンジョンの方の地図を取り出した。
最初のページには、テルマさんの綺麗な字で、解説が書かれている。
『
・ダンジョンとは
創造神の祝福の範囲外にある構造物の総称。地下型、塔型など様々な形状があり、その大きさも様々。ダンジョンは一般に、魔族の地上侵略の
ダンジョン内にはモンスターや財宝、トラップ等が自然発生するが、最下層にあるダンジョンマスターを倒せば、ダンジョンは消滅する。しかし、マニスを始めとする大都市圏に存在するダンジョンは、その歴史を創世の時代にまで遡り、限りある生命しかもたない我々にとっては実質完全攻略するのは不可能な規模をもっているとされる。
また現実問題として、ダンジョンがもたらす財宝やモンスターの死骸から得るドロップアイテムは、都市や国の経済に多大な恩恵をもたらしているため、仮にこれらのダンジョンを踏破できる実力を持つ冒険者がいても、政治的事情に鑑みるにダンジョンの破壊は望まれないだろう。
故に多くの国々は『ダンジョンは増やさず、減らさず』の方針を堅持している。今現在も常に新しいダンジョンは発生し続けているが、これらを発見した場合、すみやかに通報するのはあらゆる国、都市において、身分の貴賤を問わず共通の義務とされている。
また、ダンジョンは創造神の祝福の範囲外にあるために、そこに出現するモンスターは弱体化されておらず、地上で戦う時のそれに比べて、格段に強い(代わりにモンスターの素材としての価値は高くなるが)。地上での戦闘経験を過信して、同じような感覚でダンジョンのモンスターに臨み死亡するのは、駆け出し冒険者の死因の中でも主要なものの一つである。
・マニスのダンジョンの特徴
商都マニスのダンジョンは俗に『始めるに易く、極めるに難しい』と言われている。マニスのダンジョンは、他の大都市圏のそれに比べれば、階層レベルに比してモンスターのレベルが低く、トラップも少ないため、駆け出しの冒険者が臨むには最適である。
しかし、侮ってはならない。
なぜならば、マニスのダンジョンは一階層あたりの広さが他の平均的な大都市圏のダンジョンの3倍以上であり、一つの階層を攻略するのにかかる時間が他のダンジョンの段違いだからである。また、階層のレベルに比して、得られる財宝やドロップアイテムのレベルは低いため、潜って利益を出そうと思えば、大規模な旅団を組んで、効率的に大量の収穫を得る必要がある。
だが、そもそもダンジョンというものは、攻略する速さを考えれば、その狭さや形状故に、大規模な戦力を展開するのは不向きである。人が多ければ多いほど、厄介なモンスターに見つかるリスクは高まり、行軍は遅れ、トラップに引っかかる可能性は劇的に上がるからだ。
こういった事情もあり、マニスの深部への攻略は滞っているのである。
しかし、マニスはそのデメリットを逆手に取り、このダンジョンに『市井に流通させやすい手ごろな品』を安定的に大量供給する拠点としての価値を見出した。世界各国で恒常普遍的に必要とされるアイテムを生産し、海路、陸路を通じてどこにでも運べる地理的な好条件。マニスが商都として繁栄したのは必然だったのだ。
1階層~3階層に出現するモンスター
ビッグマッシュルーム――戦闘関連は昨日説明した通り。強いて付記するならば、口の奥が弱点なので、そこを狙うと良い。ビッグマッシュルームは全身何らかの用途があるが、買取価格の高い部位は限られているので、余裕があれば左記の図のように解体して荷物を圧縮すること。
おばけねずみ――人間種族の5歳児くらいの大きさのねずみ。こちらから襲わなければ襲ってこない。攻撃方法は噛みつくのみ。ビッグマッシュルームが主食。素材としての価値もないので無視するが吉。おばけねずみが向こうから襲ってくるような状況になったとすれば、それは冒険者がもう助かりようもないほど弱っている場合に限る。
どでかこうもり――通常の三倍程度大きいこうもり。熱と光に弱く、基本的にこちらが松明を絶やさない限り襲われない。万が一火を絶やしてしまった場合、採取しておいたビッグマッシュルームを適度な大きさに切って遠くに放り投げると良い。ビッグマッシュルームは傷つけると独特の臭いを発するため、よほど体臭のきつい冒険者でもない限り、どでかこうもりはビッグマッシュルームに食らいつき、逃げるための時間を稼ぐことができる。
どでかこうもりの攻撃手段は噛みつくのみで、吸血もしない。しかし、たまに腐ったおばけねずみを大量に摂取し、毒を持つようになった個体もいる。しかし、その場合も即死するような猛毒ではないので、何となく風邪っぽいような感覚に陥ったら、毒消しポーションを一瓶の半分ほど摂取すれば十分回復することができる。
1~3階層で想定されるトラップ
自然発生するトラップはほとんどない。しかし、たまに冒険者がビッグマッシュルーム採取用の落とし穴を設置していることがあるので一応注意。
』
ダンジョンの説明を読み終わった僕は、テルマさんの丁寧さに感心した。
僕はテルマさんと同時に起き出したと思っていたが、実際はテルマさんは僕よりずっと早く起床して、これを仕上げてくれたのだろう。僕の知識レベルに合わせてよくあの短時間でまとめてくれたものだ。
ここまでサポートしてもらえれば、初心者の僕でも安心してダンジョンに臨むことができる。
(おっ。ここか)
そんなこんなで、さらに地図を読み込んだりしていると、やがて僕は街の中心部に辿り着いた。
ドーム状の囲いがあり、中は見られない。広さは東京ドームくらいはあるだろうか。
かなり大きい。
四方に入り口の扉があり、武装した警備員らしき男たちが周囲に目を光らせている。
「すみません。ダンジョンに入りたいんですけど」
「見ない顔だな。なにか身分証明のできるものは?」
「これで」
僕は服の内側に隠していたギルドカードを提示する。
「問題ないようだな。入れ」
男がピューイと口笛を吹くと、扉が開く。
僕は中に一歩踏み出した。
扉が閉ざされる。
「安いよ! 安いよ! 今ならどんな傷でもたちまちに治る上級ポーションが都市同盟銀貨たったの100枚だ! 金惜しみの命失いとは音に聞こえた大賢者様のありがたいお言葉! ここで買わなきゃ冒険者の名が廃る!」
「てめえ! それは俺のに決まってるだろうが!」
「うるせえ! 厄介な敵は全部俺におしつけやがって! これは正当な報酬だ!」
「あー。タルい。このデカブツをはやく依頼主に届けてさっさとエールを一杯やりたいです」
「ははは! お前がやりたいのは酒じゃないだろうが!」
瞬間、押し寄せてくる『生』のエネルギーに、僕は圧倒された。
ここぞばかりに売り込みをかける行商人たちの啖呵。
戦果の分配で口論する冒険者たちの怒声。
筋骨隆々とした男に引きずられていく、絶命した四足獣のモンスターの虚ろな瞳が、僕を見つめている。
誰のものだかも分からない血の臭い。
恐ろしさとそれに勝る興奮。
今の感情を、僕は上手く表現できない。
だけど。
だけどなにかすごく――
(生きているって感じがする!)
人が生きるために殺す場所に僕もいる。
そのリアルな実感が、素直に嬉しい。
確かに僕は今、新しい人生の一歩を踏み出した!
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