第8話 信仰(2) 叡智神ソフォス

 次に向かった叡智神ソフォスの方の神殿は図書館みたいな所だった。


 儀式も穏やかなもので、


『汝は知識を愛するか?』


『常に向学心を忘れないことを誓うか?』


 とか、石板に浮かび上がってくるいくつかの簡単な質問に『はい』と答えを書き入れていくだけだ。


 そんなことを繰り返すと、最後に『汝が知識を捧げよ』、と出てきた。


「えっと、これは?」


「そんなに難しくお考えにならなくても大丈夫ですよ。ことわざでも、あなたの人生のモットーでも、なんでも構いません。もちろん、まだ人々が到達していない新しい知識の方がソフォス神はお喜びになりますが、既知の知識でも入信するのに支障はないですから」


 儀式を見守っていた細面で穏やかな感じの男性の神官さんが、そうアドバイスしてくれる。


「なるほど……」


 ぱっと思いついたのは『生きているだけで丸儲け』だが、これを知識と言うのはなんか引け目があるし、転移する前に神様にうっかり漏らしたみたいな感じになっても困る。


(とりあえず、適当に数学の公式でも書いておこうかな)


 死ぬ前に先取りして勉強していた微分と積分の公式を思い出す。


 微分と積分が逆の関係にあるということを、証明問題の感覚で記していく。


 そんなこんなでQED。


『ひょひょひょ! 数学は、魔法の友である!』


 好々爺っぽい、しわがれた声が脳内に響く。


「おめでとうございます! あなたが捧げた知識は、ソフォス様に祝福されました! めったにないことですよ!」


「すごい。やっぱり私の見立ては間違っていなかった!」


 神官さんとテルマさんから拍手を送られる。


「えっと、祝福されると何か良いことが?」


「もちろん、信仰の経験として認められます。前途有望な入信者よ! 早速魔法のスキルを学ばれていきますか?」


「そうですか……。なら、とりあえずは、火と水を出せるようになりたいです」


 ダンジョンでまず必要なものと言えば、明かり用の火と、生命維持に不可欠な水だろう。


「私も賛成」


 テルマさんが頷いて賛同の意を表す。


「ギャザーウォ―ターとメイクファイアですね。どちらも初級魔法ですから、今のあなたの信仰でも十分に習得できますよ」


「えっと、それで具体的にはどうすれば?」


「ご自分の言葉で望みを口にし、祈りを捧げてください。それも修行の一つです」


「そうですか。じゃあ、えっと……英邁なる神ソフォスよ。水は万物の源なり。我も生ある者ならば、等しく水を求める。されど、水は獣とて欲するもの。獣と人を隔てる壁こそは、火を用い得るか否かにあれば、我は我を人たらしめんため、火を求む」


 厨二っぽくてちょっと恥ずかしくはあったけど、僕は真面目にそう呟いた。


 言葉を捧げた瞬間、脳内に情報が流れ込んでくる。


 魔法と、それを使う感覚のイメージ。


 ギャザーウォーターは周囲にある水分を集めて綺麗な水を作り出す魔法。


 メイクファイアも同じような感じで周囲にある熱を集めて火を作り出す魔法。


 まあ、名前から抱く印象まんまだ。


「素晴らしい祝詞でした。これで概ね儀式は終わりましたが、何か質問などありますか?」


 神官さんが満足そうな声で呟く。


「あの魔法は使えば使うほどレベルアップしたりすることはあるんですか?」


「魔法の威力は個々人の魔力に依存します。一般に、魔力は魔法を使えば使うほど上昇するので、関係ないとは申しませんが、レベルアップするとすれば、魔法そのものではなく、それを使う術者の経験でしょうね。威力の調整や、どんな場面で用いるかなどは実地で覚えていくしかないものですから」


 つまり、メイクファイアレベル1→レベル2に上がったりはしないということか。


「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」


「では、これにて儀式を終了します。あなたは素晴らしい魔法の才能をお持ちですが、慢心なされませぬよう。今、あなたに与えられたのは知識の種。水をやらねば育ちませんから」


 神官さんは穏やかな声でそう釘を刺すと僕たちを神殿の外まで見送ってくれた。


「上出来だった。後はポーションと松明たいまつを買ったら今日の活動は終わり」


「そうですか。……あの、それはいいんですけど、一つ問題が」


「なに? 担当官と冒険者は情報の共有が大事。何でも相談して」


「ありがとうございます。あの、えっと……僕、今晩、泊まるところがなくて。無一文だから宿とかも借りられないだろうし、もしツケ払いが可能な所とかがあれば教えて欲しいんですけど」


「駆け出しの冒険者がツケ払いを要求するのは厳しい」


「ですよね。じゃあやっぱりどこかで野宿するしかないんですかね。こういう場合」


 僕は困ったように頭を掻いた。


 病室暮らしで、おじいさんのいびきくらいの環境なら寝られる自信はあるのだけれど、野宿となるとどうなるか分からない。シャーレとここまでくる時の旅では、なんだかんだ言って周りに人がいなかったし、交替で周囲を見張ってたから、それなりに安心して仮眠をとることができたのだけれど。


「……タクマさえよければ、家にくる?」


 しばらく考えてから、テルマさんはそう呟いた。


「いいんですか?」


「いい。大したもてなしはできないけれど」


「いえ。雨風がしのげるだけで十分です! ――でも、その、逆にいいんですか?」


 僕は上目遣いで尋ねる。


「なにが?」


 テルマさんは不思議そうに首を傾げた。


「一応、僕、男ですし。その変な噂を立てられてもご迷惑かなと思いまして」


「問題ない。これ以上、私の評判は落ちようがないから」


 テルマさんは、冗談なのか本気なのか分からない真顔でそう呟いた。


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