第7話 信仰(1) 闘神オルデン
テルマさんと一緒に倉庫を退出した僕は、早速街にやってきた。
「えっと――あの、まずはどこに行くんですか? 僕、こういうの初めてだからわくわくします!」
僕は重苦しい空気を変えるように、努めて明るく尋ねた。
「まずは信仰する神を定め、冒険に役立つスキルを得るべき。タクマがどうしても無信仰にこだわりがあるなら仕方ないけど」
「いや、こだわりはないですよ。信仰に節操のない場所で暮らしてきたんで。あ、逆に一度に二つの神様を拝むとかありですかね?」
「場合によっては可能。神様同士にも相性がある。とりあえず、これを読んで。私が作ったマニュアル」
テルマさんは肩掛けの革カバンから、紙束を取り出す。
僕はそれを受け取り、ざっと黙読を始めた。
『
・冒険者と信仰
全ての信仰は生きとし生ける者に何らかの利益を与えるが、冒険者にとって有益な特殊技能――いわゆる、『スキル』を与える神は限られている。
中でも初心者にとって扱いやすいスキルを与える神は、以下の四柱。
・
信仰の評価基準
是とされる行動:戦闘行為全般(行為の善悪を問わないが、物理攻撃以外での戦闘行為は含まない 例:魔法やマジックアイテムによる攻撃)
否とされる行動:敵に情けをかける。自分以外を回復する(敵味方を問わず)。
・
是とされる行動:『遊び』全般。自らの好奇心に従った行動。財物の発見。
否とされる行動:自らの心に従わない。
・叡智神ソフォス――知識を司る神。信仰を捧げることで、薬学や魔術全般に関する基礎的な知識を得ることができる。冒険者ギルドの役職においては『魔術師』、『薬師』などの知力を要する広範な役職に信仰されている。叡智神ソフォスは創造神の加護を受けた生物に好意的な神で、邪悪なる者たちに力を貸すことはない。故に庶民の間でも最もポピュラーな神である。
是とされる行動:知識の文化的利用。もしくは普及。破壊行為については、自衛とモンスター討伐時のみ祝福される。
否とされる行動:知識の悪用(文化的発展の阻害・破壊・罪のない者を傷つける、等)。
※叡智神ソフォスは善神のため、創造神の祝福された生きとし生ける者の発展にとって有害になりうる危険な知識の開示を拒否する。いわゆる上級魔法と呼ばれる、リスクや破壊性の高い魔法の詠唱や、毒性の高いポーションの調合をするためのスキルを得るには別の神を信仰する必要がある。しかし、往々にしてそれらの神は癖が強く、時に邪神と呼ばれることもある存在である。故に、未熟な者が信仰すると取り込まれ危険なので、まずはソフォスに信仰を捧げ、魔術や薬学に関する広範な技能と力を用いるための心得を習得するのが望ましい。(詳しくは後述、魔神エグジル、厄神ジブリール等を参照)
・癒しの神マーレ――現世における生命を司る神。信仰を捧げることで、癒しの奇跡を起こすスキルを得る。冒険者ギルドの役職においては、『ヒーラー《癒し手》』の役職に信仰されている。マーレは完全中立の神であり、必ずしも創造神の加護を受けた生物だけを祝福するとは限らない(モンスターであろうと信仰者にはスキルを与える)
是とされる行動:傷や健康不良を治す。(敵・味方・モンスターを問わない)
否とされる行動:生命を傷つける。(たとえ攻撃対象がモンスターや敵であっても信仰が下がる)
』
「なるほど。例えば、闘神オルデンと癒しの神マーレを同時に信仰するのは難しそうですね」
必要と思われる箇所を読み終えた僕は、そう感想を漏らす。
殺すことでレベルアップするオルデンと、治すことでレベルアップするマーレは水と油だ。
回復する戦士というのは無理らしい。
「そう。矛盾する信仰を得るのは難しい。矛盾しない信仰も、基本的に二神に仕えることを善しとする神は少ないから、複数神を信仰するのは効率が下がる。故に、大抵の冒険者は、多くても三柱までにとどめている」
「了解です」
テルマさんの言葉に頷きながらも、僕は一つの可能性を考えていた。
神様からもらって『生きているだけで丸儲け』のチートが、信仰にも適用されるかもしれないと。
もしそうだとすれば、矛盾するような信仰でも片っ端から神に信仰を捧げた方がいいに決まっている。
もちろん、僕自身としては、自分の実力に見合うようにじっくりと能力を蓄える方が好みだ。
しかし、先ほど聞いたテルマさんの境遇を考えるとそうも言ってられなさそうだ。
チートだろうとなんだろうと、使えるものは全て使って最速で強くなり、金を稼ぐことが、僕を拾ってくれた彼女への恩返しになるだろう。
「タクマに特にこだわりがないのなら、私としては
テルマさんは考えるように人差し指を顎に当てながら呟く。
「……わかりました。参考までに伺いますが、一度信仰した神を捨てることはできるんですか?」
「
「なるほど。なら闇雲に信仰する神様を増やさない方がいいですね。ひとまず、テルマさんの言う通り、
僕の考えはあくまでも仮説だ。間違っていた時のリスクを考えれば、とりあえずはテルマさんの言うことに従っておいた方がいいだろう。
もし、チートが信仰にも適用されるという確信がもてたら、その時は一気に信仰する神を増やせばいい。
「わかった。ならまずは、儀式に必要な道具を揃えてから、それぞれの教会に行って、入信の手続きをする」
儀式に必要とされる道具とは何か――と思っていたら、それは生きた鶏だった(こちらの世界ではキチンと言うらしい)。
闘神オルデンを祭る神殿はローマのコロシアムのようなすり鉢状の建物で、そこで僕は鶏と戦わされた。
なんでも、どんな生き物でもいいので、戦って殺し、その血をオルデンに捧げることで入信が成立するという。
地球では蚊くらいしか殺したことのなかった僕にとっては、いささか面食らうものがあったが、言われた通りにした。
なるべく苦しめないように、素早く首を絞めて鶏を絶命させる。
後は、神官らしきマッチョな男性から、儀式用の紋章が入ったナイフを受け取り、鶏の首を掻っ切って、地面にその血を垂らした。
『闘え! 闘え! 闘え!』
瞬間、脳内に低く大きな声が木霊する。
「何か神様の声っぽいものが聞こえました。闘えって連呼しているだけですけど」
「初めはそういうもの。信仰を深めると、もう少しまともな神託が下ることもあるはず」
「へえーそういうものですか」
僕は相槌を打ちながら、犠牲者となった鶏に手を合わせる。
「血道に身を捧げる新たなる戦士よぉ! 始まりの技を選べぇ! 鶏殺しの貴様の信仰で今習得できるのは、『突』か、『斬』だけだぁ!」
僕が入信したのを確認した神官の人が、そう語りかけてきた。
「では、『突』で」
僕は二つの内、より扱いやすそうな方を選択した。
「よしィ! 『突』だなぁ! 歯食いしばれぇ!」
「うおっ」
直後、胸に衝撃。
神官の人が、手にした棒で『突』を放ったのだ。
あまりの速さに視認できなかったはずなのだが、そのモーションが不思議と脳裏に焼き付いている。
「よぉし! これで、貴様の身体に『突』が刻みこまれたぁ!」
神官の人は満足げに声を張り上げた。
確かに、理屈じゃなく、感覚で『突』という技を体得した感じがする。
だけど、僕にはわからないことが一つあった。
「あの、根本的な質問なんですけど」
「なんだぁ!」
「普通の『突』と、スキルの『突』は何が違うんですか?」
何のスキルがなくても、健康な肉体を持つ普通の人なら『突』くことはできるだろう。
わざわざスキルにする意味があるのだろうか。
「馬鹿がぁ! 速さだぁ! 速さが違ぅ!」
神官の人は僕に何かを伝えようと、目の前でシャドーで『突き』を繰り返してくれるのだが、よくわからない。
「つまり、普通の突きは、必ず腕を一回引いて、勢い良く出すという動作が必要。だけど、スキルの『突き』はたとえ腕を伸ばした状態からでも、その人が出せる最高威力の『突き』をノータイムで繰り出すことができる。例えばレベル99の冒険者が普通の『突き』を、レベル1の冒険者がスキルの『突』を同時に放ったとすれば、威力はともかく、レベル1のスキルの『突』の方が速い。基礎ステータスをあげて、身体能力を高めていけば、その差は限りなくゼロに近くなるかもしれないけど、それでも、スキルと普通の攻撃の差がゼロになることはない。必ずスキルのスピードが勝る」
「なるほど。そうなると、単純な肉体技というより、肉体を触媒にした魔法といった感覚なんですかね」
そんな感じで軽くスキルに関するレクチャーを受けると、後は鶏の死骸を神殿に寄付して、儀式は終了だ。
寄付した鶏は神官さんたちがおいしく頂いたり、肉を売って神殿の維持費用に充てられるという。
ちなみに、ネズミとかでも血が出る生き物を殺せば儀式は成立するらしいが、神官さんに嫌な顔をされると言う。
「じゃあ、次は叡智神ソフォスの神殿に行く」
「わかりました」
テルマさんに導かれ、僕は次なる神殿に足を向けた。
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