第6話 死神テルマ
「おっ! なんだテルマ! そいつが次の犠牲者か!?」
「『死神テルマ』の最短記録更新に期待だな!」
僕たちがギルドの受付まで戻ってくると、談笑していた冒険者たちから冷やかしの声がかかる。
受付の人たちの内の何人かも、嫌な薄笑いを浮かべている。
「……」
テルマさんは完全無視だ。
「おい新入り。知ってるか? こいつの担当した新入りの冒険者は、一人残らずみんな死んでるんだぜ!」
冒険者の中から進み出た戦士風の男が、馴れ馴れしく僕に肩を組み、耳元で囁いてくる。
「――私に関しては何を言ってもいい。だけど、何の罪もない彼に絡むのはやめて」
「おいおい。そんなこと言うなよ。このひよっ子くんに教えてやらなきゃかわいそうじゃないか! いまや、子飼いの熟練冒険者にも逃げられて、借金で首が回らなくなってるお前が担当なんかになっても、先がねえってな!」
男がわざと店内に響くような声で叫ぶ。
「それはあなたとは関係ない」
テルマさんは抑揚のないトーンでそう答えたが、肩が僅かに震えているのを僕は見逃さなかった。
「つれないねえ――どうだ。新入り。どうせその内、金が払えずに奴隷墜ちする女だ。今からでも鞍替えした方がいいぜ」
「お言葉ですが――」
僕は力強く男の手を払う。
「誰を信頼するかしないかは自分で決めます。ご忠告ありがとうございます。『先輩』」
それから、慇懃に一礼した。
「……けっ。いけすかねえ奴だぜ」
これ以上僕に何を言っても無駄だと思ったのか、男が舌打ち一つ去っていく。
「まずは保管庫に行く。そこに私が所有している装備があるから、試着をする。その後、街に出て冒険に必要な準備を整える」
テルマさんは何事もなかったかのように僕にそう告げる。
「はい。分かりました」
二人連れ立ってギルドを出た。
受付があった建物の裏手にある無機質な倉庫に向かう。
テルマさんはぼそぼそと呪文を呟くと、扉が重々しい音を立てて開いた。
テルマさんの後に続いて中に入る。
中はギルド職員のネームプレートごとに区画が分かれており、整然と武器や防具が陳列されている。
そのレベルで、何となく冒険者ギルドでの職員の立場が察せられた。
テルマさんに割り当てられた区画は倉庫の端も端で、入り口から一番遠い場所にあった。
保管されている武器も、テルマさんには悪いが、みすぼらしいショートソードと黒い染みのついた革鎧などがほとんどだ。
他の職員の保管している装備と比べれば、お世辞にも潤沢とはいえない。
もちろん、タダで貸してもらえるんだから、僕にとってはありがたいことには変わりないのだが。
テルマさんが無言で装備を点検する。
僕は後ろでただその様子を見守った。
しばらく、気まずい沈黙が続く。
「……大丈夫ですか?」
たまらず僕はそう切り出した。
「大丈夫。仮に私の資産が差し押さえられても、一度発行された冒険者カードの効力は切れない。あなたに累は及ばないから安心して」
「いや、そうじゃなくて。テルマさんのことです。あの人の言うことを鵜呑みにする訳ではないですけど、奴隷とか穏やかじゃない話があったんで」
「――問題ない。奴隷といっても、一生じゃない。借金を返すまでの期限つきの奴隷。ハーフエルフの私は人間よりずっと寿命が長いから、大したことじゃない――さあ、これを装備してみて」
無表情に、僕に装備を差し出してくるテルマさん。
だけど、僕には彼女がどこか強がっているように思えた。
でも、たとえテルマさんが苦しんでいるとしても、今の僕には何もできない。
今日彼女に会ったばかりの僕に、これ以上立ち入ったことを聞く権利はないだろう。
だから、僕はただ黙って、テルマさんが用意してくれた装備を身に着ける。
革鎧を着て、銅製の兜を被る。左腕にはバックラーを装着。腰には専用のベルトを巻いた。
ベルトには、いくつかのホルダーが付属しており、その内の一つに解体用のナイフを挿した。残りの穴にはポーションでもセットするのだろう。
最後に持ち手の黒ずんだショートソードを鞘に収める。
明らかに中古で、ちょっとサイズが大きい気もするが、無理があるというほどではない。
「これでいいですか?」
「問題ない。この後街に出るけど、身体に馴染ませるために今日一日そのままでいて」
「わかりました」
「……」
用件は終わったはずだが、テルマさんは僕の革鎧の染みの辺りをじっと見つめたまま動かない。
「えっと、何か?」
「――いや。なんでもない」
テルマさんが視線をそらして、口をつぐむ。
「気になるじゃないですか。言ってくださいよ!」
「それの持ち主は――」
そう言って視線を伏せ、続きを語るのを躊躇するように口ごもる。
「はい」
僕は先を促すように相槌を打つ。
「……その革鎧の元の持ち主は、親の形見のマジックアイテムの指輪を売って費用を工面した。――だから、大切にしてあげて欲しい」
テルマさんは噛みしめるように呟く。
「……分かりました」
僕は彼女の言葉にできない悔しさを受け止めるように、心臓の辺りに握りこぶしを当てた。
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