第5話 面接

 何度か角を曲がり、八畳ほどの個室に通された。


 テーブルを挟んで対面する形で、簡素な木の椅子が置かれている。


「座って」


「失礼します」


 僕は言われた通りに椅子に座る。


 それを確認してから、テルマさんも椅子に腰かけた。


「じゃあ、早速質問する」


「はい」


「タクマ、冒険者をなめてる?」


「え? いや、なめてないです」


 予想外の方向からの問いに、僕は激しく首を横に振った。


「じゃあこの履歴書はなに?」


 テルマさんは僕の書いた履歴書を指でビシっと示して詰問する。


「何かおかしかったですか? 正直に答えたつもりですが」


「……嘘はついていないみたい」


「事実なので……。何らかの神様を信仰すればメリットがあるということは知ってたんですが、僕が暮らしていた所には、信仰を始める教会? のようなものは存在しなかったので。世情にも疎く、どんな神様を信仰すれば冒険に有利か分からなかったので、それも含めて相談させて頂きたいと思っていたんですが」


「じゃあこの略歴は? 八歳~十五歳まで闘病中と書いてある。これを信じれば、タクマは実質物心ついた頃からほとんど病床に伏せっていたことになる。しかもその間、いかなる戦闘訓練も、魔法の修練も積んでいない」


「それも事実なので……」


「これも本当。タクマが嘘をついていないことはスキルで分かった。――でも、これだと、ひやかしか、何か重大な瑕疵や厄介な事情を隠しているようにしか思われない。どれだけ好意的に解釈しても、冒険者になるには不適格な身体と環境で育ってきた人間。だから、他の担当官が面接を拒否したのも当然」


 テルマさんが少し呆れたように言う。


「要するに門前払い?」


「そう」


 テルマさんが頷く。


「せめて、能力の鑑定をしてから判断してもらうとかはできないんですか?」


「単純な発言の真偽を確かめるような『鑑定』はともかく、ギルドカードに記載できるような能力の鑑定には骨が折れる。瞬間ではなく、その人の身体が人生で経験してきた全てをスキルで鑑定するのは真偽の判定の何十倍もの労力がいるから」


「つまり、僕は面接する価値もない人間だと……」


 僕は頭を抱えた。


「そこまでは言わないけど、平均的なギルド職員が能力を鑑定できるのは、一日に二~三人が限度。あなたを鑑定したせいで他の有能な冒険者候補を逃す可能性を考えると、鑑定しないというのが妥当な結論になる。ここには一日に何十人もの冒険者志望がくるから」


「えっと、つまり、お断りということですか? テルマさんはそのことを伝えるために?」


「違う。私はタクマをちゃんと鑑定するつもり」


 テルマさんははっきりと僕の推測を否定した。


「本当ですか!? でも、そんな明らかに見込みのない僕をどうして?」


「……契約を交わしていないタクマに事情は話せない。私の鑑定を受けたくないのならば、タクマにはもちろんそれを拒否する権利がある」


「いやいやそんな勿体ないことはしませんよ。是非僕を鑑定してください。って言っても、どうせ一般人未満だと思いますけど。レベル1、みたいな。あ、ここにレベルはあります?」


「ある。冒険者ギルドのレベルは、ヒーラーなどの例外を除けば、基本的に独力で倒すことが可能なモンスターを基準に設定されている。ちなみに、レベル1は最弱の魔物と言われているビッグマッシュルームを倒せるくらいの実力。標準的な人間なら、十歳児でも負けないはずだけど……」


「へえー。それで、テルマさんが僕の能力を測るのに何か協力できることはありますか?」


「ただじっとしていてくれればいい」


 テルマさんはそう言って椅子から立ち上がり、僕に近寄ってくる。


 そして、瞳を閉じて、僕の頭に手をかざした。


「――!」


 瞬間、テルマさんは肩をビクっとさせた。


(そんな引くほど弱かったのだろうか……)


 僕は不安になりながらも、じっと鑑定が終わるのを待つ。


 それからテルマさんは、頭から足の先まで手をいったりきたりさせてから、ゆっくり目を開けた。


 そんな彼女の第一声は――


「……どうして?」


 だった。


「はい?」


「どうしてレベル1かもしれないなんて謙遜をしたの? 自分を大きくみせようとするならまだしも、過少申告する人なんて初めて」


 テルマさんは僕から距離をとって、目を丸くする。


「えっ、ちょっと待ってください。訳がわからないんですけど!」


「タクマのレベルは20。つまり、すでにタクマは基礎能力だけなら中級冒険者相当の能力を持っていることになる。信仰する神も専門職(ジョブ)もなしに、一体どんな生活をしていたら、こうなるの?」


「そんなこと言われても、僕にもわかりません。もう少し詳しく説明してください」


「待って。今、タクマの基礎能力を書き出す」


 テルマさんは椅子に座り直すと、懐から紙を取り出して、そこに次々数字を記入していく。


 ・タクマ=サトウ


 力:20 器用さ:20 丈夫さ:20 素早さ:20  精神力:20 魔力:20


「なるほど。これが僕の基礎能力という訳ですね。能力を鑑定するとこの数字が浮かび上がってくるんですか?」


「数字は見えない。オーラというか漠然とした相手の強さが感覚として分かるだけ。数字は冒険者ギルドの基準に従って、私が主観でをつけた。この数字の算定の正確さも、冒険者ギルド職員の能力を測る査定対象の一つ。ちなみに、私の場合は誤差プラスマイナス0.5の評価を受けている」


「なるほど。それで、普通、この基礎能力というのは、どうやったら向上するんですか?」


「もちろん、それに該当する能力を使った時。過去このギルドにやってきた冒険者志望をいくつか例に出すとすれば、例えば、元木こりの人間は、力の能力が一番高く、次いで精神力が高かった。肉体労働だから力が強化されるのは当然として、精神力が高いのは森の中の孤独な作業で心が鍛えられたから。

 他には馬車の当たり屋をしていた盗賊とかだと、丈夫さと器用さだけが異常に高くなったりしたのもいた。なお、最初ほど能力が上昇しやすく、上に行けば行くほどあがりにくくなるのはどの項目も同じ」


 なるほど。


 文字通りの意味での人生の『経験値』が基礎能力に反映されるという訳だ。


「えっと、モンスターを倒してレベルアップみたいなことは……」


「もちろん上がる。モンスターは創造神と敵対する混沌神の眷属と言われているから、モンスターを倒すためにした経験は創造神から祝福を受けている。戦うモンスターにもよるけど、その時に得られる経験は、日常生活から得られる経験の1・5倍~2倍と言われている。だから、将来的には正業につこうとしている人間でも、基礎能力を上げる目的で、自己研鑽のために冒険者を目指す者も多い」


 なるほど。


 例えば同じ斧を一回振るうのでも、木こりとして斧を振るうのと、戦士としてモンスターに斧を振るうのでは、倍の差がつくという訳だ。


「でも、能力上昇の基本原理は変わらない。モンスターに物理攻撃をかけて、攻撃を受ける時にも矢面に立つ機会の多い戦士は力と丈夫さが上がりやすいし、危険な環境で緊張をコントロールしながら詠唱する魔法使いは精神力と魔力が上がりやすい。いずれにしろ、個々の適性に合わせて基礎能力にはばらつきがあるのが普通で、タクマのように全部のステータスがまんべんなく同じ数値というのは異常」


 テルマさんはそう言って、僕という人間を見極めるようにじっと見つめてくる。


「……もしかしたら、天分が関係しているのかもしれません。その、詳しくは話せないんですけど」


 僕は重たい口を開く。


 ここまで説明されたら、嫌でも気がつく。


 あの神様が僕に特殊な力を与えたのだ。


 僕は回想する。


(あの時僕は言ってしまった。『生きているだけで丸儲け』、と)


 どんな力を与えられたのか、詳しくは分からない。


 でも推測することはできる。


 まず、ステータスが平均的に上昇しているという事実。


 これは、おそらく、一つの能力を上昇させるだけで、他の項目全ても上昇していることを示している。


 例えば僕が筋トレをしたとして、普通なら筋力を使ったら『力』しか入らないはずの経験値が、他の能力(器用さ、丈夫さ、素早さ、精神力、魔力)にも反映されているのだ。


 つまり、『丸儲け』だ。


 でもそれだけじゃ、この急激な能力上昇の理由には説明がつかない。


 そこで注目すべきは、『丸儲け』にかかっている『生きているだけで』だ。


 ひょっとしたら、僕は普通ならほとんど経験値にならないようなささいな行動――歩くとか食べるとか眠るとか――そういった些細な行動すら能力アップの評価対象になっているのではないか?


 だとすれば、まさに『生きているだけで丸儲け』。


 『ただ生存しているだけで爆速で強くなる』というとんでもないチート能力を得てしまったのではないか。


「そう天分……なら仕方がない」


 僕の曖昧な説明に、テルマさんはあっさりと納得したように頷いた。


「えっとあの、自分で言っておいてなんですが、あんな説明で大丈夫ですか?」


 まさか『自分は転移者です』と公言する訳にもいかないのでしょうがないのだが、僕がテルマさんの立場なら納得できないと思う。


天分ユニークスキルはその人の存在の核心に関わる重要な能力。みだりに明かさないのは当然のこと。タクマの生い立ちについては色々と疑問に思う部分もあるけれど、そもそも冒険者には訳ありな人間も多いから、これ以上は立ち入らない」


「じゃあ?」


「面接した結果、総合的に私はタクマを冒険者になるに足る人材だと判断した。タクマさえよければ私と契約して欲しい」


 テルマさんが立ち上がって、片手を差し出してくる。


「よろしくお願いします!」


 僕は両手でその手を握り返した。


「……痛い」


「あっ、ごめんなさい」


 僕は慌てて手離した。


 強化された『力』の感覚にまだ馴染めてないのかもしれない。


「では、早速詳細な契約の条件を詰めたい」


「分かりました。具体的に何を決めるんですか?」


「報酬の分配の割合とか」


「ああ、そういえば受付の人が言ってましたね。僕としては、普通に暮らしていけるだけの収入が確保できれば十分なんですけど……。他の人はどんな感じなんですか?」


「初登録の冒険者の場合、一般的には定期更新ありの契約を結ぶことが多い。初めはギルド職員側が登録料や装備品を、持ち合わせのない冒険者に供与するので持ち出しが多い。その代金を回収するために、ギルド職員の方が7:3とか多めに報酬を受け取るのが普通。その後、冒険者の活躍具合に合わせて順次冒険者側の取り分を増やしていく」


「わかりました。じゃあそれで」


 テルマさんのもっともな説明に、僕は頷いた。


「……いいの?」


「え? だめなんですか?」


「普通、冒険者は少しでも自分の取り分が多くなるように交渉するもの。あっさり職員の言い分をうのみにする者はいない」


 テルマさんが、呆れたような口調で呟く。


「そうなんですか。でも、僕、世間知らずなので色々ご迷惑かけると思いますし、やっぱりそのままでいいです」


 僕は再度頷いた。


 テルマさんがぽかんと口を開けて固まる。


「……やっぱり、五割でいい」


 しばらくの沈黙のあと、テルマさんがぽつりと呟く。


「え? 逆にいいんですか?」


「すでにタクマは中級冒険者級の基礎能力を有しているから、特別」


 テルマさんは早口でそう言うと、照れたようにふいっと顔を背けた。


「ありがとうございます。では、五割でお願いします!」


 僕は今度は力加減に注意しながら、テルマさんの手を握る。


 黙っておけばもっとふっかけられただろうに。


 テルマさん。いい人だ。


「わかった。じゃあ今から契約内容とタクマのステータスをギルドカードに登録するから、これに触れて」


 そう言って、テルマさんは懐から、銀色で長方形のカードを取り出した。


 カードは、小型のスマホくらいの大きさで、上の方に小さな丸い穴が空けられている。


「こうですか?」


 僕は言われた通りにカードを握る。


「それでいい。そのまま、契約内容を思い浮かべながら目を瞑っていて」


「わかりました」


 目を瞑る。


「――盟約の神ガルナタスよ。今、私テルマは、汝の名の下に、彼の者タクマ=サトウと契約を交わさん。公正と真実と自由意志を尊ぶ御心に従って、この契約は一切の強制のない双方の同意の下に完全に履行される。御心に適うならば、汝、この契約を祝福し、永久の証とせんことをお認めください」


 朗々とした声が響く。


 これが呪文詠唱というやつだろうか?


 手にしたカードがにわかに熱を帯びる。


「もう目を開けていい。これで、カードに情報が刻み込まれた」


「はい――おお。本当に文字が入ってる」


 僕はカードをためつすがめつ見た。


 片面には、僕の名前や、所属(商都マニス冒険者ギルド)、冒険者としてのランク(今はおそらく最下層と思われるEランク)、そして、担当者であるテルマさんの名前が、もう片面には、先ほどテルマさんが教えてくれた僕の基礎ステータスが刻まれている。


「なお、表面のタクマの名前が書いてある方は誰でも閲覧可能になっている。これはあなたの身分証明証として使用するため。裏面のステータスは私とあなた以外には見えないように魔術的秘匿がなされてる。当然、更新も私以外はできない。だから、更新したい時は私に言って欲しい」


「わかりました」


 何か免許をもらったみたいで嬉しい。


 地球では、原付の免許すら取れずに死んでしまったので、保険証以外の身分証明証はもってなかったから。


「改竄できないようにギルドカードは貴重なミスリル銀でできているから、再発行にはかなりの料金がかかる。だから、なくさないようにいつも肌身離さずもっていて」


 そう言ってテルマさんはギルドカードに革の紐を通し、僕の首にかけてくれた。


「気をつけます。それでは、テルマさん。改めてよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いする」


 頭を下げる僕に、テルマさんが頷く。


 こうして僕は、異世界で初めての契約を交わした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る