第4話 商都マニス
荷馬車が跳ね橋を渡っていく。
目下の大河は悠然と海に注ぎ込み、この場所でも、すでに水には潮の香りが混じっている。
マニスは、都市の三方をぐるりと河と海に囲まれた都市だった。
特に検閲されることもなく都市の入り口に辿り着く。
川と海が天然の要害となっているからか、城壁は見当たらず、『商都』にふさわしい開放的な雰囲気を醸し出していた。
二週間に渡る旅が終わろうとしている。
荷馬車のきつい揺れも、水にふやかさないと中々呑み込めない硬いパンも、この世界の人たちにとっては当たり前なのかもしれないけど、異世界人の僕にとっては全てが新鮮だった。
病み上がりの貧弱な僕の身体が旅に耐えられるか心配だったが、特に疲労は感じない。
まだ異世界にきた興奮に疲労が追い付いていないだけかもしれないけど。
「ほらついたぞ。降りろ」
「うん。ありがとう」
「やめろよ気持ち悪いな。商売だよ」
荷車から降りた僕はお礼を言って握手を求めたが、シャーレはそれを拒否して顔を歪めた。
「でも、途中、パンも分けてくれたから」
「ちゃんと金を取っただろうが」
「うん。この地方では使えない金だけどね」
さすがに飴だけで二週間は持つはずもなく、あまりにも頻繁にお腹を鳴らす僕を心配してか、シャーレは日本円を代償に糧食を分けてくれた。
「けっ。お人好しだな。こういう異国の通貨は好事家のコインマニアの貴族に高く売れるんだぜ。普通に売ってりゃ儲けが出たものをタクマは二束三文で売り払ったって訳さ」
シャーレはそう
彼女の言うことが本当かは分からない。
だけど、仮に本当だとしても僕はそれでよかった。
「もしそうだとしても、どちらにしろ僕には売る伝手がないからありがたいことにはかわりないよ」
「ったく調子狂うな――まあ、頑張れよ」
シャーレはばつが悪そうに頭を掻いて、バッロの腹に軽く蹴りを入れる。
前進の合図に、バッロがゆっくりと歩き出す。
「あっ。そうだ! 最後に冒険者ギルドの場所を教えて欲しいんだけど――!」
「……」
シャーレはこちらを振り返りもせず、指で方向を示した。
「このまままっすぐだね!」
去り行くシャーレの背中に手を振って、僕は教えてもらった方角に歩き出した。
(おっ。ここだな)
十分そこら歩くと、やがてそれは見つかった。
目立ちやすい赤黒い文字で『冒険者ギルド』と堂々と看板が出ている。
三階建てで、小学校の教室三クラス分くらいの広さがある立派な建物だ。
大通りにこれだけの店を構えられるのだから、この都市においては冒険者ギルドはそれなりに力がある存在なのだろう。
ウエスタン映画に出てきそうな両開きの扉を開き、中に入っていく。
しつらえたいくつかのテーブルでは冒険者らしき人たちが談笑している。
カウンターでは、受付らしき女性たちが対応に当たっていた。
「すみません。冒険者ギルドに登録したいんですけど」
「他所で発行したギルドカードはお持ちでしょうか?」
受付の女性の一人が、にこやかに尋ねてくる。
「いえ。ここが初めてです」
「そうですか。でしたら、まずは登録料をお支払いください。カード自体の発行料金に加え、技能鑑定料、ギルド保険のプールなど込みで、都市同盟発行の金貨10枚が必要になります。王国発行の通貨も使用可能ですが、その場合両替マージンを頂きます」
通貨制度についてはシャーレに教えてもらっていた。
発行主体によって貨幣価値には違いはあるが、
金貨1枚=銀貨10枚。
銀貨1枚=銅貨100枚。
という換算は大体一緒。
都市同盟の金貨1枚は日本円でいうところのおよそ十万円で、金貨10枚はつまり100万円くらいとなる。
食い詰め者の冒険者に要求する金額としては高すぎると思うが、それも当然なのかもしれない。
ギルドカードは一種の身分保証にもなるというから、自らで自らの身分を保証するにはそれだけの金銭が必要になるのだろう。
なにせ、依頼を受けた冒険者がトラブルを起こした場合、最終的に責任を負うのはギルドなのだから。
「えっと……すみません。持ち合わせがないんですけど」
「かしこまりました。その場合は、『担当制』を採用する形になります」
受付の女性は慣れた調子で続けた。
「担当制?」
「はい。当ギルドの職員がその責任でもって、特定の冒険者のマネジメントをさせて頂く制度です。メリットとしては、冒険者にとって適性があり、信頼できる依頼が回ってくる確率がずっと上がります。事実、当ギルドでは九割近い冒険者の方々が担当制の下、活動しております。デメリットとしては、依頼達成報酬の一部がギルド職員の方に渡ります。具体的な報酬の配分は個々で交渉して頂きますが」
「えっと、つまり、僕に担当の職員さんがついてくだされば、登録料がなくても大丈夫ということですか?」
「はい。現金をお持ちでない方の場合は、冒険者の方と相談の上、職員が登録料を全額肩代わりさせて頂くこともございます」
「なら、是非、お願いします」
「かしこまりました。ですが、あくまで担当がつくかどうかは、ギルド職員個々の裁量に委ねられております。場合によっては、ご期待に沿えない結果になる可能性があることもご承知おきください」
「わかりました」
「では、こちらの履歴書にご記入ください。――失礼ですが、お客様、文字は……」
「大丈夫です」
僕は頷いて、受付の女性から紙とペンを受け取った。
シャーレとの道中色々試したが、口に出す言葉も書く言葉も、僕は普通に日本語を使ってるつもりなのに、不思議と異世界語に翻訳されていた。
なので今回も大丈夫だろう。
スラスラと正直に記入していく。
「できました」
「ありがとうございます。では、少々お待ちください」
受付の女性がカウンターの奥に引っ込んでいく。
しばらく経って、奥から受付とは別の女性が出てきた。
どことなくクールな雰囲気を纏っている美女だ。
髪は銀髪のボブカット。背はすらりと高く、170cmは確実にある。
服はブラウスにタイトスカート。
モデル体型というのか、手脚がすらりと長く、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
僕には十代後半か、二十代前半くらいの年齢に見えるが、耳が尖っているから、いわゆるエルフというやつなのかもしれない。どのみち、僕より年上なことは間違いないだろう。
「――あなたがタクマ?」
「はい」
誰何する女性に頷く。
「私が面接を担当するテルマ。よろしく」
「テルマさん。よろしくお願いします」
「じゃあ、奥で面接するから私についてきて」
「はい!」
ちょっと緊張しながら、僕はテルマさんの後についていった。
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