第3話 初めての異世界

 僕は再び目を開く。


 まずは所持品の確認。


 服は、僕が地球で事故に遭う直前のまま。


 つまり、服はジーンズに半そでのポロシャツにスニーカーといった格好。


 その他の持ち物は、左右のポケットにスマホと財布。背中にはナップサック。


 ナップサックの中には、水500ミリリットルと、熱中症予防用の飴が一袋、それとスマホの充電器。


 異世界なので季節は分からないが、少なくともこの格好でも寒くないほどの気温はあるようだ。


 湿度は若干日本よりも低い気がする。


 次に状況を確認するために、僕は周囲を見回した。


 僕が立っているのは整備された街道。


 道以外の所はなだらかな草原だ。


 前方の道は、三又状に分かれており、ご丁寧に標識まで立っている。



        ←エルダ地方へ   ↑王都カリギュラへ   →商都マニスへ



 異世界の文字とその読み方が自然と頭に入ってきた。


 しかし、具体的にそれ以上の都市の情報が自動的に思い浮かんでくるということはないらしい。


 よくある『説明』のようなスキルは備わっていないようだ。


 異世界転移のお約束として、次に試すべきは――。


 僕は慎重に左見右見して、人がいないのを確かめてから口を開く。


「す、ステータスオープン」


 恥ずかしげに呟いてみる。


 何も起こらない。


 何回か言い方や声の音量を調節してみたが、やはり状況は変わらなかった。


(そりゃそうだよな。異世界転移とは言っても、ゲーム世界に転移した訳じゃないし)


 ネット小説ではなぜかゲーム世界に転移した訳でもないのにステータスオープンができたりすることもあるので、一応やってみたのだが、そう都合よくはできていないらしい。


(神様が僕にどういう特典を与えたのか知りたかったんだけど……)


 他にも色々疑問はある。


 魔法の有無。


 モンスターの有無。


 そもそもこの場所は安全なのか?


(まあ、神様も僕をわざわざ転移させてくれたからには、いきなりモンスターや盗賊に襲われてジ・エンド的な所に放置されている訳ではないはずかな)


 そう希望的観測を胸に抱いて、僕は次の行動を考える。


(まずは情報を手に入れないとどうしようもないな。あてずっぽうでどこかの都市に向けて歩き始めるか?)


 そう考える。


 しかし、心配はここから都市までの距離がどの程度のものか分からないことだ。


 一日くらいで辿りつけるならばいいが、一週間以上かかるとかなら水も食料ももたない。


(……とりあえず、しばらく人を待ってみようか)


 この先にあるのは都市。


 しかも、王都や商都という名を冠しているからにはそれなりの規模があるに違いない。当然人の往来もたくさんあるはずだ。


 やってきた人に色々尋ねてみよう。


 ――そう考える。


 予想通り、人はすぐにやってきた。


 外套を着た二人組だ。


「あのすみません」


「……」

「……」


 二人組は無言で足早に立ち去っていく。


「こんにちは。ちょっとお話を――」


「シッシ」


 剣を佩いた戦士然とした男が、邪険に手で追い払う仕草をした。


 その後も何人かに声をかけたが、基本は似たりよったりの反応だ。


 基本シカト。


 よくて野良犬に対するような反応をされる。


「あのすみません――うーん。困ったな」


 今日何度かのトライに失敗した僕は、往来で腕組みする。


 話くらいはすぐに聞いてもらえるだろうと甘く考えていたが、向こうの立場になって考えてみれば、岐路で待ち構えたように声をかけてくる僕は怪しく見えるのだろう。


 日本で言ったら、チラシ配りやキャッチの人を自動的に無視する感じの感覚に近いのだろうか。


「おい。邪魔だよ!」


「……えっ?」


 僕は後ろからの怒鳴り声に振り向く。


 そこには少女がいた。


 年齢は僕と同じか、ちょっと下と言った所。


 茶色の短髪で、意思の強そうな切れ長の瞳がりりしい。膝が隠れる程度の半ズボンに、タンクトップのような服を着ている。


 彼女の後ろには、ロバのような生き物が引く荷車があった。


「ったく。天下の往来でぼーっとしてんなよ。オレの車が通れないだろうが」


 少女はそう言って肩をすくめた。


 つっけんどんだが、嫌味なニュアンスは感じない。


 元々こういう言葉遣いなのだろう。


「ごめん。今どくよ」


 そう言って頭を下げ、僕は脇によける。


「おう――てか、遠くから見てたけど、さっきからお前、人に声をかけまくってるが、何か困ってんのか?」


 少女は、値踏みするように僕の頭からつま先までをじっと観察する。


「うん。困ってるといえば困ってると思う」


「なんだよ。煮え切らない奴だな。糧食が尽きたか? 場合によっちゃ力になってやってもいいぜ。なんせ、オレは商人だからな」


 少女はにやっと笑って荷車を指さす。


「そうじゃなくて。いや、場合によっては糧食も必要なんだけど、それよりも前に聞きたいことがあって」


「つまり情報が欲しいってことか?」


「そう。僕は遠くから来たから、この地方のことに疎くて」


「なんだ。おのぼりさんかよ。どうりで変な格好してやがると思ったぜ。いいぜ。客が欲しいものなら何でも売ってやる。たとえそれが情報でもな」


「それはありがたいんだけど、僕お金持ってないんだ」


 僕は困って頬を掻いた。一応、日本円はいくらかあるが、異世界では役に立たない。


「ああ? ここまで旅しといて路銀がゼロってことはないだろ」


 少女が疑わしげに眉をひそめる。


「そう言われても――あっ。でも、お金の代わりに、これは情報料にならないかな」


 僕はナップサックの中から飴を取り出した。


「なんだよそれ」


「飴。おいしいよ」


 毒ではないということを証明するために、小分けされた内の一袋を開けて口に放り込む。


 続けて別の一袋を少女に勧めた。


「金はもってないのに、高級品の砂糖菓子は持ってんのかよ。まあ、悪い奴じゃないみたいだしな――確かに中々美味いな。甘じょっぱくて柑橘系の香りがする」


 胡散臭そうにしながらも、少女は飴を受け取った。


 飴を口の中で転がして、顔をほころばせる。


「飴を食べてくれたということは、質問に答えてくれると思っていいのかな?」


「ま、知ってることなら答えてやるよ。バッロを休ませるくらいの間はな」


 そう言って、少女はバッロとかいうロバっぽい生き物を、荷車と一緒に道の端に誘導する。


 バッロは呑気に草を食み始めた。


「じゃあまずは――、ここからだと王都カリギュラや商都マニスという都市に行けるみたいだけどどっちの方が近いかな?」


「距離的に一番近いのはカリギュラだな。ここからオレの荷車で一週間くらいだ。マニスに行くには二週間くらいかかる」


「そうか……。なら、何のコネもない一般人が新たに職を求めるなら、王都に行った方がいいかな? 名前的に首都っぽい感じだし」


「確かにカリギュラの方が経済規模はデケーけど、オレだったらマニスの方に行くな」


「理由を聞いてもいい?」


「カリギュラはお前みたいな食い詰め者の流入をハジく意味もあって、都市の出入りに税金をかけてるからな。無一文のお前が行っても無駄で、城壁の外のスラム街に暮らすはめになる。仮に中に入ったとしても、王都は生きていくのに必要なカネが他の都市とは段違いだ。メシも家も高いし、貴族共の意向に従わなきゃいけなくてあれこれ窮屈なんだよ。その点、マニスは商人が仕切っている都市だけあって、税も法律的なシバりも少ないからな」


「なるほど。で、僕がそのマニスに行ったとして仕事はあるかな?」


「『あるかな?』って、まずお前は何ができるんだよ」


 少女が僕の口真似をして首を傾げる。


「……僕は何ができるんだろう?」


 そう言われると困ってしまう。


 生まれてこの方喧嘩したこともないし、読み書き計算ができるといっても、事務仕事をするとなればそれはまた別のスキルが必要になってくるだろうし。


「はあ……まあ、そういう奴のために冒険者ギルドがあるからな。まずはそこに登録して、ダンジョンに潜る冒険者の荷物持ちからでも始めればいいんじゃないか?」


 少女は呆れたように肩をすくめた。


「ダンジョン? やっぱりあるんだ」


「あるに決まってるだろ。むしろ、この世界のほとんどの大都市は、元を辿ればダンジョンの抑えのためにできてんだからよ」


「当然モンスターもいるんだよね?」


「そりゃダンジョンからモンスターが出てくるから抑えなきゃなんねえんだろうが。おいおい……お前マジでどこから来たんだ? どうやったらダンジョンもモンスターも知らないでこの世界で生きてこられるんだよ。まさか、貴族のご落胤でどこかに幽閉されて育ったとかじゃないよな。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだぞ」


 少女がドン引きしたように一歩引く。


「そんな訳ないじゃないか。一応確認だよ確認。もちろん、魔法とかスキル的なものも……」


 僕は誤魔化し笑いを浮かべながら先を促す。


「なきゃ俺はお前に話しかけてねえし、不用意に差し出された飴を食うかよ。『鑑定』したに決まってるだろうが。いくらお前でも、信仰してる主神の一柱くらいいるだろ?」


「ははは……」


「嘘だろ……神を信じていないとか、お前まさか魔族崇拝――」


「いや、信じているよ? ほらあの輪廻転生を司る神様的な……」


 僕は少女の反応を探るように言葉を繰る。


 生前は神様を信じていなかったけれど、さすがに実際に見て喋ったあの幼女は認めざるをえない。


「創造神のことだろ? それは信仰じゃねえよ。前提だ。エルフだろうが、獣人だろうが、人間だろうが、創造神の加護がなければ立つことも考えることもできないじゃねえか。もし、創造神の加護がなくて生きている奴がいれば、それはモンスターか魔族だろ。そうじゃなくてもっと身近な、それぞれが人生の中で成し遂げたことに合わせて現世利益を与えてくれる神様のことだよ」


 僕は少女の言葉を噛み砕く。


 いわゆるRPGでいうところの、力、防御力、器用さ、精神力など、基礎ステータスを上げるのが創造神。


 ヒールやら、ファイヤーやら、個別のスキルを得るにはまた別の神様を信仰する必要があるらしい。

 

「――ほ、ほら、当たり前のことに感謝するのが大切っていうか。『生きているだけで丸儲けだから』」


「ふーん。まあ、信仰は人それぞれだからなあ。創造神もオレたちに生まれつき何か一つ『天分ユニークスキル』という名の特殊な能力を与えてくれてるっていう噂だけど、他のスキルと違って『鑑定』を使っても確認できないからな。自分の人生経験から何となく察するしかない訳だけれど。創造神だけを信仰するなんて、よっぽどいい天分を貰ったんだな」


「ははは、そうなのかな」


 未だに神様が僕にくれた――というより押し付けた特典が何なのかは分からない。


 でも、多分悪いものではないだろう。


「……もういいか? 正直、お前に付き合ってたら、一生質問終わらなそうだし」


「あ、うん。最後に一つだけ、質問してもいいかな?」


「なんだよ」


「これから君はどこに行くの?」


「マニスだけど」


「! ならちょうど良かった! 僕も一緒に――!」


「嫌だね! 無一文の旅の道連れなんて」


 にじりよる僕に、逃げる少女。


「飴を払うよ! ほら、荷車にもちょうど人一人分が座れるくらいのスペースがあるし! このままだと空気を運んでるだけで損でしょ! 機会損失をするのは商売人としてどうなのかな?」


「ああもう! わかったよ――しゃーねえな。乗ってけ!」


 必死な僕に根負けしたように少女が叫ぶ。


「助かるよ! 僕は佐藤琢磨。君は?」


「シャーレだ」


 少女――シャーレは短くそう答えるとバッロに向かって歩きだす。


 こうして、僕はマニスまでの交通手段を何とか確保することができたのだった。


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