第2話 神様
「と、いう訳で
目を開けると、そこには幼女がいた。
赤い綺麗な花――ヒガンバナと言っただろうか――で編まれた椅子に、足を組んで腰かけている。
「……えっと、あの。ここはどこですか?」
僕は辺りを見回す。
靄のかかったような空間に、ヒガンバナの花畑が続いている。
事故に遭ったはずの僕の身体には、どこにも怪我は見当たらない。
「ふむ。色々な表現があるが、端的に言うならば、この世とあの世の狭間ってやつだね」
「そうですか。……では、あなたは閻魔様ですか?」
「当たらずも遠からずといったところかな。世界を管理し、魂のカルマを判定してふさわしい場所に送る存在さ。とりあえずは、神様と呼んでくれればいい」
「そうですか……。それで、神様、僕はどうなるんでしょう。天国行きですか? 地獄行きですか?」
地獄に行くほどの悪いことはしてないとは思うが、かといって天国に行くほどの良いことをしたかといえば自信はない。
人生の大半を病院で過ごしてきたから、善行も悪行も積む機会が少なかった。
「うーん。それなんだがね。君、随分、不幸な人生を送ってきたみたいだね。幼い頃から母子家庭で貧しい暮らしをしていた上に、幼くして難病にかかり、その上、唯一の肉親までなくしている。その上最後は、横断歩道に飛び出した少女を庇って死亡、なんて、中々お目にかかれない不幸具合だよ」
「そんなことはありませんよ。僕より厳しい環境で生きている人はたくさんいるでしょう。日本に生まれた時点で、世界基準でみれば恵まれてる方です」
僕はちょっとむっとなって、神様にそう言い返した。
他人からみたら不幸な人生かもしれないけど、僕は精いっぱい生きたし、不幸な人生だったとも思わない。
最後はさすがにちょっとあっけなかったけれど、もしあそこで少女を助けられるのに助けなかったら、絶対に後悔していたと思うし。
「それはそうなんだけどね。私のような者にとっては物質的な環境の豊かさはあまり考慮されないものだからね。魂にとって、物質的な環境の豊かさは副次的なものに過ぎないから」
「なるほど……」
神様の価値観を、僕のような人間のそれで計ろうとしたのが間違いだったらしい。
「うん。それで、まあ、君の場合は、基本的に善良な人間みたいだし、最後に大きな善行を果たして死んだ訳だから、天国行きでもいいんだけど……」
「けど?」
「私としては、君はあまりにも狭い世界で生きて死んでいったから、もう一度、私が関与している別の世界で『ちゃんと』生を全うしてから魂を判断してもいいのではないかと考えていてね。まあ、君たちのような年齢の者に親しみがある言葉でいえば、異世界転移という奴だね。わかるかい?」
「はい。分かります」
病院暮らしは暇なので、そういった類のネット小説を読む機会も多かった。
まさか自分が主人公の立場に置かれるなんて、夢にも考えたことはなかったけれど。
「ならば話は早い。その異世界転移をしてみないかというお誘いだよ。もちろん、君の自由意志に任せるから、今すぐ天国に行きたいというならばその意見を尊重するけど」
僕は握りこぶしを唇に当ててしばらく考え込んだ。
このまま天国に行けば楽して幸せになれるだろう。
でも、今の僕にとっては、楽になることよりも、もっと色々なことを経験したいという欲望の方が勝っていた。
そもそも、楽になりたいだけなら、あのつらい闘病生活であがく意味はなかったはずだ。
喜びも、悲しみも、苦しみも、楽しみもひっくるめて、僕はとにかく、生きたかったのだ。
「僕も『生きて』みたいです。異世界であれ、地球であれ。なので、転移をお願いします」
「それはよかった。なら、これもお決まりの異世界行きにあたっての特典付与の時間だ。言語関係はデフォルトで理解できるようになっているけど、他にはどんな能力が欲しい? コピー系に、時空転移に、無限資金に、アイテムボックスに、君の魂の貯金具合から言って、ほとんど望みの能力を与えてあげられると思うけど」
神様はうきうきした様子でそうまくしたてる。
「――特には何もいりません。僕は僕のままで十分です」
僕は本心からそう言った。
僕はネット小説も好きだったけれど、普通の古風なファンタジー小説とかもよく読んでいた。
ネット小説にお約束があるように、そういうファンタジー小説にもまた、お約束があることも知っている。
凡人が過ぎたる力を持つと、身を亡ぼす。
力には必ず代償が伴う。
だから、身の丈に合わない力は欲しくない。
「嘘は……ついてないか。困ったなあ。一応決まりだからね。何か言ってもらわないと話が先に進まないよ」
神様が眉を潜めて、脚を組み替える。
「そうおっしゃられても。『生きているだけで丸儲け』ですから」
僕はそう言って苦笑した。
「わかった。『生きているだけで丸儲け』だね! 君の願い、確かに聞き届けたよ!」
神様は、『話は終わり』とばかりに手を打つ。
「え? ちょっと――」
「残念だけれど、神の前で発した言葉は取り消せないんだ。――さあ、魂よ。運命と共に廻り、意思の必然に揺られ、汝の欲する所へと向かえ!」
真意を尋ねようとする僕を無視して、神様は椅子から立ち上がり、両手を広げる。
彼女の両手からほとばしる眩い光に包まれて、僕は再び意識を失った。
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