フィヨルドの少年

 フィヨルドの少年は羽虫をみたことがない

 氷漬けにされた記憶の中で生活をくりかえす

 白く塗り固められた日々はひたすらに命をくりかえす

 それで案外 幸せなのかもしれない

 

 フィヨルドの少年は太陽をみたことがない

 霧の日や 霞がかった朝 ゴーグルでなければ

 青くつきぬけた目の奥の老人でなければ

 それで案外 困らないかもしれない

 

 フィヨルドの少年は花束をみたことがない

 赤は海驢の肉の色

 黄色は時化なずむ 夕凪の色

 それで案外 満足かもしれない

 

 フィヨルドの少年は嫉妬をみたことがない

 霜焼けのような諦めをみたことがない

 果たされない願いの星々もみない

 

 遠くにシロクマがいる 小熊はどこにもいない

 今日は清らかな生殖の日 少年は寝床から起き 走った

 

 隣家へ

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