エシカル少女と傘

油にひたした傘を人間の声に見立てて歩く

人体の滑車を公園の周りにゆっくりと張りめぐらせて

忘れない昨日の喪失から離れることは練習になるだろう


侵された精神をもってデボン紀から飛び出した魚のような暗い目で硬く床を見つめることで得られるものは何もない

そうやっていつかの果物の匂いを確認して明後日の方向へ片付けていく記憶だった


眼球運動を真似しはじめるバニラアイスの丸い震えをどうにかしてほしい

真夜中の糖分は機械人間のジャズ的精神や無機物の映像作品のような矛盾した歓喜を孕んでいる


少年は明日を夢見て大量のデパスをお風呂の湯に溶かしこんだ

まるで別人のようになって逆さまになった公園へと駆け出してゆく

その輪郭に生えた植物と見つめあって最終的には同じになってしまう

枝分かれした神経はきっと基づいた場所へと還っていこうとする動きの中にあるのだから


関係ない場所から関係ない場所へ暗いデジタル光線はゆきかう

捨てられたはずのブラウン管は不親切な弧を描く表面でその様子を見せてくれる

頼んでもいないのにと三角座りは言う

空白を埋めるなら裏向きで選ぶトランプの数字で決めていいわけじゃないと窓辺で渇いた花瓶の黒い底のように言い放つ

だけども誰も見てはいない

ただふわりと煙のような粉になってまた底に沈んでゆく

全部が全然関係ない場所で浮かんだり沈んだりしている

雨音が窓の内側に満たされてゆく


味があるような気がする

唾液には味があるような気がする

だけども意味をなくしてしまう

外から取り入れたものでなければ意味がない

ゆっくりと噛みしだけるものにしか

あるいはたしかめあうそのなかにしか

ドアを開けるといつも唾液が油になってゆく


忘れない喪失を張り伸ばし

矛盾した人体の滑車を骨組みにした醜くて美しい傘ともし出逢えたら

そのとき溶けてしまった漫画の表紙のような喪失とともに歩けるだろう

雨音がかわく街の声をよめるだろう

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