フライング・ウィッチーズ6

事故だと思われたが、実態は殺人事件だった。この事実は当然ながら大ごとになり、今や南港署は上へ下への大騒ぎだった。

しかしながら、マリコを含んだ証拠あり、自供あり、供述調書あり、と警察側での作業は半ば現場検証のような証拠品の裏付けを残すのみとなっており、本部からは「特別捜査本部特捜の要無し。所轄対応とされたい」とだけ返ってきた。

路上で寝る酔っ払いの対応から殺人事件まで、事件に大小はないが、それでも府警本部からの扱いは小さいものだった。


南港署内では「男女間の問題ではあるものの、ストーカーやDVを含む事前の事件性無し。計画性の判断は難しいが、供述から類推するに、どちらかと言えば突発的犯罪ではなく計画的犯罪に近い事案」として処理する方針とされた。

計画犯の方がより悪質なのだが、そこの裁量は最早魔取係にはもう残されておらず、引き継いだ強行犯係に一任されるがままとなっていた。

井原の身柄自体は「魔法取締法違反による殺人犯」ではなく本質的な「殺人犯」として既に扱われている。大元となる魔法犯という扱いは二の次、余罪程度に強行犯係では考えられていた。要は軽んじられているのだ。

そして刑事課に身を置くはずの魔法取締係も、供述を引っ張ってくるなどの手柄を挙げながらどこか蚊帳の外の、いつも通りの扱いを受けていた。あと関与できるところは精々裏付けの段階での強行犯係への協力、機会があれば、殺人に付随した魔法取締法違反を再聴取するくらいで、この再聴取も既に供述を得ている以上、あまり本格的には為されないことが予想された。

それを知った上でも津久野係長は事務室での態度を普段と変えず係員に接していた。

「よお、あんなにあないにまで綺麗な供述引っ張ってきたな」

供述調書に目を通しながら津久野係長が感想を漏らす。

「ありえんくらい身勝手なやつらでしたわ」

井原と千船の取調べを終え、橋下と天満が疲れ切った表情で提出したそれぞれの供述調書は、井原の強い犯意と千船の身勝手さが強調された仕上がりだった。

「ホンマは反省してない感じがあったんですけど、後悔だけはしてたんで、そこだけは文面に盛り込んどきました」


現場の鑑識写真から、魔力の発生源が動画の撮影元であることが判明し、参考人の2人が突然被疑者となった。そして、事故ではなく事件であることにいち早く気付き、地道ながらもスピーディーな解決に至った、言わば白星のような事件なのだが、なんとも言えない後味の悪さだけが事務室に残っていた。

「逮捕状、もう終わってるんやんな?」

その白星を挙げたうちの1人、松屋はどこか興味なさげに天満に聞く。

「殺人と魔法取締法違反、両方とももう高砂部長が走ってます」

丁度言い終わったところで高砂が扉を開けて戻って来た。

「逮捕状、出ました。強行犯とこ渡して来ました」

「そうか、お疲れさん」

津久野が労いの言葉をかける。


机に戻った高砂を尻目に、はあ、と何度目になるか分からないため息とともに橋下は愚痴を再び吐き出す。

「あの井原とかいうフリーターは大変でしたわ。なんか「俺の方が魔力もあった!やのにアイツがリーダーを仕切りだしたしたんや」とか喚き出すし、腹立ってきたから途中どついたろか思いましたわ」

まだどこか橋下は怒りが収まっていない様子だった。

「まあ、殺しやから緊急逮捕緊逮出来るし、どうでもええか思いましたけどね」

一通り調書を読み終わった津久野が橋下と天満にそれぞれの調書を渡す。

「骨の折れる相手やったな。まあ、これも後で強行犯とこ出しに行き」

お疲れさん、という言葉とともに調書を受け取り、そうします、と言うと橋下が疲れた様子で机の椅子に腰掛ける。年季の入った椅子は橋下の体重を受け止めると、少しだけ軋んだ音を立てた。

「ほんで、「君に足りひんかったもんは、ようさんあるけどな、そんなんしてあの子喜ぶか?」とか言うて聞き出したのに、蓋開けたらなんやねんこれ」

はあ、と盛大なため息を吐いた橋下が天を仰ぐ。

「この事件、ハナから生安でよかったんちゃう?」

「そら結果論ちゃう?」

「まあ、つまり、なんや。2人の間を飛び交ってたんやな、あの女は」

「やっぱ3人やとギットギトになるんか」


感情は時に人を殺す。しかし、振り回される方はたまったもんじゃない。

「みんな死んだらええねん」

ぼそっと呟いた橋下の言葉を聞き、なんだかんだ橋下も松屋も根底の思考回路がどこか似てるんだよな、と天満は思う。

「それで死なれたら仕事増えるん僕らですよ」

ため息と舌打ちの混ざったようなものを吐き出すと、調書を挟んだバインダーを机の脇に置いた。

「YouTuberの何がオモロいねん」

あー、と天満が少し逡巡してから口を開く。

「このクソ忙しい中で言うか悩んだんすけど、まあ言うといた方がええかな、と思ったんで言います」

「なんやねん?」

また変な動画見してきたらしばくぞ、と机に突っ伏した橋下を特に気に留めるでもなく天満はスマホを取り出しながら話を続ける。

「橋下先輩が浜寺水路でグースになったときの動画、実はユーチューブに転がってるんですよ」

「は?」

がば、と身体を起こした橋下の前に差し出された天満のスマホの画面を橋下だけでなく、津久野も高砂も松屋も集まって覗き込む。


「同級生が墜落したwwww」というシンプルな題名と、一昔前の画質の荒い携帯で撮られたであろう動画を再生する。

どこか遠く、悪い音質のデンジャーゾーンが背景に流れる中、ママチャリの足元から湯気が立ち上る。

この蒸気の熱さを想定していなかったのか「熱い熱い」と足を軽く振りながら、しかしどこか楽しそうな、今より若い顔の橋下がそこにはいた。

そして、サムズアップし、ハンドルを握り直すと、足に力を込めたのが見て取れた。

直後、タイヤが破裂するのではないかと思うくらいの異音を放ちながら高速回転を始め、ママチャリが射出される。

「おお」という歓声が半分、「やばくね?」という不安感を込めた残り半分の音声が動画から届く。

そのまま制御を失ったママチャリは大きく針路を逸れ、浜寺水路の柵に激突し、ママチャリが大破する様子から、慣性力で水路に放り出された高校生の橋下が数メートル先に着水する様子までが不鮮明な画質ながら事態が全て飲み込めるように記録されていた。

カメラはそのまま周囲のギャラリーの同級生だろう数人とともに水路に向かって走っていく。そして撮影者たちは、背中から叩きつけられ呼吸困難に陥りながら溺れそうになっている橋下を、心配2割、笑い8割で見守り、最後に「アカン、死ぬ」という橋下の絞り出すような声を以て動画は終了した。


そこにはまさに、数日前に橋下が語った通りの一部始終がほんの数十秒で収められていたのだった。

「恭やん」

笑いを堪えながら、渋い顔をした橋下に高砂が話しかける。

「なんやアッキー」

疲労で笑いの沸点が低くなっている高砂がついに耐えきれず吹き出す。

「YouTuberデビュー、おめでとう」

橋下は表情を変えずにただ頭を抱える。

「・・・・・・YouTuberなんか大っ嫌いじゃ」

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