フライング・ウィッチーズ3

野球に多少の興味があれば、バットの当たった音と球の弾道を見て、ある程度の伸びと弾着点が予想できるように、魔力の痕跡を見れば、それがどの程度の力をかけられたかは何となく分かる。ことマリコに関しては、魔法取締係の刑事たちなら鑑識以上の能力を発揮することができる。

「これ、かなり近距離からのやつですね」

弾き出された計算式の解と現場で採取したマリコの写真、鑑識の記録を見た天満が呟く。

彼ら魔法使いにしてみれば、これだけ材料が揃っていればどの程度の力がかかったのかの算段は容易に立てられる。

「・・・・・・思うんやけどさ、なんでこの手のやつ毎回あたしがやってるん?」

そしてその計算を担っているのは南港署魔取係の紅一点、松屋薫その人である。

「そらまっつんが唯一の大卒やからや」

なあ、と橋下が天満に話を振る。

一方で、当の松屋は怪訝な顔をしている。

「言うてやあ、こんなん中学生でも出来るで?簡単なやり方、前に教養資料作って教育したやんか」

「けどやあ、結局まっつんが一番いっちゃん早いことコレ出来るやん?」

「はあ?死ねや」

やり用をいくら教えようが、本人たちにその気がなければ未来永劫業務の代行は期待できない。そんな訳で、今日も今日とて係唯一の大卒警察官という松屋の肩書きと学歴は、中学レベルの数学と物理に無為に消費されている。


「で、どないやねんな」

「何がや」

「結果」

「まだ概略だけ。詳細と位置局限はまだやったあるわ」

ふーん、と橋下が少しだけ考えているようなそぶりを見せる。

「まっつんの頭脳を以ってしてもこんだけ時間かかんねやな」

いくら単純化したとはいえ、計算式を、それも捜査に係るものを解いている最中に横から茶々を入れるのは勘弁して欲しいというのが松屋の本音である。

「何が言いたいねんな」

「いや、我々の手には余るなあ、と」

その意図するところに松屋は瞬時に気が付く。

「風邪ひいた気がするから今日もう帰るわ」

「待て待て待て待て悪かったって」

呆れたように立ち上がった松屋は、取ってつけたような橋下の宥めすかしに舌打ちしながら「嘘に決まったあるがな」と、どこまで本気か分からない調子で返す。

時計はまだ就業時間内であることを指している。


「かぁー、大卒は怖いのお」

「学歴関係なしに恭やんがアホなだけや」

見かねた高砂が横から援護射撃を挟む。

「ところでや、まだワシ今回の人物相関が分かれへんのやけど、ちょお教えてくれへん?」

併せて、松屋への横槍を外させようと、橋下へ事件概要の説明を要求した。新しい話題の種が見つかった橋下は、持ち前のよく回る口を向ける先を高砂に変える。

橋下と天満から津久野係長へ事象概要の説明はなされていたが、そのタイミングで経過観察のための受診で離席していた高砂だけがまだ置いてけぼりを食っていた。事件の可能性を孕んでいる事象は当の高砂からしても把握しておきたいという思いがある。


「えーと、な・・・・・・」

そうして口火を切った橋下から、一通りの経過概要と関係者3人の関係性の説明を受けた高砂は頭を掻く。

「つまり、その落っこった和田君が専門学校生、撮影しとった井原君と千船ちゃんがそれぞれフリーターと大学生かいな」

「撮れ高狙うて手の込んだ自殺されとったらかなんで。専門学校は何を教えたあるんやろな」

「でも言うて我々高卒組、既に学歴負けたありますけどね」

天満が口を挟む。

「なんやかっつん、自分学歴コンプでもあるんか?」

ないない、とどこか呆れたような顔を浮かべながら天満が手を振って答える。

いずれにせよ教育の敗北や、と高砂は続ける。


「でも、怨恨の線にしても一体・・・・・・」

「うん?」

各々の答えの分からない疑問が上がる一方で、計算を終えた松屋が疑問符をそっくりそのまま読み上げたかのような声を上げる。

「どないした?」

いや、と松屋が鉛筆で頭を掻く。

「計算間違うたかな」

えーと、この距離でこの相対関係やろ、と松屋が鉛筆片手に途中式を再度計算している。

「・・・・・・んー?」

そしてその結果がどうにも納得がいかなかったらしく、2度、3度と手ブレがどうとか、到達距離とエネルギーが、という呟きと共に再計算を重ねていく。


「アカン」

かれこれ5回目の再計算を終えると、それだけ呟いて松屋が不意に立ち上がった。

「なんや、さっきからどないしてんや」

挙動不審やな、という橋下の怪訝な顔と質問を無視して、血相を変えた松屋が質問を投げた。

「あの2人、今連絡つく?」

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