フライング・ウィッチーズ 2

魔法を人類が使えるようになった当初、当然のことながら空を飛ぶ人間が続発した。箒に跨ったり、はたまたウルトラマンやスーパーマンのようなスタイルだったり、と各人の思うように飛んでいた。

飛行自体は悪いことではなかったが、高高度を目指して飛行中の旅客機とニアミスしたり、市街地で飛んで配達ドローンと空中接触し、高額賠償を請求される、といった事例が多発した。

そして、突如魔力切れを起こして墜落する事例もごく稀にだが存在した。

そんな訳で、今では配達ドローンの飛行しないド田舎の、特に豪雪地帯に住む魔法使いしか飛ぶことを移動手段に含めようとはしていない。

飛行魔法自体は徒歩の延長線上にあるので、変に法律を改正するには至らなかったものの、そうした歴史を辿った今となっては、都市部で空を飛ぶ魔法使いはNOTAMをはじめとした航空情報類を積極的に確認してかつ、余程航空法規に熟知しているか、もしくは何も知らないお上りさんであるかのどっちかである。

一方の警察でも、大真面目に空飛ぶ捜査官なんてものを検討したが、警察ヘリの速度と機動性、積載可能装備品の観点を比較して、あまりのメリットのなさに見送られたという経緯がある。


しかし、そんな中で、時として魔法使いのユーチューバーがヘッドマウントカメラで撮影した高所からの転落を模擬した動画を撮影することがある。

労災関連の教育動画として撮影されることもあるが、基本的に高い建物から「落ちてみた」という趣旨の娯楽用の名を借りた、承認欲求を満たすがための動画が投稿されることの方が殆どである。

この手のシリーズの動画は、頭の痛いことに人気を呼んでいる。いびつに釣り合った需要供給に基づいているのである。


「魔法使い系ユーチューバーの転落死やって?」

余程高層の建物から転落しない限り、墜落遺体は意外と原型を留めているが、今回のパターンでは強烈に頭から落ちたのが見て取れた。

粉々になった撮影用のヘッドマウントカメラが点々と黒いプラスチック片となり、頭蓋の中にめり込んでいる。額から下の人相だけはなんとか判別できるのは幸いだが、エンバーミングが大変やなと橋下が呟いた。

「所謂「落ちてみた」動画の撮影中の事故やそうです」

「そらマリコが出て当たり前やろ」

橋下と天満が臨場した10階建マンション前の現場は、到着時点で既に「事故」として片付けられようとしていた。

撮影の協力者を自称するカメラを持った男女や、周辺の目撃者からの聞き取りを周りで実施しているが、飛び降り自殺未満の事故死であることの証拠固めのための証言集めをしているのと大差ない。


「迫力ある絵ぇ取ろうとして死んだんやろ?知るかいや、手え煩わすな忙しいねんぞこっちは」

実際、橋下の頭の中でも結論は既に出ていて、事故処理の行く末が分かっているだけに、無駄足を踏まされたことへの不満を隠そうとしていない悪態が出る。

「・・・・・・ん?」

一方で、天満はふとあることに気付く。

「なんや、どないかしたんか?」

んー、と数秒間。ひとしきり遺体と、協力者の男女との間に視線を走らせ、少し悩んでから天満が発言する。

「こいつの顔、多分なんですけど・・・・・・僕、知ってますわ」

その言葉に橋下は驚きを隠しきれない。

「なんや知り合いかいな!」

「いやいや、ちゃいますよ。駆け出しのユーチューバーで、魔法使いを全面に押し出してたんですコイツ」

あー、と橋下が納得する。

「そういや自分、ユーチューブ鑑賞が趣味とか言うとったっけ」

ええ、まあ、と天満。

「こいつ南港署の管内に住んどったんか。知らなんだわ」

まあ、なんでもええけど、と橋下。

「言うて事故やろ?」

「その公算が大ですけど、まずはあの協力者から話聞きましょか」

「そか」


2人は「協力者」の、制服警察官の証言聴取を受けているカメラを持ったままどこか呆然としている男女の元に歩く。

「こんにちは」

「あ、どうも・・・・・・」

その男女を聞き取り中の制服警察官から向けられた、面倒臭そうな顔を他所に、魔法取締係だと名乗ってから天満が口を開く。

「こんなことになってしまった後やけど、魔法が絡んだ以上は、君らからも話を聞かなあかんねやんか」

もうこの人らに聞かれた後やとは思うけど、と制服を指差しながら表情だけは申し訳なさそうなものを浮かべる。


「辛いことを思い出させるけど、ちょっと聞かせてね?」

「苦しなったら言うてや」

協力者とはいえ、知人に目の前で死なれた後だ。言葉選びは慎重に、メンタルケアを兼ねた聞き取りに留意なければならない。

「見るからに撮影の協力をしてたのは分かるけども、君らはまず、どういう間柄なんかな」

天満の質問に井原と名乗った、協力者の男が要所要所を掻い摘んで答える。

この3人の関係性は、高校からの知り合いで、転落死した男が和田と言う名前の専門学校生、女が千船と言う名前の大学生、そして井原がフリーター。それぞれ進路はバラバラながらも、大阪府外に出て行くことがなかったため付き合いが続いており、今に至っている、ということ。

ユーチューバーグループとしては数ヶ月前に和田が思い付きで結成したが、友達付き合いの方向性自体は高校時代から変わっていないこと。

ある日、「落ちてみた」動画の存在を知り、その企画を井原が持ち込んだこと。

そして、撮影中に事故が起こったこと。


「ここは、和田君の家なんかな?」

ええ、と千船が頷く。

「・・・・・・そうです。でも、いくら住人でも、施錠されてる屋上入るんはたぶん不法侵入なるから、あたしは止めようって言うたんです」

千船が悔やむ。

一方、話を聞いていた天満は、随分と建造物侵入について調べたんだろうな、という少しだけ本筋から外れた感想を持つ。

「あん時に止めてたら・・・・・・」

「いや、俺がやろうって続けたし、和田も乗り気になって止められへんかったやろ」

2人がなんとか現実を受け止めようとしているのを見て、もう少し踏み込めると判断した橋下がさらに遠回しに話を広げようと苦心する。

「けど、「落ちてみた」動画は撮影難しいもんと違うんか?そないにすんなり「よし、撮ろう」みたいに決めれるん?」

「その、撮影の段取り、なんですけども・・・・・・」

「まず、あたしは重力操作系はでけへんのです。でも・・・・・・魔力の誘導みたいなんやったら出来るんで、直前で止まれるように、魔力を集中させるための精密誘導をして欲しいと言われたんです」

「君は言うたら、アレやな。アシスト魔法系やね」

「・・・・・・まさしく、その通りの配置やったんです」

井原が語った撮影の段取り自体は、千船が魔力で導線をアシストして、そこを辿るように和田が重力操作魔法をかけ、井原はその様子を客観視点で、メイキングを含めた撮影役に徹する、というものだった。

「で、これがそのときの動画です」

井原が差し出したカメラに記録されていた動画を、橋下と天満は狭い画面を覗き込んで閲覧する。


重力魔法で、和田が最上階の通路から屋上に登ったところ。

千船が、魔法の誘導用アシストを足元から地面にかけたところ。

結構な時間、和田が躊躇する様子。

意を決した和田が飛び降り、そして数秒後に地面に叩きつけられるその瞬間。

その一部始終が、悲鳴と乱れたピントとともに記録されていた。

「その結果、あないなことになるやなんて・・・・・・」

思い出した千船が、わっと泣き崩れる。


「君は悪うないよ、君も、誰も」

当たり障りのない言葉で橋下が宥める。生安出身で、未成年者の取調べもしたことがある天満は、しかしまだこうした場面での適切な語彙力を持ち合わせられていない。こんなときばかりは、普段の不真面目さ加減が鳴りを潜めた橋下の姿が天満にとって、この上なく頼もしかった。

「なんにしても、事故死の証拠だけ抑えよか」

天満に向き直った橋下が指示を飛ばす。

「ひとまず・・・・・・映像のデータは証拠として貰うから、後であの辺の青い服の人に渡してあげてね」


橋下が鑑識の写真員を呼ぶと、天満が魔力検知器を片手に、転落した和田の倒れ込んだ付近に歩み寄る。

「ほな、辿ってや」

鑑識の助松がカメラを構える。事故死は事故死でその証拠を収めなければならない上に、魔法に由来する事故になると、マリコを追うことができる魔法使いの助力が必要になる。魔法使いが使えば、魔力検知器は魔法力ゼロの人間の目でも分かる程度にマリコを浮かび上がらせることができる。

マリコと遺体。魔法事故の現場ではお決まりの、必須の工程なのだが、この場に臨場している鑑識からは魔法使いの暇人どもに付き合うゆとりはない、という態度が若干滲み出ていた。

この助松もその例外ではなく、助松自身は気付かれていないと思っているのだろうが、そうした態度への対応には魔取刑事としては最早慣れたもので、無視して天満はマリコを浮かび上がらせる。

遺体から伸びるマリコは転落したマンションの屋上へと繋がっていた。


「んあ?」

しかし、そのマリコを見た天満が違和感を覚える。

「これ、下向きの弓矢ちゃいます?」

マリコは大きく「蜘蛛の巣型」と「弓矢型」の2つに分類される。

まんべんなく魔力がぶつかると、ちょうど水風船を乾いたコンクリートに投げつけた時のように、直撃した地点を中心に蜘蛛の巣状に魔力の痕跡が広がる。

一方で、一定の方向に力がかかると、弓矢状の大きな矢印のような形の痕跡が残る。


千船がアシストをかけた分は見て分かる。綺麗に一直線のマリコが残っている。しかし、もうひとつの、和田がかけ続けたと思われる重力魔法のマリコは、上向きにかかるはずの力が下向きにかかって、それが地面に近付くにつれて強くなっている。

「こんだけ力出てるからには、魔力切れで墜落した訳ちゃうやんな?」

きちんと一方向に魔力がかかり続けた痕跡であり、魔力が不安定で墜落したにしては妙だ。


「それも、千船あの子のアシストがあったんやろ?」

天満が少しその場から引いて、30メートル先の屋上を見上げる。

「いくら身体が逆さになったとしても、ハナから魔力をかける向きが分かってて、この高さを落ち切るまで上と下を間違え続ける、なんて有り得ます?」


空を飛ぶにあたり、竹ボウキのようなデバイスを使うパターンはメジャーだが、魔力で空を飛ぶためには別段そうしたものを用意する必要はない。

重力操作系と呼ばれるだけに、単に地面と逆方向の力を自分にかけ続けるだけでいいのである。

空間識失調バーディゴに入ったならまだしも、「頭から落ちる、足の方向に力をかける」という趣旨で撮ろうとしてたんなら、分かるはずや。これ、ホンマは事故やないんと違うか?」

「いやいや、こんだけ証言上がってて、そないなことあります?」

助松が、魔法犯による犯罪の可能性、という謎の新事実浮上の現場に居合わせて困惑する。

「いんや、コレ、もしかしたら事故やないかもしれんで」


「ちょっと、あいつらの証言の裏、調べなアカンかもな」

視界の端で2人は井原と千船を捉える。呆然とした千船と、その千船をどう慰めたものかと考えている井原が、まだどうしていいか分からずその場に留まっていた。

「調べてみっか?」

「やりますか」

やはり冷静に見ると異様な状態のマリコを、証拠能力が出る形で撮ろうとカメラを構えて四苦八苦する助松を尻目に天満は呟く。

「どうせ我々は暇人らしいっすから」

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