Case1 Drug and tattooing
Drug and tattooing 1
11月7日 19時45分 大阪メトロ コスモスクエア駅
<<改札前、引き続き配置よし>>
<<階段前、同じく>>
<<各員、引き続き配置よし>>
<<了解>>
耳に差したイヤホンから各配置の定時連絡の言葉が響く。
職務質問での薬物事犯検挙に端を発した、大規模な薬物取引が行われたという事件の端緒を南港署が掴んだのは1週間前。南港のコンテナターミナルで行われ、違法薬物が国内に流入したらしい、という情報が確かなものになったのはそれから僅か数日後。
その過程で、大きな代物は近畿圏内各地に分散し流通、組織的な経路をたどり、各地ローカルの信用のおける売人相手に売り付け、それを仕入れた売人が誰かしらに手段様々、何かしらで売りつけるという、現代産業の縮図の様な手続きを経て流通が進んでいるという、昨今の薬物事情に関しての取りたくもない再確認が取れたところで、今回の着手に至った。
どうやら信頼のおける売人の手足の内の1人を、それもかなり近いところの人間を偶然にも検挙し、その上離脱症状が出かかっていたため、必要以上の中継ぎの情報を入手することに成功した。
「概ね11月中に市内各地で主に駅コインロッカーを利用してブツの流通作業を行う」「1駅につき概ね1つだが、コスモスクエア駅だけは2つ用意があると聞いている」「コスモスクエア駅を選んだのは、監視カメラが壊れていて証拠が残らないためと、この南港エリア近辺で目に付きにくいという条件を簡単に満足できることと、取引場所をもう1つ用意する手間を惜しんだから」。
駅ロッカーをアングルに収める位置の監視カメラが故障している、という情報は防犯上の観点から非公開情報とされており、これが事実であることは大阪メトロ側からの聞き取りで裏付けが取れていた。
修理の予定があり、事実あと数日で交換修理が行われる予定だったのだが、その僅かな期間の存在を認知した何者かによって今回の取引が設定されたことは、また別の新たな手足の存在を濃厚に匂わせていた。大阪メトロ職員か、はたまた修理業者か。どちらかに繋がっている人間がいるという筋読みの下、同時進行で捜査中であるが、まずは確実に分かっている目の前の取引を挙げるべく組織犯罪対策本部は全力投入を開始、先の被疑者の供述を以て、大阪市内各所の取引場所を可能な限り張り込むこととした。末端を潰しても効果は薄いが、尻尾切りの前に何とか子分の親分、あわよくばその更に親玉に辿り着くためのスピード勝負の方針を切る決心をしたのだ。
その結果、南港署にも市内各地への応援捜査の要望が上がり、輪番で対応することとしたために、当日のコスモスクエア駅には南港署の生活安全課と魔法取締係のみで対処することとなった。
「小さいとこで右2、上3と左3、上3やんな」
「大穴やけど、明日は住之江やないで」
改札近くの、ロッカーがある通路が見える位置で魔法取締係の高砂巡査部長と橋下巡査長が、下手なボートレース予想のフリをしつつ、再確認を取る。
小型用のロッカーの右から2番目、上から3段目と、左から3番目、上から3段目。仕込む位置によってどこの組織からの流通品か分かるように変えてあるのだと言う。
午前中にその位置にブツを仕込んだ別の売人はまだ泳がせているが、故障していない改札付近のカメラには移動する姿が映り込んでいるし、そもそも午前中の張り込みで人相風体の把握と、捜査員によるカメラを使った採証活動も終了している。
今日仕込みがあったということは、今日の夜から明日中くらいには引き取り手が現れるはずだという半分確信、半分希望的観測の下、夜の部の張り込みが始まってまもなく2時間。
そのコインロッカーのある通路の反対側、つまり高砂たちのいる位置からコインロッカーを挟んだ奥側の階段を登った先で、コインロッカーをなんとか視認できる範囲の不自然にならない程度の位置で、生安の長居巡査長と魔取の天満巡査長が張り込む。
「長居、今更やけどここ見辛ない?」
「んー、やっぱ見辛いっすね」
「階段で座って、酒盛りしてる人のフリでもする?」
「目ぇ引くようなことしてどないしますねん」
元々天満は魔取に来る前は生安の人間だったので、長居とも面識がある。付き合いは短かったものの、歳の近い同士の気楽さからか、魔取係の刑事に対する微妙な距離感の類を長居との間には感じなかった。
「けど、やっぱ場取りが・・・・・・」
<<ロッカー、誰か行ったぞ>>
「んあ」
高砂からの連絡を受け、天満たちは階段を少し降りて覗き込む。コインロッカーのある通路に2人の男が近付いている。2人組に見えないような距離を空け、仲間でないような素振りを模しているが、「ブツが2つあるらしい」という供述は得ている上に、午前中に2つ仕込んだところまで既に上がっている。まさか時間も置かずに2人連れ立って来るとは予想していなかっただけに、手間が省けたことはありがたい、と長居は都合のいい時と9回裏で阪神が逆転勝利した時にしか信じない神に感謝を捧げる。
1人は短めの茶色い髪に、オリーブ色のジャケットに青いズボン、黒の靴に小さな鞄を持っている。
もう片方は、グレーのパーカー、浅い色をしたジーンズにグレーのスニーカー、そしてやはり小さな鞄。
<<ロッカー開けた>>
<<見えるか?>>
「手に取っ・・・・・・たな」
<<現認>>
<<着手>>
2人組は自然な様子を振る舞おうとしているのか、それともズブの素人なのか、周囲の確認をせずにロッカーの中を漁っている。またしても運が味方したかと長居は再びその場だけの敬虔な信徒となる。
ひっそりと早歩きで4人が通路から挟み撃ちにするように、長居と橋下がそれぞれ前衛に、後衛に天満と高砂が付くよう体勢を変えながらロッカー前の2人組に近付くと、長居が声をかけた。
「今晩は」
2人が驚いて振り返る。その時に見えたロッカーの中身は小さな鞄とその中にビニール袋。間違いないと見ていいだろう。
「警察や。大人しゅうせえ」
警察手帳を示しながら長居たち階段側チームが茶髪を、高砂たち改札チームがパーカー男を引き付ける。
「なにもこないな税関のお膝元でやらんでもええやろ」
茶髪とパーカー男は少しだけ顔を見合わせたが、すぐに茶髪が観念しロッカーの脇に移動する。
被疑者同士を別々にして供述を得る。口裏合わせの暇を与えない、職務質問や取り調べの大原則だが、被疑者側からこの提案が出るときはよほど職務質問慣れしているか、何かの意図があるか。
瞬間、パーカー男がロッカーを蹴り、天井から下がる案内板に手をかけると、橋下と高砂を足蹴にして飛び越えた。
「あっ?」
「待たんかい!」
待てと言われて素直に待つ人間の希少性は当然のことながら、反社会の住人であればあるほど低下する。
鞄から何かを取り出し、パーカー男が振り向きざまに何かを投げつける。
「オラァ!」
「うおっ!?」
橋下は間一髪、体を捻ってかわした。
「うべっ!」
そして真後ろにいた高砂の顔面にクリーンヒットし、その「何か」がビニール袋にパッケージングされた白い粉らしいことと、それが破れて散乱したのを現認した橋下は数秒だけ息を止めて更に追う。
遠い方のシーサイドコスモ側出口で張り込んでいた津久野係長が同じくパーカー男に走っていくのが見える。今年で42歳、そろそろ膝が辛いとボヤいているが、元は強行犯係の出身、被疑者を前にすると刑事特有のアドレナリンが出るのか、度々とてつもない身体能力を発揮する。
「待たんかいワリャ、あ?」
一方の、白い粉を顔中に浴びた高砂は急に視界が反転したのに気付く。身体が思うように動かない。
そのまま地面に倒れ込んだ高砂の様子に橋下は一瞬迷うが、追うことを選んだ。逃げていく先の、入管側出口と呼ばれる最寄りの出口には更に生安が2人組で張り込んでいる。駅出入口の天井は低い。飛び越えようがなければ抜ける空間は無くなる。そこが確保のチャンスだろう。
前門の生安、後門の魔法係。強面の生安コンビが待ち構えるが、気の焦りから生安の2人が近付きすぎ、自動ドアのセンサーが反応する。わざわざ門を開く形となり2人はミスを悟るが、膝を軽く曲げて構え直す。
逃げ場なし。飛び込んで来るのを待つばかりと思われた瞬間、パーカー男が生安2人の目の前から消える。
直後、パーカー男が生安2人の足元をスライディングで抜け、そのまま足を引っ掛ける。綺麗に前に転倒した生安の2人を尻目にパーカー男は体勢を立て直し、そのまま階段方向へ走り去る。
思わず橋下は、生安の2人にお前らはカカシかと叫びたい衝動に駆られたが、そんなことで貴重な酸素を消費する訳にはいかず、再びパーカー男を追う。
階段を駆け上がる坂道デッドヒート。後追いで階段を登っている以上、地上に出られると勝ち目はなくなる。
なんとか手の届くところまで追い付いた橋下がパーカー男の肩を勢いよく押した。前に向かって走る人間を止めるためには、後ろに引くべきではない。振り返りざまに殴り返される恐れがあり、更なる追跡の長期化、それどころか逃亡を許す可能性を孕んでいる。勢いよく更に前方向の意図しない力を加えてやると、バランスを崩して倒れ込むか、失速するかのどちらかとなる。
事実、パーカー男は階段の次のステップを踏み出せず、最後の一段に足を引っ掛けて倒れ込んだ。チャンスをなんとかモノに出来たが、まだ最後の大詰めが残っている。
「クソが!」
うつ伏せに地上に倒れ込んだパーカー男は俊敏な動きで仰向けに転がりジーンズのポケットに手を入れる。
橋下が身構えるが、パーカーの裾に隠れたジーンズのポケットから出てきたのはナイフ等ではなく、素手の右手。その人差し指の先から、火炎放射器のように炎が飛び出す。
橋下は何気ない動作で少し首を傾け、炎をかわす。
顔の横を掠めていく炎が駅出入り口階段の屋根を焦がすが、気にするそぶりもなく制圧にかかった。
「
橋下がパーカー男に飛びかかり、腹の上に乗ると右手を掴む。が、人より腕が長いのか、マウントポジションを取れた橋下が、左腕しか自由な腕が残ってないはずのパーカー男からの猛攻撃を受け、みるみるうちに顔面に傷を増やしていく。
「ちょ、待て、手お」
おそらくは「手遅れだからもう諦めろ」と続けたいのだろうが、殴られすぎて橋下の言葉が続かない。
ようやく橋下の近くまで生安の2人と津久野係長が息を切らせて追い付く。マウントポジションを取る橋下の様子に生安の2人は「確保したか」と胸を撫で下ろすが、津久野係長だけは血相を変えて更に走る。
「逆や!」
一瞬、何が逆なのかと呆気に取られた生安の2人は、よく見るとマウントポジションを取った側が一方的に殴られていることに気付く。
「つ、津久野さん?」
「なんや!」
「これどうやって確保するんですか?」
「ええから取り敢えず抑えろ!」
一方のすんなりと事が済んだのであろう長居と茶髪、目の焦点の合っていないよれよれになった高砂が天満に引かれながらてくてくと階段を登って合流する。
「えー、と?」
困惑する長居に気付いているのかいないのか、津久野係長が叫ぶ。
「まず公妨で取る!時間!」
「じ、19時54分!」
「おっしゃ現逮!」
一見して素人の喧嘩のような醜態を晒しながら、無駄に受傷した刑事1人を犠牲とし、やたらと大規模になった捕物は同じ被疑者のくせにどこか冷ややかな茶髪の視線を他所になんとか収束を見せた。
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