大阪府警察南港警察署刑事課魔法取締係

野方幸作

導入

地球という惑星に住む人類の世界において魔法使いという存在が世間に広く認知されるようになったのは、生活空間に魔法力という新領域が誕生したのと時を同じくして、今からほんの数年前でしかない。

人間誰しも魔法を使う能力自体は兼ね備えており、些細なことでその力を発揮することができる、という馬鹿げた理屈が実験の再現性という強力な証拠を以て正式な「法則」の仲間入りを果たし、人類はまた新たな可能性に足を踏み入れることとなった。


魔法能力の高低というものは、例えるなら酒を飲める体質か否か、筋肉量が人より多いか少ないか位の個人差によるもので、鍛錬によってある程度の増大は期待できるが、半ば個人の資質によるところが大きい。それこそアルコールパッチテストみたいなものなのだが、何はともあれ、それから人類はその「新領域」を本格的に開拓し始めた訳である。


しかしながら、古来から新領域の開拓史はまた新たな犯罪史としての側面を持ち合わせ続けてきた経緯がある。それこそ太古の昔にアダムとイヴがリンゴを齧った事に端を発するように、例えば漁船の造船・航海技術の発達に伴い、特に制限の無かった遠洋漁業により、遥か遠くからやって来たよく知りもしない国の漁船にその沿岸国の漁業権が脅かされるようになったり、インターネットが広く民間に普及し始めるとインターネットが新時代の犯罪の温床となり、またそのインターネットが発達すると新サービスの誕生ごとにまた新たな犯罪の温床となったりしたように。

つまるところ、新領域が誕生すれば、付随して新領域の犯罪が誕生する、というお決まりの法則がある訳である。そしてこの法則はやはり、この世のいついかなる場所においても物理法則が必ず働くという大原則が存在するのと同様、魔法の世界でも丁寧に守られることとなった。

つまり、魔力由来での犯罪というものが跳梁跋扈するようになったのだ。


犯罪が起これば、取り締まる組織が必要になる。

その取り締まりは、既存組織の所掌なのか、何かしらの組織を新編するべきなのか。

新たに縄張りの押し付け合いが始まった最中、白羽の矢が立ったのが、警察組織の刑事たちだったのである。

これ以上業務を抱えられるか、という刑事たちの反発と、犯罪現場クライム・シーンへの必要性から、魔法力検査で高い数値を出した警察官を寄せ集めて、各署で魔法取締係、所謂魔取係もしくは魔法犯係とも呼称される配置が強行犯、盗犯に並んで刑事課内に編成されることとなった。


魔法取締係を全国に設立した当初、時の長官は「魔法なんてふわふわした印象のものを担当する、警察側の組織名までふわふわしたやつだと嫌でしょ?だから固いお役所風味を足して引き締まった印象を出してるんだよ」とメディアに対して柔らかい物腰で発言したが、通達を出すにあたり「本来は規制されるべきものだ。徹底的にやれ」と内々に指示を出していた。


こうして警察庁肝入りで新編された「刑事課魔法取締係」は、全国的に魔法に由来するトラブルへの対処を行い、迅速な事件解決を企図していた。だが、実態としての魔法取締係の業務は、少しでも魔法が絡めば現場に呼び出され、事件の態様から本質がどこの課の所掌であるかを判断すれば「お疲れ様。帰っていいよ」と言われる、機動捜査隊と似て非なるよく分からないところに落ち着くこととなった。

刑事らしさの空気感が今一つない、何でも屋のような、どこか掴みどころのなさを感じる業務への取り組み様を見た周囲からの彼らへの偏見は強く、刑事課からは「あんなもんは刑事じゃねえよ」と刑事を名乗ることに対する強い抵抗感を以って受け入れられた。

一方で世間からは、編成が報道されるや「精鋭の魔法使い集団」という、ありがたくも重圧に似た期待とともに常に興味を引き続け、捜査活動に支障を来たす場面が度々見受けられた。

組織内部からの拒絶と外部からの好奇の板挟み。内外からの誤解とも言い切れない誤解が解消されるまでには編成時から計上して、多くの実績と時間を要することとなる。


これは、そんな未知の力の矢面に立った、ある刑事たちの物語である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る