家族のため、友のため、誇りのため
「あ~、いたいた。お前、さっきはよくもやってくれたな。斬られた腕、まだ痛むんだけど?」
「えっ!? ぼ、僕ぅ!?」
ゲラスの次なる標的、それは先ほどの乱闘の中で彼を斬り付けたトリンだった。
ズシン、ズシンと重量感のある巨体を揺らし、大きな足音を響かせながら近付いてくるゲラスの姿に、トリンは完全に気圧されている。
「ぜってー許さねえ。俺の角に貫かれて死になっ!!」
「わわっ! わ~っ!?」
「きゃあっ!?」
足踏みをした後、助走をつけて突っ込んでくるゲラスの突進をどうにか回避するトリン。
彼に巻き込まれ、一緒に地面へと倒れ込んだエレナの悲鳴が響く中、動きを止めたゲラスは忌々し気に舌打ちを鳴らすと再び二人の方へと振り向いた。
「ちっ……! 避けてんじゃねえよ。無駄な抵抗は止めて、とっとと死ねっ!!」
「わっ! わっ! わわ~っ!!」
「マズい……っ!!」
再び突進の構えを見せたゲラスを前に、トリンは完全にパニックに陥っていた。
あのままではトリンだけでなく、傍にいるエレナも危険だ。そう考えたマルコスは急いで二人の下に向かおうとしたのだが、大きく吹き飛ばされたこともあってか、次の攻撃を庇える距離ではなかった。
どうにか、あと一回だけでいいから攻撃を凌いでくれと……先ほどと同じようにエレナたちが突進を避けてくれることを期待するマルコスであったが、そんな彼の前でトリンが信じられない行動を見せる。
「た、た、た、助けてっ! 助けて~っ!!」
「きゃあっ!? えっ!? な、なにを……っ!?」
「あの馬鹿っ! なんてことをっ!?」
なんと、パニックに陥ったトリンは傍に居たエレナを盾にするように前に出し、彼女を押さえつけながらその背後に隠れてみせたのだ。
完全に彼女をゲラスの攻撃の威力を和らげるクッションとして扱おうとしているその暴挙に、マルコスが目を見開きながら驚愕と憤怒を覚える。
(間に合えっ! 間に合ってくれっ!!)
このままではエレナが突進をまともに食らってしまう。突撃の衝撃に加え、あの角で体を貫かれたら、間違いなく彼女はただでは済まない。
もはや、なりふり構っていられる状況ではなかった。脚に魔力を注ぎ、少しでも重量を軽くするためにギガシザースすら解除して、己の身を以て彼女を守る盾になろうとしたマルコスであったが……それでも、ゲラスの突進の方が圧倒的に早い。
「きゃああああああああっ!!」
「エレナーーッ!!」
自分に向って突撃する鈍色の鉄塊を目の当たりにしたエレナの悲鳴と、彼女の名前を呼ぶマルコスの叫びが響く。
直後、グシャッ! という嫌な音が一同の耳に響き……全てを見ていたマルコスは衝撃に息を飲んだ。
「そん、な……!?」
「あ、あ、あ……っ!?」
襲ってくるはずの衝撃がなかなかやってこないことを不審に思い、目を開けたエレナが……目の前に広がっていた光景を目の当たりにして、言葉を失う。
その前には、ゲラスの突撃から身を挺して彼女を守ったポルルが、背中を鋭い角で貫かれている姿があった。
「ガ、ニ……ッ」
「なんだ、こいつ? 邪魔だなぁ……!! 退けよ!!」
「ぽ、ポルル……!? ポルルーーっ!!」
自分の邪魔をしたポルルにそう吐き捨てたゲラスが、角を突き刺したままの彼を背後へと投げ飛ばした。
大きく弧を描いて地面に叩きつけられたポルルへと、トリンが力を抜いた一瞬の隙にその手を振り解いたエレナが駆け寄る。
「ポルル! ねえ、しっかりして! ポルル! ポルルっ!!」
「ガ、ニ……ガニ、ガ……」
「嫌だ……! 逝かないで……逝っちゃヤダよ、ポルルっ!!」
背中の殻を貫かれ、息も絶え絶えになっているポルルへと必死に叫びかけるエレナ。
ポルルは苦しそうに呻いた後、静かに鋏を持ち上げ、彼女を撫でようとして……その途中で力尽き、だらりと腕を下ろして動かなくなった。
「ポルル……? ポルルっ! ポルルっ! あ、ああ……っ! うわあああんっ! わあああああっ!!」
「あ~あ、あの蟹、死んじゃった~……全部お前のせいだぞ、この野郎っ!!」
「ぶべええっ!? ひぃ、ひぃ……っ! だ、だずげでぇぇぇっ!!」
自分を庇って倒れたポルルの体に縋り付き、子供のように泣きじゃくる。
そんな悲劇的な光景を他人事として眺めていたゲラスは、憎いトリンへと一撃を叩き込みながら「お前が言うな」と言いたくなる言葉を吐き捨てた。
太く重いサイの剛腕による一発を受けたトリンは、顔面を腫らしながら泣き叫び、一目散に逃走する。
その背を見つめ、舌打ちを鳴らしたゲラスは、面倒くさそうに呟いた。
「あいつ、また逃げやがった。まあ、いっか。どうせこの島にいる奴らは皆殺しにするし、お楽しみは後に残しておくってことで! それよりも、今は――」
「ポルル、ポルル……! あああああああ、ああああああっ……!!」
とりあえず、一発殴れたことと無様な姿を見れたことで満足したのか、ゲラスはトリンからエレナへと標的を変えた。
魔鎧獣への変身を解除した彼は、ニタニタと笑いながら両腕を広げて彼女へと歩み寄っていく。
「ねえ、君さ! さっきは気付かなかったけどさ……結構かわいいね! この島で飼われてる魔物たちみたいに、君が俺の従順なペットになるっていうんならさ、君だけは助けてあげるよ! どう? いい話でしょ? そこの蟹みたいに、無様に死ななくて済むだなんて、本当にラッキーだよねぇ!」
「ポルル……ポルル……! うっ、ううっ……!!」
「あ~あ~! そんなに泣かないで! ゴミみたいな魔物がゴミみたいに死んだだけでしょ? 大丈夫! すぐに君も俺の角で天国を見せてあげるよ! つっても、使うのはこっちの角だけどね! あははははははっ!」
卑猥に腰を動かしながら、人を馬鹿にしたような高笑いを上げるゲラス。
そこまでしても一切反応しないエレナへと、もう一歩近付いて手を伸ばそうとした彼であったが、それよりも早くに肩を掴まれた。
「あ……? ぶぐっ!?」
不意に肩を掴まれたことに驚き、思わず振り向いたゲラスの顔面へと拳が叩き込まれる。
綺麗に鼻をへし折られ、エレナから遠ざけられるように吹き飛ばされた彼は、つい数秒前までの上機嫌さを完全に消し去りながら立ち上がり、呻いた。
「なんだよ、お前? 死にたいの?」
「……ポルルだ」
「はぁ……?」
「それが、危険を顧みずに大切な家族を守り、命を散らした男の名だ。決して、ゴミみたいな魔物ではない。無様な死などではない。ポルルは愛する家族のために命を懸けた、誰よりも誇り高い……我が友だ。たとえ他の誰が許そうとも、友を愚弄することは私が許さん!」
強く、強く……拳を握り締める。怒りに、悔しさに、爪が掌に食い込んで血を流すほどに。
この事態を招いた者たちへの、ポルルを殺めたゲラスへの、彼を守れずにエレナを泣かせた自分自身への憤怒を燃やすマルコスが、立ち上がりこちらを睨む友の仇へと言い放つ。
「来い……! 我が名はマルコス・ボルグ。我が友、ポルルの魂の安らぎのため、同じく友であるエレナの無念を晴らすために……貴様を討つ!」
「ははっ……! 許すとか、討つとか、なに言っちゃってるわけ? まあ、いいや。ぶん殴られて心底ムカついたしさ……!! お前も、俺の角に貫かれて死ねよ!!」
マルコスが、ギガシザースを呼び出す。ゲラスが、プレートを左肩へと突き刺す。
魔道具を構え、魔鎧獣へと変貌し、それぞれの怒りを燃え滾らせながら戦闘準備を整えた二人の間に、一瞬の静寂が訪れた後……誇りを賭けた戦いが、幕を開けた。
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