フーイズ・ネーム
「そいつを展開したことがあるならわかるだろ? 矢を発射できるようになるまで、微妙に時間がかかるんだよ。つまり、咄嗟の事態に対応しにくいってこった」
「おぉう……言われてみれば確かにそうか……」
グリップだけの状態から銃身を作り出し、更にそこから魔力で矢を生成する。この折り畳み式ボウガンを使うには、それだけの時間が必要だ。
刑事ドラマなんかで懐から銃を取り出した警官が犯人にそれを向けて威嚇するシーンがあるが、このボウガンだと矢が撃てるようになるために時間が要る分、牽制としての役割が弱くなってしまう。
しかも、そうやって時間をかけて発射準備を整えたとしても、生成される矢は一本だけ。
それを使ってしまったら、また次の矢を生み出すためのタイムラグが生じると考えれば、確かに使い勝手が悪いような気がしてくる。
「持ち運びの便利さなら、メルトの【スワード・リング】の方が上だもんな……メルトの腕前あってこそだけど、発射までの時間も手数もそっちの方が上だし……」
「加えて、威力と射程範囲も微妙だ。セツナの【龍弦弓】と比べても、それは明白だろ?」
貴重な龍の素材をふんだんに使用したセツナの魔道具と比較するのもおかしいとは思うが、確かにその通りでしかない。
遠距離からの狙撃や攻撃の威力なら、弓の方が上だ。取り回しの良さを追求したボウガンには、その点はやはり一歩劣ると言わざるを得ない。
無論、その分、使い手の技量が試されるということは間違いないのだが……犯罪者や魔鎧獣と戦う警備隊員であるジンバならば、わざわざこういった魔道具を選ぶ必要もないだろう。
そもそも遠距離攻撃がしたいならば、極論魔法でいいわけだし……と、異世界ならではの銃器に頼る必要のなさにも思い至ったユーゴは、難しい表情を浮かべながら抱いた疑問を呟く。
「なんでジンバさんはこんな物を持ってるんだ……? 使わないって言ってたし、観賞用か……?」
「その可能性も無きにしもあらずだが、もしかしたら誰かに渡すからその前に整備をば……ってこともあり得るな。こいつ、一般人の護身用魔道具としてはそれなりに有用だしさ」
「ああ、なるほど……!」
ぽん、とアンヘルの意見に手を叩くユーゴ。
この手合いの魔道具は、扱いに熟練が必要ないというメリットがある。
ユーゴのブラスタもそうだが、この世界では常識的な魔力操作さえできれば、ある程度の戦闘能力が担保されるというのは明確なメリットだ。
その上で、ブラスタよりも扱いが簡単そうなボウガンを誰かにプレゼントする可能性もあるなとユーゴがアンヘルの意見に納得する中、しげしげと魔道具を見つめながら彼女が呟く。
「まあ、今となってはなかなか珍しい魔道具だ。息抜きがてら、軽く整備してやると……ん?」
「どうかしたのか、アン?」
展開されていたボウガンを元のグリップに戻し、それをひっくり返しながらしゃべっていたアンヘルが不意に目を細めて口を閉ざす。
そんな彼女の様子に気付いたユーゴが質問を投げかければ、アンヘルは彼にある一点を指差しながらこう答えてみせた。
「ここを見てくれ、何か刻まれてるだろ?」
「あ、本当だ。え~っと……?」
持ち手の底の部分、そこに刻まれた文字を顔を近付けて見つめるユーゴ。
古い魔道具なせいか、多少読みにくくなっているそれをどうにか解読した彼は、その文字を声に出して読み上げる。
「トーマス・ホッジンズ……? 人の名前、だよな……?」
「だな。しかし、誰だ? ジンバさんの知り合いか?」
見たことも聞いたこともない人物の名前を読み上げたユーゴが、アンヘルと顔を見合わせた後で首を傾げる。
おそらくはこのボウガンに関係ある人物なのだろうが、ジンバとの関係は不明なままだ。
「警備隊のジンバさんがヤバい奴とつながってるとは思ってねえけど、このトーマスって人が何者なのかはちょっと気になるな」
「同意見だ。しゃあない、アタシがこいつをメンテしてやるよ。お前はこいつをジンバさんに返却する時、トーマスって人が何者なのかを聞いてきてくれ」
「おう、わかった。ありがとな、アン」
「気にすんな。ちょうどいい息抜きになるし、惚れた弱みってやつさ」
一つの謎を残しつつも、ジンバから預かった魔道具をブラスタと一緒にアンヘルへと預けたユーゴは、彼女に礼を言ってから寮に戻っていく。
その数日後、メンテナンスとアップデートが終わった二つの魔道具を彼女から受け取ったユーゴは、ジンバに会うべく、警備隊の詰所を訪れていた。
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メリークリスマス! という挨拶をしつつ、明日でコミックス発売から一週間となります!
まだの方はクリスマスプレゼントとして購入、どすか!?
という宣伝はさておき、皆さんもいいクリスマスをお過ごしください!!!
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