【ハードボイルド・ジンバ】
ビギニング・インシデント
「よう、ユーゴ」
「えっ? ジンバさん!? どうしてここに?」
ある休日のこと、ユーゴはラッシュの事件の際に世話になったあの養護施設で働くという依頼を受け、フィーと共に仕事に精を出していた。
その休憩時間中にジンバがひょっこりと顔を出したことに驚く中、笑みを浮かべた彼が言う。
「精が出るじゃねえか。子供にも人気そうだし、お前に打ってつけの仕事かもな」
「あ、ああ……褒めてもらえるのは嬉しいけど、どうしてここに来たんすか? もしかして、俺に何か用とか?」
パトロール中にたまたま……という感じではなさそうなジンバへと、先の質問を繰り返すユーゴ。
まさか、また何か面倒な事件が発生したのではとユーゴが考える中、ジンバがようやくその質問に答える。
「用があるのはそうなんだが、お前じゃなくてアンヘルになんだ」
「え? アンに? どうしてっすか?」
「あいつにちょっとこいつのメンテナンスをしてもらいたくってな……」
そう言いながら、ジンバが懐から何かを取り出す。
彼からそれを受け取ったユーゴは、しげしげとそれを見つめながら呟いた。
「なんだ、これ……?」
「それってもしかして、折り畳み式のボウガン?」
「知ってるのか、フィー?」
「うん。確かこの辺をこうすると――」
ジンバから渡されたのは、黒色のグリップのような物だった。
思ったよりも重く、引き金のような物が付いているそれが何なのかがわからずにいるユーゴが心当たりのありそうなフィーへとそう問いかければ、兄の手からグリップを受け取った彼が魔力を込めながらなにか操作を行う。
そうすれば、ジャコン! という音と共にグリップから銃身が展開されていき、フィーの言った通りのボウガンが完成したではないか。
「基本はブラスタと一緒だよ。折り畳み式のパーツと微粒子金属で構成される部位を合体させて作られた、持ち運びが簡単なボウガンってところかな?」
「へぇ~! でも矢はどうするんだ?」
「矢は使用者の魔力を変換して生成されるんだ。メルトさんのスワード・リングに似てるかな?」
「ほ~ん! 結構便利そうじゃん! 警備隊の基本装備とか?」
「いや、違えよ。フィーはいい感じに説明してくれたが、そいつはそこまで有用な武器ってわけじゃなくてな。俺の私物で、二十年くらい前の代物さ」
ユーゴの質問に対して、そう答えるジンバ。
確かに結構年季が入っているなと改めてボウガンを見て思ったユーゴは、そこから更に質問を重ねていく。
「警備隊の整備班的な人に頼めばいいじゃないっすか。そっちの方が早いでしょ?」
「バーロー、そいつは俺の私物だって言っただろうが。仕事で使いもしないもんのメンテを警備隊の連中に任せられるかよ」
「まあ、そうなんでしょうけど……どうして急に? デカい傷があるわけでもなさそうですし、仕事で使わないんだったら急いでメンテナンスをする必要もないんじゃ……?」
「……なんとなく、だな。深い意味はねえよ」
そう言いながら、懐から今度はたばこを取り出すジンバ。
それに火を付けようとしたところでひょいと彼の手からたばこを取り上げたユーゴが、後ろにいる子供たちを無言で指差す。
しまったなとばかりに苦笑したジンバは謝罪のジェスチャーをした後、ユーゴへと言った。
「悪いが、整備を頼めるかアンヘルに聞いてみてくれ。謝礼もそれなりにするつもりだからって付け加えてな」
「了解っす。ただ、引き受けてくれるかどうかはわかんないっすよ? アンの奴、今は何か作業してて、工房に引きこもってるんで」
御三家の当主たちから龍の素材を受け取った日から、アンヘルは工房で研究と作業を繰り返していた。
そんな中で急に魔道具のメンテナンスを頼んでも引き受けてもらえるかはわからないと伝えるユーゴに対して、構わないと述べた後でジンバが言う。
「頼めるだけ頼んでみてくれ。ダメだったらそれで大丈夫だ。急に来て、こんなことを言ってすまないな」
それだけを言い残し、手を振って去っていくジンバ。
その背を見送りながら、弟が再びグリップの形に折り畳んだボウガンを受け取ったユーゴが小さな声で呟く。
「旧式の魔道具……ジンバさん、なんで急にこんな物を……?」
突然の頼みに困惑しながらも、とりあえずはアンヘルに話だけでもしてみようと考えるユーゴ。
もしも彼女がメンテナンスを引き受けてくれた時には、返却の際にジンバに詳しい話を聞いてみようと思いながら、再び子供たちの相手をし始めるのであった。
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