side:ゼノン(旅に出た男が無意識に触れた大事な話)

「本当に大丈夫だったの? 俺なんかについてきて……」


「心配ありません。きっと、お父様もお母様もわかってくれるはずです」


 様々な人物たちの様々な思惑が蔓延るルミナス学園から離れ、この世界のことをきちんと知るための旅に出たゼノンは、自分についてきたクレアへとそう尋ねた。

 名門ルージュ家のご令嬢が学校を休学して男と二人だけで旅に出ることを両親がどう思っているのかを不安に思うゼノンであったが、当のクレアは結構余裕そうだ。


 ゲームの中ではお淑やかで清楚といった雰囲気の姿を見せていたクレアだが、なかなかどうしてアクティブというか、大胆なところもあるらしい。

 実際に彼女と触れ合い、話をして、ゲームキャラではなく一人の人間として接することで新たな一面を知ることができたことを喜ぶゼノンは、少しだけ苦笑を浮かべる。


「それで、どちらに行くのですか? 行く先に当てなどはあるのでしょうか?」


「……まずはヤムヤム山に行くよ。俺のせいで命を落としてしまった人たちに、改めて謝りたいんだ」


 今度はクレアの質問にゼノンが答える番……目指す場所はあるのかという彼女の問いかけに対して、まず自分がすべきだと思ったことを彼が答える。

 ゲームキャラだからと、ただのモブだからと、そう考えて深く考えずに傷付け、仲間たちを扇動したせいで命を落としてしまったヤムヤム山の人たちに謝罪したいと、そう告げる彼の横顔を見つめるクレアは、静かに頷いた。


「そこから先は……また考えるよ。今の俺には足りないものが多過ぎる。それを見つけるために、やれることをやってみようと思う」


「わかりました。では、私も一緒に参りましょう。足りないものが多いのは、私も同じですから」


「……ありがとう、クレア」


「ふふふ……! お礼を言う必要などありません。私は、ゼノン様の婚約者なのですからね」


 自分がどこまでも落ちぶれても見捨てたりなんかせず、傍で支えようとしてくれたクレアの優しさを改めて実感したゼノンが感謝の気持ちを伝える。

 どこまでも明るく微笑んでくれる彼女にこれ以上の負担はかけないようにしようと、そのためにも成長しなくてはなと考えながら、彼はヤムヤム山へと歩き出した。


「旅に出るといえば……学園も、もう少しで修学旅行の季節でしたね。私たちの方は旅行なんてものではないですけれど」


「ああ、そうだったね……! クレアも友達と一緒に修学旅行、行きたかったんじゃないの?」


「大丈夫です。きっと、こちらの旅の方が自分の成長に繋がると思いますから」


 暫しの間、離れることになる学校では、自分たちがいない間にも様々な出来事が起きるのだろう。

 ゲーム内のイベントである、修学旅行編とでもいうべきシナリオの内容を知っているゼノンは、そこで起きる事件のことも当然ながら知っている。


 学園に残るシアンたちは、そこで起きるイベントや出現する強敵に打ち勝てるのだろうか?

 もしも彼らが敵に敗北したら、この世界はどうなってしまうのだろうか……と考えたゼノンが不安を抱く中、前を向くクレアが小さな声で呟く。


「……きっと、また何か事件が起きるのでしょう。でも、大丈夫です。学園にはユーゴ様たちがいらっしゃるのですから……!」


「ユーゴ……」


 クレアの口から飛び出した名前を聞いたゼノンが、僅かに暗い表情を浮かべる。

 自分の身勝手な行動のせいで人生を狂わせてしまった人物の一人、ユーゴ・クレイ……これまで彼にしてきたことを振り返ったゼノンは、そのことに申し訳なさを抱く。


 ユーゴの場合は本来のシナリオよりもマシな状況になっていることが不幸中の幸いだが、下手をすればもっと早くに彼を追い詰め、フィーの死が早まる可能性だってあった。

 生徒たちを扇動し、彼を迫害する状況を作った自分を恥じると共に、そんな小細工にも負けずに正義のロードを突き進むユーゴの眩さを振り返ったゼノンは、クレアの言葉を肯定するように首を縦に振る。


「そうだね……ユーゴがいてくれれば、きっと大丈夫だ」


 少なくとも彼は、ラッシュに襲われた自分を助けてくれた。

 憎しみに支配されていたリュウガの心を変え、危機に瀕していたライハを助け出し、仲間たちと共にザラキを倒してみせた。


 そんな彼ならば、きっと……これから先のシナリオで出現する敵にも負けないはずだ。

 何度も頻発している本来のシナリオから逸脱してしまった展開にも、それを生み出しているであろう転生者たちの妨害にも負けずに戦い抜くユーゴの姿を想像して笑みを浮かべるゼノンの隣では、くすくすと声を漏らして笑うクレアの姿があった。


「クレア、どうしたんだい?」


「いえ、改めて考えると、ユーゴ様の動きって面白いなと思いまして――」


 そう言ったクレアが、数歩駆け足になってゼノンの前に飛び出す。

 その後で妙な動きを見せた彼女は、その締めにいつもユーゴがブラスタを展開する際に口にする言葉を言ってからゼノンへと告げた。


「変身! ……確か、このような動きでしたよね? ブラスタの展開には不必要な動きなのに、毎回やっていたなと考えたらなんだかおかしくって……!」


「ああ、確かにね……!」


 そういえばそんな動きをしていたなと振り返りながら、何度か頷くゼノン。

 婚約者が見せてくれた動きを頭の中で思い浮かべた彼は、その後でクレアへと言う。


「あれはなんだったんだろうね? ……」


「戦意高揚のための儀式みたいなものなのかもしれませんね。ユーゴ様は、色々と変わったお方ですから……」


 自分たちを救ってくれたヒーローについて話をしながら、二人は歩いていく。

 今、自分たちがなにかとても大事なことに……世界の真実に触れかけたことを知らぬまま、ゼノンは旅に出る。


 この、何の気なしに行った会話の中で生じた疑問の答えを彼が知るのは、もう少し先の話だった。


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第1巻の発売まで残り10日!

Xでメロンブックスさん、ゲーマーズさんで購入した際についてくる特典についてポストしてます!

後で活動報告の方にも貼ると思いますので、気になった方はチェックしてください!できたら予約もお願いします!m(__)m

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