蟹と剣士は頼りになる
「なんだよ。なんかもう落ち着き始めてるじゃねえか……!!」
魔鎧獣が発生した病院から少し離れた位置にある建物の上階。
そこから騒動を見物していた男は、パニックが想像よりもずっと早くに収束を迎えてしまったことに苦々しい表情を浮かべていた。
何が起きたのかわからず、逃げ惑い、恐れ戦く人々の姿が見たかったというのに……今では警備隊の誘導によって、現場である病院の周囲は随分と落ち着いてしまっているように見える。
思い描いていた展開と全く違う方向に進んでいく事態を眺める彼は、舌打ちを鳴らすと共に忌々し気に憎まれ口を吐き捨てた。
「ふざけんなよ。あんな馬鹿デカい、新種の魔鎧獣が突然出現したんだぞ? もっとビビって泣き叫べよ!」
突如として出現した巨大な魔鎧獣によって病院が制圧されたことに、人々は恐怖し、怯え、竦む。
全く未知の存在を相手にどうにか事態を打破しようと動いた結果、内部で生み出された爆弾が爆発し、更なる被害が生まれてしまう。
何のデータもない、不用意に手を出せない魔鎧獣の出現に警備隊も人々もパニックに陥り、そうやって狂乱している間に爆弾が大爆発を起こして……病院の崩壊によって、パニックと恐怖は最高潮に達する。
……そんな展開を夢見ていた男にとって、今のこの状況は面白くないものであった。
ここから見るに、警備隊は迂闊にあの花に手を出さずに何かを待っているようだ。
どうやら作戦を立て、タイミングを計りながら着々と準備を進めていく彼らの動きに、男の苛立ちはどんどん高まっていく。
(くそっ、どうする? どうすりゃいい? こんな展開、予想外だぞ?)
どうにか人々がパニックになるような展開へと導きたいと思いながらも、事件に手出しをする方法など持ち合わせていない。
この事件は男が望んで引き起こしたものだが……彼がやったのは、本当に最終段階の仕上げだけだ。
病院の屋上にエクスプローズを設置し、それに渡された薬品を投与する。ただそれだけ。
こういった展開になるという話は聞いていたし、そうなることを楽しみにしていたが……要するに彼は、ただのつかいっぱしりなのである。
男自身には何の力もないし、新種の魔鎧獣を生み出せるだけの技術力もない。
だから、この状況が気に食わなかったとしても、何ができるというわけでもないのだ。
そういうわけで、ただ指を咥えて事態を見守ることしかできない男であったが、そんな彼に更なる不幸が襲い掛かる。
「んっ? えっ!?」
近くの壁に切れ跡が入ったかと思った次の瞬間、壁がぶち破られ、部屋の中に何者かが入ってきた。
あれよあれよという間に床に押し倒され、制圧されてしまった男は、半ばパニックになりながら叫ぶ。
「なっ、なんだよお前ら!? どうしてここが……ひぃっ!?」
「……僕に質問するな」
「ふっ……普段なら呆れるところだが、今回は同意だ。質問をするのはお前ではなく、私たちだということを理解しろ」
必死にもがき、抵抗しようとしていた男であったが、低く唸るような声と共に眼前に刀を突き付けられたことで口を閉じざるを得なくなってしまった。
いつも通りの調子で犯人に接するリュウガの言動に苦笑を浮かべながら、男を制圧するマルコスが彼へと言う。
「ったく、お前たちというやつは……突入作戦はもっと慎重にだな――!」
「申し訳ないが、お説教は後にしていただきたい。今は、この男から情報を引き出すのが先だ」
少し遅れて、数名の警備隊員と一緒に部屋に入ってきたジンバが呆れた様子で二人に声をかける。
それを軽くいなしたマルコスの返答にため息を吐きながら、彼は抑え込まれている犯人を見つめながら口を開いた。
「警備隊を舐めたな。状況を逐一確認できる位置でありながら、爆発に巻き込まれない安全圏でもあるという条件を満たした建物を探せば、お前の潜伏場所なんて簡単に見つけ出せるさ」
「く、くそっ! お前ら、俺をどうするつもりだ!? 俺がなんでもかんでもべらべらしゃべる男に見えてんのか!?」
あっさりと潜伏場所を突き止められ、身柄も拘束されてしまった男ではあるが、せめてもの矜持として警備隊に反抗する態度を取ろうとしている。
だが、しかし……目の前の床に刀が突き刺さる場面を見た瞬間、彼は顔面を蒼白にして押し黙るしかなくなってしまった。
「……聞いてなかったのか? 僕に、質問をするな。お前はただ、聞かれたことに答えろ。わかったな?」
「ふっ……おい、お前。あまりあいつの機嫌を損ねない方がいいぞ? 見ての通り、気が立ってるんだ。ふざけた真似をすれば……首と胴体が泣き別れしかねん」
「ひっ、ひぃぃっ!!」
冗談とは思えないリュウガの殺気と、それを利用したマルコスの脅し文句に完全に戦意を萎えさせた男が悲鳴を上げて泣き叫ぶ。
かくして、あっさりと事件の犯人は捕まり、取り調べによって数々の事実が明るみになっていった。
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