戦いが終わった後で……断罪を

「リュウガ! フィーの容態は!?」


「安心してくれ、命に別状はないよ。今はエペさんとルージュさんに治療を受けて、眠っているところだ」


 戦いが終わり、ウノ率いるグループと無事に昆虫館を脱出したユーゴは、ようやく機能が回復した通信機を使ったリュウガから負傷したフィーを保護したという報告を受け、彼の下に急行した。

 簡易的な医療所でメルトとクレアから回復魔法を使ってもらっているフィーは様子も安定しており、リュウガの言う通り、重態というわけでもなさそうだ。


 そのことに安堵するユーゴであったが……背中に大きな傷を負った弟の姿を見ると、傍に居て守ってやれなかったことへの不甲斐なさが込み上げてくる。

 フィーの傍でつらそうな表情を浮かべながら彼を見守るユイの姿を見て、同じことを考えているであろうリュウガは、噛み殺しきれない苦悶を声に滲ませながらユーゴへと詫びた。


「すまない。僕がもっと早く駆け付けていれば、フィーくんが怪我をすることもなかっただろう。本当にすまない」


「お前が謝る必要なんてねえよ、相棒。お前が駆け付けてくれなきゃ、怪我程度の話じゃあ済まなかったはずだ。ありがとうな」


「……フィーくんの傷は、ユイを守って負ったものだ。彼はユイの命の恩人だよ。感謝すべきは僕の方さ」


「そうか……頑張ったんだな、あいつ。目を覚ましたら、褒めてやらなくっちゃな……」


 体も弱く、戦いの技術を身につけているわけでもないフィーが、必死にユイを守って強敵に立ち向かったという話に、目を細めたユーゴが呟く。

 笑みを浮かべてはいるものの、そこに込められている感情が喜びではなく哀しみが大半であることを理解している仲間たちは、彼に何も言えずにいるようだ。


「クレイ、レンジョウ……すまなかった。二人の所属していた班の責任者は私だ。情けないことに、二人がいつはぐれたのかすらわからなかった。謝罪して済む問題ではないということは理解しているが、それでも……本当に申し訳なく思っている。すまない……」


「キャッスル先生……」


 脚を負傷したウノも、自分が引率していたグループから怪我人が出てしまったことを悔やんでいるようだ。

 これは全て自分自身の管理能力不足による悲劇であると、ユーゴとリュウガに頭を下げながら自身を責めるウノへと、全く関係のない女性からの罵声が投げかけられた。


「全くですわ、キャッスル先生! 学年主任であるあなたが、そのような失態をしてどうするのですか!?」


 ウノを責めるその声には、隠し切れない喜びが滲んでいた。

 彼に倣い、声が聞こえてきた方へと顔を向けたユーゴたちは、戦巫女たちを含む多くの生徒たちを引き連れたラミーの姿を目にすると共に顔をしかめる。


「……面目次第もありません、ニーラ先生。全ては、私の監督不足です」


「全くもってその通りです! 一歩間違えば、取り返しのつかないことになっていたのですよ!? ユイさんが負傷していたらどうなっていたか……!! そうならずに済んだのは、単に運が良かっただけなんですからね!?」


「運が良かった……? あんた、気は確かか? フィーが、初等部の生徒が一人、魔鎧獣に襲われて重傷なんだぞ? それを運が良かっただなんて、口が裂けても言うべきじゃあないだろ!?」


 不用意なラミーの言葉に、珍しく声を荒げたアンヘルが顔を赤くしながら彼女を叱責する。

 その剣幕に圧されたラミーは口を閉ざすも、その表情には工業科の生徒風情が自分に説教するなという不満がありありと浮かび上がっていた。


「アンさん、落ち着いてくれ。君の気持ちはよくわかるし、僕も同意見だが……今はそれ以上にはっきりさせなくちゃならない話がある」


「はっきりさせなくちゃならない話? リュウガ、いったいそれってなんなんだ?」


「……フィーくんが怪我をしたのはキャッスル先生の監督不足が原因じゃあない。何者かが、悪意を持って彼とユイを嵌めた可能性がある、ってことさ」


「!?!?!?」


 リュウガが発した信じられない一言に、教師と生徒たちの間にどよめきが広がる。

 いったいそれはどういうことかと誰もが疑問を抱く中、彼は静かに話し始めた。


「妹の話によれば……二人が集団から離れて行動していたのは、妹が用を足しに行きたいとフィーくんに言ったからだそうです。目の見えない妹の付き添いとして、彼は一緒に行動し、事件に巻き込まれた。問題は、二人が単独行動してから事件に巻き込まれるまでの間です。フィーくんは間違いなく妹と共に厠に行くことを高等部の生徒に伝えたはずなのに、戻ってきたらグループの全員が姿を消していたと、そう証言しています」


「馬鹿な、二人がトイレに行っていただと? そんな報告、私は聞いていない! いったい、どうして……!?」


「……フィーくんは身を挺してでも妹を守ろうとする責任感の強い人間だ。その彼が、グループを離れる際に報告を怠ったとは思えない。妹が嘘を吐く理由もありません。それなのに、所属グループを引率していた先生の耳に、されたはずの報告が届いていなかった……それは、つまり――」


「どこかで報告が握り潰された、ってことか……!?」


 信じられない、という衝撃がこの場にいる全員の間に広がっていく。

 何がどうなってそうなったのか、どうしてそんなことになったのか、それらが一切わからない何もかもが意味不明な状況の中、この混乱を治めるべくウノが生徒たちへと呼び掛ける。


「待て! まずは確認を行おう! 誰か、フィー・クレイからユイ・レンジョウと共にトイレに行くと、そう報告を受けた者はいるか!?」


「あ、ああ、あ、あの……わ、私、です……っ! フィーくんから、その報告を受け、ました……!」


 ウノの問いかけに対して、一人の女子生徒がわなわなと全身を震わせながら右手を上げる。

 疑惑や疑念、好奇心といった様々な感情が込められた視線を一身に浴びる彼女は、恐怖に顔を引きつらせながら必死にこう述べた。


「で、でもっ、ちちち、違うんです! わ、私、先生に報告しようとしたんです! そ、そしたら、君は休憩に入れって言われて、先生への報告も自分がしておくからって、そう言われて……! だ、だから、私は!!」


「落ち着け! ……誰だ? 休憩に行ったお前に代わって、私に二人がグループから離れたことを報告することになっていた者は、誰なんだ?」


「そ、それは――!!」


 再度ウノから問いかけられた女子生徒の視線が、その人物の下へと動いていく。

 ユーゴが、リュウガが、教師たちが、戦巫女たちが、生徒たちが……彼女と共に視線を動かし、事態悪化の原因となった人物を見やる。


「な、な、な……っ!?」


 多分、この場で誰よりもその事実を受け入れられなかったのは、ラミーだったのだと思う。

 金魚のように口をぱくぱくと開け閉めして、愕然とした呟きを泡の代わりに漏らす彼女の前で、女子生徒が自分に代わって報告を行うはずだった生徒の名を告げた。


「え、エゴスさん……です。私は、報告をエゴスさんにお願いしました……!」

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