憧れを憧れで終わらせないために
「正直に言え、ユーゴ。貴様はミザリーの弱点を解消する方法に心当たりがあるのだろう?」
「……ああ、まあな」
「ならば、何故それを教えてやらない? 曲がりなりにも彼女の師匠を引き受けたというのならば、その役目を果たすべきだ。たとえ心苦しくとも、弟子の欠点を指摘し、矯正してやることが師匠を引き受けたお前の役目ではないのか?」
初日の訓練はミザリーの実力を見つつ、基礎的な部分を鍛えるという形で終了を迎えた。
そのすぐ後、訓練場近くのシャワールームで体を洗っていたユーゴとマルコスは、彼女についての踏み込んだ話をしていく。
ミザリーはあのままではダメだと、彼女の決定力不足を補うための戦法があるのなら教えてやれというマルコスへと、ユーゴは自分なりの考えを述べる。
「確かにお前の言う通りだと思うよ。でもさ……俺はミザリーが言ってた、憧れって言葉が気になるんだ」
「憧れ、だと……?」
「ああ。ミザリーが誰に憧れてるかはわからねえけど、あの戦い方はその憧れの感情で磨き続けてきたものだと思う。俺も武術を習ったり、人を助けられるような人間になろうって思ったのは、ヒーローへの憧れがきっかけだったからさ……その気持ち、すげーわかるんだ」
憧れという感情は、目標を追う上での強い原動力になる。
ミザリーが欠点を承知であの戦法を磨き続けたのも、その憧れの感情が故のことなのだろう。
幼い頃からずっと見続けてきたヒーローの姿に憧れるユーゴには、ミザリーの気持ちが痛いほど理解できた。
だからこそ、その憧れと共に磨いてきた彼女の戦い方を否定する気にはなれなかったのである。
「しかし、だからといってあのままではミザリーは強くはなれんぞ? ファイトスタイルを変えることで道が開けるというのなら、そちらを勧めるべきではないのか?」
「わかってる。でも、納得してない状況でこれまでの戦い方を捨てさせたら、それと一緒に原動力だった憧れも捨てることになっちまうと思うんだ。そうなったら元も子もない。ミザリー自身が自分を変えることを納得しなきゃ、何の意味もないと思う」
真剣にミザリーについて語るユーゴの姿から、彼の本気度を感じ取るマルコス。
どうやら中途半端な気持ちで彼女の師匠になることを引き受けたわけではないようだと理解した彼は、シャワーを止めると隣のスペースにいるユーゴを見つめ、口を開く。
「……どうやら、貴様は貴様なりにミザリーについて考えているらしいな。私の口出しは余計な世話だったようだ、すまない」
「いや、いいよ。むしろ、そうやって指摘してもらえたお陰で自分の責任ってやつを再認識できたからさ」
マルコスの謝罪に対して、シャワーを止めたユーゴもまたニカッと笑いながらそう応える。
色んな意味で人が良い奴だと、自分が知っているかつてのユーゴとは似ても似つかない反応を見せる彼に対してそんなことを思いながら、マルコスはこう続けた。
「しかし、どうするつもりだ? 彼女の憧れを尊重することはいいが、このままでは憧れは憧れのままで終わってしまうだろう。どう彼女を納得させるつもりなんだ?」
「……まずは、ミザリーのことを知るべきだと思う。説得するにせよなんにせよ、相手のことを何も知らない状態じゃ話もできないだろ?」
憧れよ
ミザリーの憧れを憧れのままにさせないために、今、自分がやるべきことは何なのか? そう考えた上で出した結論を、ユーゴはマルコスへと語っていく。
「ミザリーが誰に憧れてるのか? それを知らなきゃ話は始まらない。それに……」
「……どうした? 何かあるのか?」
「……気になるんだ、どうしてあいつが急に強くなりたいって言い出したのか。俺の目には、ミザリーが焦ってるように見えるんだ。何があいつを駆り立ててるのか、それを知るべきだって気がする」
ミザリーが自分に弟子入りを志願するようになったきっかけが、きっとあるはずだ。
それもまた彼女を説得する上で必要不可欠な情報になるはずだと、そんな確信を覚えている。
真剣に、真面目に、師匠としての責務を果たそうとするユーゴの横顔を見つめたマルコスは、ふっと鼻を鳴らすと彼へと言った。
「そこまで考えているんだ、もう手は打ってあるんだろうな?」
「まあな。メルトとヘックスにミザリーについてのうわさとかを集めてもらえるよう、頼んであるよ。こういうところを誰かに任せなきゃなんねえのが歯痒いところなんだけどさ」
「ふははっ! まあ、仕方があるまい。貴様の悪評はそう簡単には覆らんさ。せいぜい自分にできることを全力でやることだな、我が友よ」
「おう! そうさせてもらうぜ! 心配してくれてありがとうな、マルコス」
ユーゴの感謝の言葉に対して、マルコスは鼻を鳴らすだけだ。
それが素直じゃない彼なりの返事であることを理解しているユーゴは快活な笑みを浮かべると共に、仲間たちやミザリーからの期待に応えられるような師匠になることを誓い、自分にできることを模索するのであった。
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