魔剣粉砕!!

「せいっ! はああっ!!」


「ぐあああっ!? あぐっ、あっ、くそぉ、ぐぞぉ……っ!!」


 ユーゴの拳を受けたイザークが苦し気に呻きながら相手を睨む。

 よろよろと立ち上がりながら、魔剣の力で鈍らされていた痛覚が復活しつつあることを感じながら、彼は首を左右に振るとこの状況を拒絶するかのようにぶつぶつとうわ言を呟き始める。


「こんなの、ありえない……僕は主人公で、最強のソロプレイヤーで、無敵の英雄なはずなのに、どうしてこんなことになってる? 主人公が新しい力に目覚めたんだぞ? こんなの勝ちフラグ以外の何物でもないじゃないか。それなのにどうして……僕が追い詰められてるんだよぉぉっ!?」


 叫びながら疾走。目にも止まらぬ速度でユーゴの周囲を駆け回り、攻撃の隙を伺う。

 残像を見せながらの高速移動を披露するイザークはユーゴの背後から急襲を仕掛けるも、それを読んでいた彼によって双剣を振るおうとしていた腕を掴まれてしまった。


「ぐうっ!? どうして!? なんでっ!?」


「もう止めてくれ、イザーク! お前の体は限界なんだ! このままその剣を使い続けたら、お前は――っ!!」


「黙れぇぇぇっ! 僕は負けない! 僕は最強なんだ! お前にも魔剣の呪いにも負けない! だって僕は、しゅじんこ……がふっ!!」


「イザークっ!!」


 狂ったように叫んでいたイザークが、口から大量の血を噴き出した。

 想像以上のスピードで魔剣に肉体が侵食されていることを理解したユーゴが動きを止めたその瞬間、彼は全身から魔力を放ってすさまじい衝撃波を生み出し、剣を掴む相手を弾き飛ばす。


「ぐっ……! イザーク……!!」


「うああああああっ! ああああああっ!!」


 理性を感じさせない獣の咆哮にも近しい叫びを上げながら、双剣を振るって赤黒い魔力の斬撃を飛ばし続けるイザーク。

 魔剣によって肉体に残る魔力を、生気を、最後の一滴まで絞り取られようとしている彼の姿を目にした瞬間、ユーゴは覚悟を決めた。


「もう……やるしかない!」


 説得で解決できる段階は既に通り過ぎた。イザークを救うためには、彼が手にする魔剣を破壊し、彼自身も身動きできなくするしかない。 

 限界ギリギリまで追い込まれている彼に大技を叩き込むことを恐れていたユーゴであったが、このままでは彼の命が魔剣に吸い尽くされてしまうと判断し、最後の勝負に打って出た。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」


 胸の属性魔法結晶へと魔力を集中させた後、それを両腕に送る。

 昂る魔力の奔流が炎となってユーゴの両手を覆い、轟炎を纏った拳を握り締めた彼は、自身の肉体にかかる負担も無視しながらイザークを見据え、叫んだ。


「お熱いの、かましてやるぜっ!!」


 飛来する斬撃を跳躍で回避すると共に、その動きを活かしてイザークへと接近。

 こちらを見つめ、迎撃の構えを取る彼へと、落下の勢いを乗せた炎の手刀を繰り出す。


「ブラスター・グレネードッ!!」 


「なっ!? ああああっ!!」


 自分目掛けて振り抜かれた魔剣へと、炎を纏った左手での手刀を叩き込むユーゴ。

 その渾身の一撃はイザークが手にした魔剣を真っ二つにへし折り、彼に驚愕を与えてみせる。


「まだだっ! まだ、僕は……っ!!」


 そのまま、もう片方の魔剣に右手での手刀を叩き込んでこちらも同じく粉砕したユーゴであったが……イザークはそれでもまだ止まらない。

 むしろ折れた刀身を補うように魔力を注ぎ込んだ双剣を振るってユーゴを仕留めようとしている。


 だが……ユーゴはそれよりも早く、次の一手を打っていた。

 最初に手刀を放った左手を握り締め、そこに再び魔力を注ぎ込み、紅蓮の炎を宿した彼は、頭上に掲げた魔剣を振り下ろさんとするイザークの胴体へと回転を加えた突きコークスクリューブローを叩き込む。


「これで決まりだ! ブラスタ・マキシマムブレイクッッ!!」


「あがっ! がっ、はぁ……っ!?」


 魔剣の力で強化されていた防御を貫くほどの一撃。拳から腕、肩までを回転させることで体の内側にまで衝撃を叩き込まれたイザークが最後の呻きを上げると共に意識を刈り取られる。


 手にしていた魔剣を取りこぼし、そこから放っていた赤黒い魔力も消滅させ、白目を剥いてその場に崩れ落ちた彼の体を、咄嗟に抱えるユーゴ。

 変身を解除した彼は、観客席にいる仲間たちの方へと顔を向けると、必死の形相を浮かべながら叫ぶ。


「メルト、イザークに回復魔法を頼むっ! それと、誰でもいいから警備隊に連絡を取って、ジンバって人をここに来るよう頼んでくれ!」


「わ、わかった!」


「回復魔法なら私も使えます! お手伝いさせてください!」


「ぼ、僕は警備隊に連絡しておくよ! ジンバさんを呼べばいいんだよね!?」


「なら俺は保健室に話をつけてくる! ここじゃあできる治療にも限度があるだろうからな!」


 ユーゴの頼みを受けた仲間たちが、それぞれ自分のできることをしに動き始める。

 メルトとクレアに気絶したイザークを預けたユーゴは、二人に彼の容態を尋ねた。


「どうだ? イザークは助かりそうか?」


「わかりません。本当にギリギリの状態ですから……ですが、もう少し遅れていたらイザーク様の命はなかったと思います。ユーゴ様が魔剣を破壊し、彼の動きを止めたことで、イザーク様が死なずに済んだことは間違いありません」


「そうか……死ぬなよ、イザーク。お前にはスカルの時の借りもあるし、話してもらわなくちゃならないことが山ほどあるんだからな……ぐぅっ!?」


「ユーゴっ!?」


 イザークを心配し、気絶した彼へと語り掛けていたユーゴであったが、そこで苦し気に顔をしかめるとその場に膝をついてしまった。

 炎の鎧を使ったことによる体へのダメージに呻く彼を、いち早く傍に駆け付けたアンヘルが支える。


「……すまん、ユーゴ。アタシが、あんな不完全な機能を付けてしまったばかりに、お前をこんな目に遭わせて……!」


「なんで謝ってるんだよ、アン? お前が作ってくれた炎の鎧のお陰で俺はイザークを死なせずに済んだんだ。胸を張ってくれよ」


「馬鹿野郎! その代償にお前はこんな状態になっているだろうが! 使い手のことを考えない魔道具を作るだなんて、あっちゃならないことなんだよ! 技師として、アタシは魔道具だけじゃなくお前の命も預かってる。それなのに、アタシは……!!」


 普段はどこか飄々としていて、気丈なアンヘルが目に涙を浮かべて悔しさを滲ませている。

 確かに自分が製作した新機能のお陰でイザークを救うことはできたが、その代償として使い手が傷付くような魔道具を作っては技師として失格だと自分を責める彼女の頭を、ユーゴは何も言わずに撫でて慰めながら謝罪の言葉を口にした。


「……悪い。少し、無茶した。お前にそんな顔させるつもりじゃあなかったんだ」


 誰かを守ったとしても、それで自分が傷ついたり命を落としたりしては意味がない。

 たとえ悪に勝利したとしても、自分を心配してくれる人々を悲しませてしまう人間はヒーロー失格だということを、呉井雄吾としての生を終える際、自分は強く実感したはずだった。

 それをまた繰り返してしまったことを悔やむユーゴへと、イザークの治療をクレアに任せたメルトが言う。


「ユーゴ、あなたも治療を受けないと。ヘックスが戻ってきたら、イザークと一緒に保健室に行こう」


「ああ、そうだな……」


 勝つには勝った。しかし、まだまだ至らない部分は多い。

 未完成なのは炎の鎧だけでなく、自分も同じだなと思いながら、ユーゴはメルトの治療を受けるのであった。

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