メルトVSクレア

「そうか、そんなことが……」

 

 クレアから話を聞いたユーゴが神妙な表情を浮かべながら呟く。

 どこか痛々しさを感じさせる目の前の少女は、恩人を支えようと必死なのだろうとその話を聞いて理解した彼が押し黙る中、クレアはこう続けた。


「イザーク様が去ってから、私はゼノン様の代役として決闘に臨んでくださる方を探したのですが……声をかけた生徒たち全員から断られてしまいました。ルミナス学園に入学する前から付き合いのある友人たちにもです」


「無理もねえよ。イザークは馬鹿みたいに強い。英雄候補って言われてる連中すら倒しちまったあいつとタイマンを張りたい奴なんていないだろうさ」


「私もゼノン様に付きっ切りで、今現在の学園の情報をきちんと得ていなかったためにイザーク様の実力を完全に見誤っていました。まさかあの方がそこまで恐れられる御仁だったとは思いもしていなかったのです」


 沈鬱な表情を浮かべ、搾り出すような声で呻くようにして呟くクレア。

 ただでさえ自分やゼノンの人生がかかっている状態だというのに、それに加えてここに来るまで数多の友人たちを頼ってはそれを断られ、拒まれ続けたことでただでさえ擦り減らしている精神を更に摩耗してしまった彼女は、そこで顔を上げるとユーゴを見つめながら口を開こうとしたのだが――?


「……それで、最後の頼みの綱としてユーゴを訪ねてきたってわけだ。ゼノンの代わりにイザークと戦ってくれって、そう頼みにさ」


「っっ……!」


 びくっと、不意に放たれた冷たい声にクレアが体を震わせながらその声の主を見やる。

 視線の先には険しい顔をしたメルトが居て、彼女はクレアを見据えながらこう言葉を続けた。


「あなたのことは可哀想だと思うよ。ゼノンのために一生懸命なんだろうなとも思う。だけどさ……それとこれとは話が別だよ。私は、あなたがやってることはおかしいと思う」


「おい、メルト。そんなふうに言うもんじゃ――」


「ユーゴ、少し黙ってろ。気持ちはわかるが、今は黙って話を聞いてやれ」


 キツい口調でクレアを責めるメルトを止めようとしたユーゴであったが、それをアンヘルが制止した。

 女性同士、思うところがあるのだろう。メルトを援護するようにユーゴを止めた彼女は、気まずそうにしているフィーを少し下がらせると自分もまた黙ってメルトとクレアの話を見守っていく。


「あなたが必死なのもわかる。元婚約者とはいえ、今は縁が切れたはずのユーゴのところに顔を出すのも相当な覚悟がなくちゃできないことだとも思う。でも、あなたが支えようとしてるゼノンがユーゴに何をしたのか、忘れてないでしょ? 決闘のことは仕方がないとはいえ、そこからずっとあいつはユーゴのことをクズ呼ばわりし続けて、ラッシュとの決闘の時も不正をユーゴが働いただなんてデマを流して、他の生徒たちと一緒に寄ってたかって責め続けたじゃない!」


「……そのことに関しては、申し訳なく思っています。ゼノン様を止められなかった私にも責任が――」


「頭を下げるべきはあなたじゃない。それをするのは、ゼノンの役目でしょ!?」


 メルトの言葉に、クレアが小さく息を飲んだ。

 多分、彼女も心のどこかではそのことを理解していたのだろう。何も言い返せずにいるクレアへと、メルトが感情を込めた声で言う。


「ユーゴは優しいから、弱ってるあなたの頼みを断ることなんて絶対にしない。フィーくんもあなたに力を貸してあげてほしいってお兄さんに言うと思う。でも私は……これまでゼノンがユーゴにしたことを許せない。ユーゴに力を貸してもらいたいのなら、まずはゼノンが直接ユーゴに頭を下げて、これまでのことを謝罪してからでしょ? あなたのすべきことはゼノンの代わりに頭を下げることじゃなくって、ゼノンをここに連れてきて、ユーゴに謝罪させることじゃないの?」


「……あなたの仰る通りです。ですが、今は――」


「今は、何? 決闘にも臨めない、迷惑をかけた相手に頭を下げることもできない。そんな人のためにユーゴが危険を承知で戦う理由って何? それすらできないであなたにおんぶにだっこになってる男のところにいて……あなたは幸せになれると思うの?」


「………」


 メルトの意見に何も言い返せなくなったクレアが俯きながら押し黙る。

 厳しい言葉ではあるが、その中に痛々しさが過ぎる自分の姿を見ていられないというメルトからの心配の感情が存在していることを感じ取った彼女は、暫し口を閉ざし続けた後でこう言った。


「メルト・エペさん、でしたよね? あなたの仰る通りです。私が……間違っていました」


「……どうするの? ゼノンをここに連れて来れる?」


「いえ……残念ながら、それは難しいと思います。今のゼノン様はとても不安定で、私が説得したとしてもそれを受け入れるための時間が足りません。今、すぐにゼノン様をここにお連れするのは、私の力では不可能です」


 情けないといった表情を浮かべたクレアが深々と頭を下げる。

 そうした後、彼女はメルトだけでなくユーゴたち全員を見回してからこう述べた。


「大変申し訳ありませんでした。あまりにも虫が良過ぎる、恥知らずな行動だったと深く反省しております。この話は忘れてください。私もこれで失礼させていただきます。お時間を頂き、ありがとうございました」


 丁寧に一礼をした後、踵を返すクレア。

 自分が間違っていたと認め、この場を去ろうとする彼女であったが……その背にユーゴからの言葉が投げかけられる。

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