side:ゼノン&クレア(馬鹿な挑発に乗ってしまった馬鹿な男の話)

「何? ここまでお膳立てされておいて、決断すらできないわけ? そんなだからこうして落ちこぼれになってるんだよ」


「っっ……!!」


 煽る口調で、嘲笑を浮かべながら、ゼノンを馬鹿にするイザーク。

 その言葉に目を見開き、至近距離で自分を見つめ返してくるゼノンへと、彼はこう続ける。


「まあ、ここまでしてあげても動けないなら仕方がないね。負け犬らしく、そのまま一生うじうじしてなよ」


「お前っ……!?」


「ああ、怒ったの? でも事実でしょ? 君は負け犬で、何一つ決断できない弱虫なんだからさ。図星を突かれたからってキレないでよ」


「俺が、負け犬だと……!? この……っ!!」


 ゼノンが握り締めた拳をぶるぶると震わせる。

 震えているのは拳だけではない、口から発される声もだ。


 いる……そう思いながら、イザークはほくそ笑んだ。

 本当に簡単に挑発に乗ってくれるゼノンのことをある意味ではかわいらしく思いながら、彼はそのまま挑発の言葉を口にし続けた。


「君の行く末はもう決まってる。このまま落ちぶれ続けて、愛しのクレアたんも奪われて、僕が英雄になる姿を指を咥えて見続けることになるんだ。それで一生後悔し続ける、あの時、決闘に臨んでいたら、もしかしたら違う未来があったのかも……ってね。まあ、違う未来っていっても、クレアを失うタイミングが早くなるだけなんだけどさ」


「うるさい……黙れ……! 俺は、負け犬なんかじゃ……!!」


「ああ、そうかもね。勝負の場にも立てなかったんだから負けてはいないか。じゃあ、弱虫の臆病者だ。で、これから真の負け犬になる。楽しみだね、弱虫ゼノンくん。愛しのクレアたんが他の男に奪われる日は、いつ訪れるんだろうね? 僕がクレアたんの次の所有者になったら、君の目の前で彼女を抱いてあげるよ。一度なってみたかったんだ、寝取り男ってやつにさ……!!」


「この、この、この……っ!!」


「その時は教えてよ。最推しのキャラクターが、自分の手に残ってる最後の希望が、他の誰かのものになった時の気分をさ。いやあ、本当に楽しみだね……寝取られ男の瀬人くん!」


「う、うあああああああああああっ! てめぇえええぇっっ!!」


「ぜ、ゼノン様っ!!」


 煽られ続け、挑発の言葉を浴びせ掛けられ続け、ただでさえ不安定だったゼノンの精神は、ついに限界を迎えてしまった。

 狂ったように吼えながらイザークを突き飛ばすと、その顔面へと握り締めた拳を思いきり叩き込んでみせる。


 そうしながら、彼は……怒りに任せて、言ってはいけない言葉を口にしてしまった。


「殺してやる、殺してやるっ!! 俺は弱虫でも負け犬でもない! お前なんかに負けるものか!! お前を叩きのめしてそれを証明してやる!! 受けてやるよ、決闘を!!」


「あ、あああああ……っ!?」


「……良かった。じゃあ、これで成立だね。他の誰でもない君が言ったんだ。僕と決闘をする、ってさ。言っておくけど、ここまでしておいてやっぱりなしだなんてのは通用しないからね?」


 激情に任せてイザークの挑発に乗ってしまったゼノンのことを、絶望に満ちた表情を浮かべたクレアが見つめる。

 ここまで威勢よく、しかもイザークを殴りながら決闘の申し出を受けてしまったら、もう引っ込みなんてつかない。後で冷静になったとしても、彼が言った通り、なかったことにしてほしいだなんて言葉は通用しないだろう。


 ゼノンがイザークに何を言われたのかは聞こえなかったが……怪しい動きをし始めた時点で、強引に引き剥がしてでも止めるべきだった。

 今のゼノンがイザークに勝てるわけがない。決闘で敗北し、最後の希望である自分を奪われてしまったら、ゼノンの精神は完全に終わりを迎えてしまう。


 それだけは何としてでも回避しなければ……そう考えたクレアは、必死に頭を働かせた末に一縷の望みに賭け、イザークへとこう切り出した。


「お、お待ちを、イザーク様! ……貴方様もご覧になった通り、今のゼノン様はとても決闘などできる精神状態ではありません。このまま勝負に臨んでも、結果は明白です」


「ああ、まあ、そんな気はするよ。でもさ、だからといってこのやり取りをなかったことにはできないよ? だって僕、こいつに殴られたわけだしさ。殺してやるとまで言われて引き下がる理由なんてどこにもないよね?」


 実をいえば先のゼノンのパンチなどほとんど効いていないのだが、さも自分が被害を受けたかのような口振りでクレアへとそう返すイザーク。

 そんな彼へと視線を返しながら、クレアは最後の望みをつなぐための言葉を口にした。


「イザーク様の仰ることはご尤もです。ですが、ですが……やはり、今のゼノン様に戦いは無理です。どうかここは、という案を飲んでいただけないでしょうか?」

 

「代役? ゼノンの代わりに、誰かが僕と戦うってこと?」


「……はい。どうかお願いです。ゼノン様の代役として他者が決闘の場に立つことを、お許しください……!!」


 深々と頭を下げながら、必死に懇願するクレア。

 そんな彼女の姿をじっと見つめた後……イザークは、不意に破顔して口を開く。


「……いいよ、その案を飲んであげる。僕は優しいからね、僕のものになる女の子の我がままを聞いてあげるよ。ただ、まあ……君の望む通りになるとは思えないけどさ」


「っっ……!」


 そう言いながら、イザークがクレアの顔に手を伸ばし、彼女に面を上げさせる。

 顎に手を添え、至近距離でまじまじと彼女の整った美しい顔を見つめた彼は、欲望を隠そうともしない様子でこう言った。


「決闘は明日の昼にやろう。それが終わったら……君は僕のものだ。明日からの毎日が楽しみだね、クレア……!」


 ゾクッとした寒気がクレアの背筋を駆け上ってくる。怒り狂ったゼノンが、そんな彼に掴みかかる。

 目の前で起きている二人の諍いを見つめるクレアは、イザークの危険性を改めて認識すると共にそんな彼から絶対にゼノンを守らなくてはと決意し、動き出すのであった。


――――――――――――――

今日は二話投稿です。このまま続きをお楽しみください。

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