イザークの悪行

「……その男子生徒が話してたことは本当だぜ。イザークの野郎、随分と好き勝手してやがる」


「そうか……あいつ、そんな真似を……」


 それから暫くして、夕方。自分の住処こと学園の庭の片隅に帰ってきたユーゴは、仲間たちと共に学園の現状について詳しいヘックスから話を聞いていた。

 学園でも随一の嫌われ者である自分にはできない情報収集という役目を果たしてくれる彼に感謝しながら、ユーゴは昼間に耳にしたイザークの悪評が本当であったことにショックを受ける。


 少し尊大な態度は見せてはいたものの、ブルゴーレムの件ではスカルを倒さないでほしいという自分の願いを聞いてくれたし、そう悪い人間ではないと思っていたのだが……と、当時のイザークの狙いなど知る由もないユーゴが難しい表情を浮かべて押し黙る中、ヘックスが自分の知る限りの情報を彼らへと話していく。


「生徒たちが今、素材を巡って決闘を繰り返しているって話は前にしたよな? イザークもその流れに乗って素材を集めてた奴の一人なんだ。前々からその腕前には注目が集まってたんだが、あまり親しい仲の相手を作るような性格じゃなかったみたいで、あいつに関する情報はそこまでなかったんだよな」


「それが急に話題になったってことは、それだけみんなから素材を巻きあげてるってことなの?」


「まあ、そういうこった。目をつけた奴に片っ端から決闘を申し込んで、素材を強奪する。強さが知れ渡ってからは申し出を断られるようになったんだが、ユーゴが聞いた通りの方法で相手を脅して、無理矢理決闘を受けさせて……そうやってあいつは素材を集めまくってるんだ」


「あいつ、そんな奴だったのか……アタシを気安くあだ名で呼んだり、馴れ馴れしい態度で接してくるから変な奴だとは思ってたけど、想像を超えたヤバい奴だったんだね」


 少し前、自分の専属技師になってほしいと話を持ち掛けてきたイザークとのやり取りを思い返したアンヘルが顔をしかめながら言う。

 馴れ馴れしいとか、距離感がおかしいというレベルではない。自分だけが良ければいいと言わんばかりの傍若無人な振る舞いをする彼は、生徒たちから相当な反感を買っているようだ。


 しかし、その強さが原因で彼に歯向かえる者がいないという男子生徒の話を思い返すユーゴへと、ヘックスがこう続ける。


「あんまりにも好き勝手やり過ぎるもんだから、英雄候補って呼ばれてる生徒たち……覚えてるか? 学園が小型の魔鎧獣に襲われた時に活躍して、今、パーティメンバーを探してる奴らだよ。あいつらがイザークを止めようとしたんだが――」


「――だが?」


「……その内の一人が、イザークとの決闘に負けた。それで何も言えなくなっちまったみたいだ」


「マジかよ。俺たちが知らない内に、そんなことになってやがったのか……」


 このところ、ユーゴは消えた魔剣のことを考えたり、ブラスタの強化についてアンヘルと話し合ってばかりいた。

 学園の動向にはあまり興味はなかったし、学園の生徒たちもユーゴたちには近付こうとしなかったため、情報が断絶していたわけだ。


 そのせいで深刻なこの事態に全く気がつけなかったということを悔やむユーゴは、そこからヘックスへとこんな質問を投げかける。


「それで、今はイザークのことを止めようとする奴はいないのか? 英雄候補がやられて、そこで終わりになってるのか?」


「そうみたいだな。やられた奴もそうだが、イザークの強さを目の当たりにした他の英雄候補たちも慎重になってるらしい。その弱気な姿勢を見た他の生徒たちもイザークに逆らえなくなっちまって、そのせいで奴の天下が続いてるってことだな」


「素材が行き渡らないとみんなが魔道具の強化や製作ができなくなる。そうなれば強い仲間を求めてる英雄候補さんたちも困るっていうのに、それでも動くことを躊躇わせるだなんて……それだけそのイザークって人が強いってことなのかな?」


「裏ではあくどいことをやってるのかもだけど、あくまで決闘のルールに従って素材を勝ち取ってるだけだし、先生たちに相談することもできないかも。今は学園の復旧で大忙しだしさ……」


「誰かがイザークを止めないと、とんでもないことになる。あいつと少し話したんだが、どんどん欲望に歯止めが効かなくなってる感じがした。上手く言えないけど……調子に乗ってるとかそのレベルじゃない、本格的なマズさを感じたんだ」


 生徒たちだけでは解決できそうにない問題だが、教師陣も学園の復旧や……ラッシュが起こした問題の後始末に動いているせいでそちらに介入する余裕がないようだ。

 裏の事情を知っているユーゴたちからすれば仕方がないと思えるが、それでもこの状況はマズいと思わざるを得ない。


 昼、ユーゴに決闘を持ち掛けてきたイザークは、希少な素材である炎属性の魔法結晶だけなくメルトとアンヘルの身柄すらも賭けの対象として要求してきた。

 素材だけならまだしも、人間を好き勝手にできる権利まで賭けての勝負を持ち掛けてくるだなんて増長の域を超えていると感じるユーゴは、彼がそれを他の生徒たちに仕掛けたらと考え、ゾッとする。


「本当、信じられないよ。ユーゴよりよっぽどクズで、最低な奴じゃん。そんな奴にビビッて誰も何も言えないだなんて、本当に情けないよ」


「同感だね。ここまでやらかしてる奴が放置されてるってのは、あまり気持ちがいいもんじゃない」


 メルトとアンヘルが顔をしかめながら、イザークの悪行についての感想を述べる。

 しかし、この場で誰よりも渋い顔をしているヘックスはそんな二人の言葉に首を振りながら、ユーゴたちが驚くようなことを言ってのけた。


「……お二人さん、まだ嫌悪感を剥き出しにするのは早いぜ。イザークの野郎は、もしかしたらこれ以上にヤバいことをやってるかもしれねえんだ」

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