逃亡の甘言
「だ、大丈夫、エーン……?」
「ほらな? こいつらはお前の過去ばかりを見て、何もかもを決めつける……俺が言った通りだっただろ?」
「バッツ、サンガ……!!」
「なっ、なんだ、お前たちは!? どこから現れた!?」
突然、自分の部下たちを押し退けて姿を現したバッツとサンガへと、動揺を露わにしながらも叫ぶロンメロ。
二人はそんな彼を無視しながら、エーンへと語り掛けていく。
「エーン、これでわかっただろ? お前が何をしようとも無駄なんだよ。俺たちは周囲から一生社会の爪弾き者として生きていくしかねえ。どんなに頑張ろうとも、周りの連中は今のお前のことなんか見やしねえんだからな」
「戻ってきなよ、エーン。また三人で一緒にいようよ。僕たちと一緒に別の町に逃げて、前みたいに暮らしていけばいいじゃないか」
「あんたたち、何を言ってるの!? エーン、そんな奴らの話に耳を傾けちゃダメだよ!」
「だったらどうしろってんだ? エーンが無罪だっていうなら、ここでむざむざこいつらに捕まえられる理由なんてどこにもねえ。むしろやってもない強盗事件の犯人っていう汚名を着せられるだけだ。信用できるかもわからねえ奴の証言と証拠とも呼べねえそんなチンケな魔道具一つで犯人にされるくらいなら、逃げた方がいいだろ? なあ!?」
「うん……?」
「ダメだ、エーン! ここで逃げたら、お前は――!!」
メルトとマスター、エーンを信じる二人の悲痛な叫びが響く。
ここでエーンが甘言に乗ってサンガとバッツと共に逃げてしまえば、それは遠回しに自分が強盗事件の犯人であると認めたことになってしまう。
警備隊も彼女を捕えるために全力を尽くすだろうし、逮捕されずとも逃亡犯として再び犯罪者に逆戻りしてしまうのは確定だ。
しかし……サンガの言っていることにも頷ける部分はあった。
エーンが事件の犯人でないのなら、ここで警備隊に身柄を抑えられること自体が彼女の人生を狂わせることになる。
昨日、警備隊が乗り込んできたというだけで店には客が来なくなっているのだ。もしもここで従業員であるエーンが逮捕されたといううわさが広まったら、閉店もやむなしという事態に追い込まれるかもしれない。
そうなればエーンの居場所はなくなり、どちらにせよ行く当てがなくなってしまうではないか。
「一緒に逃げよう。大丈夫、いつもと同じさ。サンガが暴れてる間に僕たちはトンズラして、その後で合流する。そうやってピンチを切り抜けてきたでしょ?」
「そんなことを許すと思っているのか!? 警備隊の威信にかけて、貴様らをまとめて逮捕してやる!」
「へっ! 面白れえ、やってみろよ……! 権力にあぐらをかいてる豚が、俺をどうにかできるとは思わねえけどな!」
ロンメロとサンガがお互いを挑発し、睨み合う店内の空気は張り詰めるような緊張感に包まれていた。
その空気の中、二転三転する状況についていけずに呆然とするエーンに対して、メルトの必死の叫びが飛ぶ。
「エーン、ダメ! 逃げるのだけは絶対にダメだよ! ここで逃げたら、あなたは……!!」
「メルト……」
自分のことを取り囲まんとする警備隊たちに阻まれ、傍に寄ることができないながらも必死に呼び掛けてくるメルトの声に反応して顔を上げたエーンが彼女の名前を呟く。
泣きそうになりながら、それでも自分に手を伸ばしてくれようとするメルトやマスターたちの姿を目にしたエーンが息を飲む中、その傍に立つバッツが手を引きながら言った。
「さあ、行こう。ここはサンガに任せるんだ。君は何も悪くない。だから僕と一緒に来るんだ、エーン!」
「……そう。私は、悪くない。何もやってない……」
「そうだよ! 悪いことをしてないんだからあいつらに捕らえられる必要もないんだ! ここで捕まるのは馬鹿のやることさ! だから、一緒に――」
「……違う。そうじゃない。自分が何も悪いことをしていないって言えるからこそ、私は……逃げちゃいけないんだ」
「えっ……?」
強い意志を感じさせる呟きを発したエーンが、バッツの手を振り払う。
そのままサンガと対峙するロンメロの目の前までやって来た彼女は、呆気にとられる面々の前ではっきりとこう言ってのけた。
「ロンメロさん……私、あなたと一緒に行きます。抵抗しません、取り調べも好きなだけしてください。だけど……私は絶対に、やってもない罪を認めたりなんかしない!」
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