side:主人公(ソロプレイを貫こうとする男の話)

「さ~て、サクッとモンスターを倒して、報酬と好感度をゲットしようかなっ!」


 夜、ユーゴたちが拠点としている牧場から少し離れた地点で、黒づくめの青年ことイザークが何かを待ち受けていた。


 その出で立ちのせいで夜の闇に紛れているというのもそうだが、【隠密】のスキルを使用している今の彼はほぼ完璧に姿と気配を消し去っている。

 呑気に伸びをしながら、非常に楽観的な言葉を吐きながら、そうやって一人で何かを待っている彼は少し離れた位置に陣取っている警備隊たちの方角へと目を向け、呟く。


「お仕事ご苦労様、って感じだよね~。まあ、僕が全部終わらせちゃうから、意味ないんだけどさ!」


 多分今頃、警備隊たちは近場で起きた馬の襲撃事件の犯人があのスケルトンホースではないことを知って、慌てて防衛戦を構築しているだろう。

 あの骸骨馬も被害者の一頭であることを、何となく理解し始めた頃であるはずだ。


 『ルミナス・ヒストリー』のシナリオでも先の戦いで骸骨馬を倒さなかった場合、非常に大人しい彼が陽の光を浴びない状態だと普通の馬とほぼ変わらない姿になることを知って、その事実が発覚する。

 逆にそこで骸骨馬にトドメを刺してしまった場合は、その後に訪れる襲撃者たちが近隣の村や牧場を襲って、多大なる被害が出たということを後日知ることとなる……という展開に派生していく。


 要するに、スケルトンホースが馬を殺した犯人だと思い込んだまま倒してしまうと、警備隊は危険な魔物を討伐できたと判断して引き上げてしまい、そのせいで真の襲撃者への対応が遅れるというわけだ。


 別にそれで主人公の好感度が下がるとか、そういったデメリットは特にない。強いて挙げるなら、後味が悪いという部分くらいのものだろう。

 イザークにとっては名前も顔も知らないモブがどうなっても別に構わないわけで、後味の悪さなんて感じない。

 だからあそこで骸骨馬を倒してしまっても、何も問題はなかったのだが……アンヘルと遭遇したことで、少しばかり行動を変えることにした。


「ここで戦うモンスター、今の僕とはちょっとばかし相性が悪いけど……まあ、大丈夫でしょ」


 ゲームをプレイしたことがあるイザークは、この事件の真犯人が何者であるかを当然ながら知っている。

 ブルゴーレム……それが今回、グッドエンディングのシナリオに進んだプレイヤーたちが対決することになる魔鎧獣の名だ。


 元となった魔獣はミノタウロスとゴーレム。ここからわかる通り、物理に特化した脳筋モンスターである。


 高い体力と攻撃力、防御力を兼ね備えるブルゴーレムは序盤の強敵とでも呼べる存在で、数多のプレイヤーたちを苦しめてきた。

 何を隠そう、イザークも辛酸を舐めさせられた人間の一人で、彼のプレイスタイルとブルゴーレムとの相性は最悪に近かったりする。


 イザークが使用している武器である双剣は、一発の威力こそ低いもののそれを連続攻撃で補う、手数で戦う武器だ。

 物理特化のブルゴーレムには繰り出した軽打はほぼ通らないし、全力で斬りつけてもダメージなんてたかが知れている。


 だから彼としてはこのボスと戦いたくなかったのだが……まあ、戦ったとしても負けないという自信はあった。


(転生特典で普通より高いステータスと武器の適性をもらってるからね。ゲームよりも楽に勝てるでしょ)


 改めて言っておくが、イザークたち転生者は高い初期ステータスと希望した武器の適性を最高ランクに上げてもらうという特典を得ている。

 通常プレイでも何とか倒せた相手だ。それよりも強く鍛えられた今の自分なら、そこまで苦戦することなく倒すことができるだろう。


 というわけでイザークは一人、ブルゴーレムがやって来る方角に陣取り、敵の出現を待っていた。

 その間に考えるのは魔鎧獣を倒した後のこと、自分が英雄として賞賛される場面だ。


 たった一人で恐ろしい魔鎧獣であるブルゴーレムを討伐し、その死体を引き摺って警備隊たちの下に戻ったら、きっと彼らはびっくりするだろう。

 何故だか出現したユーゴも、彼に同伴していたアンヘルも驚くに違いない。そして、偉業を達成した自分に尊敬と羨望の眼差しを向けるはずだ。


 そうなったらアンヘルの好感度も爆上がり。自分に興味を持ち、声をかけてくれるだろう。

 あとは入手した報酬を使っての武器制作を依頼して、そこから仲を深めて、あのつなぎの下に隠れているそれはそれは見事な巨乳で自分の体をメンテナンスしてもらえるようになって――。


「デュフッ! デュフフフフ……!!」


 とても気色悪い笑い声を漏らすイザークも、根本的にはゼノンと変わらない。

 英雄願望がある格好つけたがりで、欲望に忠実……それが有藤勲ありとう いさおという人間の変わらない本質だった。


 そうやって妄想に耽りながら笑い続けていた彼は、地響きと共に近付いてくる気配を察知して、そちらへと目を向けた。

 いよいよブルゴーレムの登場か……と、背中に差した双剣を手に取り、戦いの構えを取る。


(とりあえず背後からの不意打ちで大ダメージを与えてから戦闘に入ろう。相手は脳筋だから、攻撃を食らわないように気を付けて立ち回って――あれ?)


 頭の中で戦い方をシミュレートしていたイザークであったが、そこで何か違和感を覚える。

 ブルゴーレムの接近を知らせる地響きだが……なんだか大き過ぎるような気がしないだろうか?


 実際にこうして相手と対面するのは初めてなのだから、もしかしたら気のせいということもあるだろう。

 しかし、なんだか嫌な予感を覚えたイザークがまじまじとこちらへと近付く魔物の姿を見てみると――?


「……ハァ?」


 ――そこに、隊列を組んで疾走するのブルゴーレムの姿があることに気が付いた。

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