side:主人公(縛りプレイを楽しむ男の話)
――ゲームのやり込みというものには、様々な種類がある。
まず真っ先に思い付くのが何度も同じゲームをプレイする周回プレイ。しかし、これはやり込みの序の口だ。
周回を重ねながら各ルートのシナリオやエンディングを全制覇し、すべてのイベントやアイテムなんかを回収して、それで本格的なやり込みといえる。
仲間にするキャラクターのレベルを最大まで上げて、装備も最強のものを用意するというのもある。
そうして育てたキャラで裏ボスと呼ばれる敵を倒すこともまた、やり込みプレイの一種だろう。
少し変わったもののなかでは、クリアまでの時間を競うタイムアタックプレイがある。
バグを使う、使わないでその記録は大きく変わるが、効率重視でクリアを目指すそれも立派なやり込みプレイだ。
そして……プレイヤー側が自らに制約を課した上でゲームに臨むやり込みも存在している。
特定の技しか使わない。回復、能力アップアイテムを使わない。武器を装備しない……そんなゲームの遊び方は縛りプレイと呼ばれ、上級ゲーマーの中にはこれをクリアすることで味わえる達成感を生きがいとする者もいた。
彼はプレイした全てのゲームをある制約を課した上でプレイし、クリアし続けたゲーマーだ。
その縛りの内容は……ソロプレイ。パーティを組まず、主人公一人だけでゲームをクリアすること。
『ルミナス・ヒストリー』の醍醐味である仲間との交流を全て打ち捨て、インターネットや攻略本を使っての情報の収集もせずに孤独な戦いを繰り広げた彼は、傍から見れば何が楽しいのかわからないその遊び方を数あるゲーム全てで実行している。
そして、その縛りプレイはこの世界に転生してからも変わらなかった。
今の彼の名はイザーク・エリア。全身黒ずくめの双剣使いという、どこかで見たことのある風貌をしたキャラとして、この世界でソロプレイ攻略に勤しんでいる。
そんなイザークは今、工房を訪れるとユーゴたちと言い争っていた茶髪の男子と会話をしていた。
自らの得物である双剣のメンテナンスを頼みながら、彼は頼まれていた仕事を終えたことを報告する。
「ヘックス、とかいった男子だけど……お望み通り、暫く動けないようにしておいたよ。もうここに来ることもないでしょ」
「助かったぜ、イザーク。あいつ、マジでしつこかったんだよ。魔道具を作れってうるせえしさ。素材が足りないって言ってるんだから、諦めろってんだ」
「挙句の果てに工房で暴れようとするだなんて救いようのない奴だね。僕がその場にいれば、即座に斬り捨ててやったってのにさ」
喧嘩っ早い男子生徒……ネイド・ガーンの意見に同意しつつ、クククと喉を鳴らすイザーク。
しかし、心の中では少しだけではあるが、ヘックスに同情してもいた。
(こいつ、腕はいいけど好感度が低いうちは素材をぼったくるからなあ……マジで厄介だわ)
『ルミナス・ヒストリー』において、好感度というシステムは実に重要だ。
パーティメンバーの好感度が高ければステータスに補正がかかるし、解放されたキャライベントをこなせば新しい技を習得したりもする。
そして、好感度が設定されているのはパーティに所属するメンバーだけではない。ネイドたち、職人キャラも同じだ。
パーティに参加するわけではない彼らの場合はステータスが上昇する代わりに、魔道具の購入や強化、生産の値段を割り引いてくれたり、作ってもらえる魔道具の種類が増えたりといったボーナスが設定されている。
ネイドの場合は魔道具を生産、強化する際に初期から高いボーナスステータスを付与してくれるのだが……そのために必要な代金や素材の数が他の職人たちと比べるとべらぼうに高いのだ。
それだけ優秀な魔道具技師ということなのだが、何も知らずに仕事を頼もうとするとヘックスのようなことになりかねない。
逆に、ネイドは好感度を上げていくとかなりの割引率を誇るようになるのだが、それまではぼったくられることを覚悟の上で彼に仕事を頼まなければならなかった。
普通ならば素材や資金稼ぎの手段が限られている序盤に彼に仕事を頼むことはまずない。
主人公+パーティメンバー全員分の装備を揃えるためには、ネイドの料金は高過ぎる。
しかし……イザークの場合は違った。彼は、自分だけの装備を整えればいい、ソロ縛りプレイヤーだからだ。
故に、他の転生者たちが仲間集めを目的として動く中、イザークはネイドの好感度を上げることを最優先に考え、行動していた。
単独でゲームを攻略する以上、強い装備は必要不可欠。それを作ってくれるネイドを抱き込むことこそが英雄への近道であると判断した彼は、その甲斐もあってかネイドと良好な関係を築けている。
ベストはこのまま、ネイドを自分専用の技師にしてしまうこと。
メルトが自分たちのパーティに加えられなくなったように、彼に他の転生者たちからの仕事を受けさせないようになれば最高だ。
「……ネイド、これ、お土産。魔道具の試作品を作るのに役立ててくれ」
「これは……! ははっ、ありがとうな! お言葉に甘えて、頂かせてもらうぜ!」
ヘックスから強奪した素材をプレゼントとして差し出せば、ネイドは嬉々としてそれを受け取ってみせる。
頭の中に響くアナウンスに彼の好感度が上がったことを報告されたイザークは、ほくそ笑みながら着実に自分の計画が進行していることを喜んでいた。
(……ただまあ、懸念点がないわけじゃあないんだけどね。そこを解決できれば憂いは断てるんだけどな)
目的に向かって着実に進んでいるように見えるイザークだが、気になっていることが二つほどある。
一つはゼノンが最序盤に起こした騒動のせいで諸々のイベントに変化が起きていること。
細やかだったり大きかったりとその差は様々だが、これが縛りプレイの一環として最小限の情報しか集めていないイザークにとっては大きく響いている。
もう一つの懸念は、ネイドに並ぶもう一人の優秀な魔道具技師であるアンヘル・アンバーと出会えていないこと。
少し気まぐれな彼女とはランダムイベントでしか遭遇できず、そこから彼女に興味を持ってもらうことでようやく仕事を受けてもらえるようになる。
ネイド同様に種類を選ばず魔道具全般を生産、強化できる優秀さと彼とは違って一般的な量の素材と代金で仕事を引き受けてくれるアンヘルは、是非とも自分専用の技師として抱えておきたいキャラでもあった。
(一応、パーティメンバーとして戦闘に参加させられるけど……そこはどうでもいいや。他の奴らに取られないようにしないとな)
戦闘面でも一応は役に立つが、イザークにはアンヘルを戦いに出すつもりはない。
彼女に求めているのは技師としての技術と、自分の体のメンテナンス要員としての役目だけだ。
だが、まだそのアンヘルと自分は出会えていない。
仕事を受けてもらうためにも、好感度を上げるためにも、早く遭遇したいものだ。
(まあ、あいつらも暫くはこっちに来ることもないでしょ。その間に工房に通いつめれば、俺がアンヘルと出会う最初のプレイヤーになるのは間違いないよね)
そんなことを考えながら、ネイドに見送られて工房を後にしたイザークであったが……既に自分より早くに彼女と出会った男がいるだなんてことは想像もしていなかった。
この出来事が少しずつ彼のソロプレイ攻略を狂わせていくことになるのだが、今はまだそんなことを知る由もないイザークは、そろそろアンヘルに会える頃だろうだなんてのんきなことを考えていたのであった。
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