事件が終わった後、幸せな日々

 ……結局、あの男が見つかることはなかった。

 近隣の林の中でほんのわずかに残っていた血痕が発見されたが、それがあの男のものである確証はなく、警備隊もお手上げ状態といったところだ。


 人間が魔鎧獣に変貌するという信じ難い話には緘口令が敷かれ、養護施設での一件もなかったこととして闇に葬られることとなった。

 ユーゴたちも簡単な取り調べの後で解放され、翌日には普段通りの生活に帰還することなって、今、彼は弟から新しいブラスタを受け取っている真っ最中だ。


「うお~っ! もうパワーアップが終わったのか!? すっげぇ! 流石はフィーだな!」


「大したことはしてないよ。鎧を構築する微粒子金属の量を増やして修繕の速度と限界値を上げたのと、それによる武器生成能力を追加しただけだから」


「待って! 今、なんて言った!? 武器生成能力!?」


「ああ、うん……左手で握った物に微粒子金属を付着させることで、あらかじめインプットしておいた形状の武器に変化させるってだけだよ。今回の場合は剣の情報を入れておいたから、それっぽいものを手に取れば生成することができるね」


「オー・マイ・ゴッド! テレビで見たことのある憧れのあれができるじゃねえか! 流石は我が弟! お兄ちゃんの願いをなんでも叶えてくれる!!」


「そ、そんな大したことじゃないって……剣の形にできるってだけで、ガランディルとは比べ物にならないし……」


「性能とか、ユーゴは気にしてないよ。純粋にフィーくんに感謝してるんだって。お兄ちゃんからの感謝の言葉は素直に受け取っておきなよ、ねっ?」


 蟹怪人との戦いの最中、拳を痛めてまで戦い続けたユーゴの姿にフィーも思うところがあったのだろう。

 鎧の自己修復速度の上昇と、拳で戦うには相性の悪い相手に対する手段の確保を目的とした強化を施した【ブラスタVer.Ⅱ】とでもいうべき魔道具を受け取ったユーゴが、その強化内容に大興奮しながらはしゃぎ回る。


 別に大した改造でもないのだが、それでもあそこまで喜ばれると逆に気が引けちゃうなと思いながら苦笑するフィーへと、メルトはこんな質問を投げかけた。


「ねえ、もしかしてなんだけどさ、武器の形状を剣にしてくれたのって、私との連携のことを考えてなのかな?」


「あ、はい……メルトさんが一緒にいてくれればいつでも武器が作れますし、その方がいいかなと思いまして……」


「わ~っ! ありがとう!! こんなに思慮深い弟がいて、私も助かっちゃうな~っ!!」


「わぷっ!? もご、むごご……!」


 メルトに抱き締められたフィーがその豊満な胸に顔を埋めて呼吸困難に陥る。

 傍から見れば羨ましい状況なのだろうが、実際に抱き締められているフィーからすれば命の危機に瀕しているわけで、どうにか息をしようとメルトの肩をパンパンとタップしながらもがく中、また新たな人物がこの場に姿を現す。


「我が好敵手、ユーゴ・クレイ! どうだ、拳の調子は? このマルコス・ボルグがお前の様子を見に来てやったぞ!」


「おっ! ちょうどいいところに来たな! 見ろよ、これ! 我が最愛の弟が改造してくれたニューブラスタ! すごいだろ~!? 格好いいだろ~っ!?」


「ふっ、どうやら新たな力を手にしたようだな……! 面白い! 好敵手である貴様が高みに手を伸ばさんとするなら、その先を行くのが我が使命! ゆめゆめ油断するなよ、ユーゴ・クレイ!」


「おう! とりあえずこの新機能を使いこなせるようになるために特訓だな! 暇があったら付き合ってくれよ!」


「……な~んか妙に仲良くなったよね、あの二人」


「ぷはぁ! は、はい、そうですね……」


 嚙み合っているようで嚙み合ってない、と見せかけてやっぱり嚙み合っている会話を繰り広げるユーゴとマルコスを見つめながら、若干呆れ顔を浮かべた二人が呟く。

 もう近付かないという約束もどこへやら、養護施設での一件以降、普通に会話してくるようになったマルコスの態度の急変っぷりに困惑するメルトたちであったが、悪くない変化であることとユーゴも彼を受け入れていることから、特にツッコミを入れたりはしていなかった。


 マルコスも口ではユーゴのことを敵視しているし、尊大な物言いも変わりはないが……明らかに彼のことを友人として認めて接しているように見える。

 そのことについて言及すれば、「誰が奴と友達だ!」と怒ったりするためやっぱりツッコんだりはしていないが、態度が軟化してからユーゴと仲良くしているマルコスを見ていると、若干の嫉妬を覚えてしまうことも確かだ。


「いいよねえ、同性のお友達って……やっぱり友情を結びやすいところがあるんだろうなあ……」


「そうですね……一緒に戦ったり、授業を受けたりできるんですもんね。いいなあ……」


 性別だったり、年齢だったり、戦闘の適正だったり、そういった部分でユーゴとの間に隔たりを覚えているメルトとフィーは、それら全てを関係なしに彼と距離を詰められるマルコスのことを羨ましく思っているようだ。

 少しずつ詰めていった距離を軽々と超えてしまったマルコスへの嫉妬の気持ちを共有する二人は、互いに顔を見合わせて話をする。


「負けてらんないね、私たちも。とりあえず頑張ろう、フィーくん!」


「そうですね……! 負けてられない、ですよね……!!」


 お互いの意思を確認した後で頷き合った二人は、無言で共同戦線を張ることにしたようだ。

 このままユーゴの隣をぽっと出のマルコスに奪われてなるものかと反抗の気持ちを燃やす二人であったが、そんな彼らの傍にそのマルコスがやって来て、声をかけてきた。


「おい、そこの二人」


「わわっ!? ななな、なんでしょう……?」


「別に私たち、秘密の話なんてしてないよ!? ね~っ?」


 てっきり自分たちの会話が漏れ聞こえていたのかと身構える二人であったが、マルコスはそういったつもりで声をかけたわけではなさそうだ。

 一拍、呼吸をするだけの間を空けた後で……彼は、フィーとメルトに対して深々と頭を下げ、口を開く。


「……フィー・クレイ、メルト・エペ。先日の無礼な態度及びお前たちを傷付けてしまったこと、ここに謝罪する。すまなかった」


「え……?」


「へっ……?」


「……それだけだ。ユーゴに伝えておけ。私との決闘を万全の状態で迎えられるようにしておけとな。それと、いつまでもこんな野ざらしになっている場所に寝泊まりするなとも。必要があればこのマルコス・ボルグが寮に部屋を用意してやる。以上だ」


 予想外の行動を見せたマルコスへとぽかんとした表情を向けるフィーとメルト。

 ユーゴへの脅迫の材料として攫ったことと、顔と体だけの女と馬鹿にしたことを謝罪しているのだということは理解できたが、まさかプライドの高いマルコスが女子供である自分たちに頭を下げるだなんて……と驚く二人へと言いたいことを言い終えた彼は、背中を向けてこの場を立ち去っていく。


「……変わったね、彼。蟹だけに、脱皮したみたい」


 文字通り、一皮剥けたような成長っぷりを見せるマルコスの様子を評したメルトの言葉にフィーがうんうんと頷く。

 そうした後でブラスタを展開してはしゃぐユーゴへと視線を向けた二人は、笑みをこぼしながらこう続けた。


「ユーゴのお陰なのかな? 色々と言われてるけど……私は、ユーゴの周りには笑顔が咲いてると思うよ」


「僕もそう思います。前から兄さんのことは大好きだったけど、最近はもっと好きになってる気がします」


 マルコスが成長したのも、ユーゴの必死な姿を見たからなのだろう。

 憑き物が落ちたような彼の表情を思い出しながら、それを引き出したユーゴへと温かな眼差しを向ける二人は、同じことを考えると同時にそれを言葉として発する。


「もっと沢山の人たちに知ってもらえるといいね。ユーゴのいいところを、さ……」

 

「……はい」


 自分を敵視していたマルコスでさえ友人にしてしまったユーゴの不思議な魅力を思いながら、もしかしたらそれこそがヒーローの素質というやつなのかもしれないと考える二人。

 このまま平和な日々を過ごして、ユーゴの人間性を沢山の人たちに知ってもらって、そうしていけばきっと幸せな毎日を過ごすことができる。


 決闘とも事件とも無縁な穏やかな学園生活を思い描いた二人は、その中心で笑うユーゴや自分たちの姿を想像し、それが現実になることを祈っていたのだが――

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