ユーゴVS蜘蛛怪人

 乗客の一人からナイフを受け取り、苦戦するマルコスと戦う三体のアラクロを睨み付けながらメルトへと答えるユーゴ。

 助走をつけて跳躍した彼は、そのままマルコスを囲む魔鎧獣の包囲陣を突破すると、彼へとナイフを差し出して言う。


「マルコス、これを使え! 鋏を縛る糸をこいつで切るんだ!」


「何……?」


 ユーゴの言葉を聞き、彼が差し出してくる紫のナイフを目にしたマルコスが苦々し気な表情を浮かべて呻く。

 今のままでは攻撃に転じることができないと、まずは自身の武器である鋏を解放して戦える状態に戻せと告げるユーゴであったが、自身のプライドを優先するマルコスは彼の手を叩き、憤慨しながら叫んだ。


「ふざけるな! 誰がお前の手なぞ借りるか! 私は誇り高き貴族だぞ!? お前なんかに情けをかけられる必要なんてないんだ!」


「馬鹿っ! そんな状態で戦えるわけないだろうが!」


 ユーゴの言葉を無視して、左腕を前面に構えながらのタックルで魔鎧獣へと挑みかかるマルコスであったが、直線的なその動きは簡単に見切られ、躱されてしまった。

 ならばと装甲の硬さを活かした裏拳や切っ先の鋭さを活かした突きでの攻撃を仕掛けるも、単調で見え見えなその攻撃もまた魔鎧獣たちには通用しない。


「くそっ! くそぉっ!! どうして倒せない!? ユーゴ・クレイでも倒せた相手なんだぞ!? こんなはずじゃないのに! こんな、こんなの……っ!」


「マルコス、冷静になれ! 二人で協力してこいつらを倒すんだっ!」


「黙れ黙れ黙れっ! 黙れぇぇっ!! お前の手など借りなくとも、私は――がはっ!?」


 自分を落ち着かせようとしたユーゴの言葉に逆に頭に血を昇らせたことが、マルコスの命取りとなった。

 その隙を突いて繰り出された蹴りを無防備な腹部に受けた彼が、声にならない呻きを上げながら体をくの字に折り曲げる。


 魔力による障壁を破り、勢いのままに右足を振り抜いたアラクロの一撃によって意識を刈り取られたマルコスは、そのまま後方へと蹴り飛ばされると岩盤に叩きつけられた後でぐったりと動かなくなってしまった。


「マルコスっ! クソッ……!!」


 魔鎧獣に倒されてしまったマルコスの身を案じながらも、三体の敵に取り囲まれてしまったユーゴが焦りを募らせる。

 二人で一体ずつ敵を処理していくはずが三対一の状況に陥ってしまったことに苦悶の表情を浮かべるユーゴであったが、救いの女神が彼へと手を差し伸べた。


「ユーゴ、跳んでっ!!」


「メルトっ!?」


 自分へと叫びかけるメルトの声を聞いたユーゴが、反射的に脚に魔力を注いで跳躍してから彼女の方を向く。

 マルコスと自分がアラクロの注意を引いている間に無数の紫の剣を生み出していたメルトは、狙いを魔鎧獣たちにつけると雨あられのようにそれを降り注がせてみせた。


「これでもっ、食らえーーっ!!」


「ガグゴオオッ!?」


「ギョッッ! グギョォオッ!?」


 全く意識していない方向からの攻撃に悲鳴を上げるアラクロたち。

 咄嗟に急所を庇ったお陰か致命傷は防げたようだが、それでも十分過ぎるほどのダメージを受け、隙を晒している彼らをユーゴが見逃すはずがない。


「ナイスだ、メルト! トドメは任せろっ!」


 右と左の拳に魔力を充填。赤い光を放ち始めた両手を強く握り締める。

 そのまま落下していったユーゴは、視線の先に見えるアラクロたちへと狙いを定め、叫ぶ。


「ブラスター・パァンチッ!!」


「ゴベェッ!?」


「ガグッ!!」


 落下の勢いをそのままぶつけるように左手を魔鎧獣の顔面に叩き込み、着地と同時にもう一体のアラクロの横っ面を右拳で殴り抜く。

 地面に倒れ伏し、吹き飛ばされた二体の魔鎧獣たちはユーゴの魔力と同じ紅の光を放つと共に爆発し、完全なる消滅の時を迎えた。


「残りは一体っ! これなら――っ!?」


 メルトの援護のお陰で窮地を脱したユーゴが最後のアラクロとの戦いに臨もうと振り向いた時、魔鎧獣の甲高い咆哮が洞窟内に響いた。

 他の二体と違ってメルトの攻撃を回避したアラクロは、洞窟の天井に糸を伸ばすとそれを利用して彼女に襲い掛かろうとしている。


 大技を放った直後のメルトには、自分を狙うアラクロに対処する余裕がないようだ。

 ターザンのように空中でスイングし、一直線に彼女へと飛び掛からんとする魔鎧獣の姿を目にしたユーゴは、仲間の窮地を救うべく神速の行動を見せる。


「思い通りになんてさせるかよっ! はあああぁっ!!」


 両脚に魔力を充填して脚力を強化。振り子の要領で移動するアラクロの動きを予想したユーゴが先回りをするように駆け出す。

 疾走、跳躍、からの壁を蹴っての三角跳びでアラクロの前に飛び出したユーゴが宙返りと共に右足を魔鎧獣へと向ける。


「ブラスター・キィィィックッッ!!」


「グギャアアアアッッ!?」


 自身の跳躍の勢いと飛び掛かってくる相手の勢い。その二つを活かしたカウンター気味の一撃を魔力で強化した足で叩き込めば、アラクロは悲鳴を上げながら吹き飛んでいった。


 そのまま地面に着地したユーゴが油断なく相手の様子を窺う中、どうにか立ち上がろうとよろめきながら体を起こしたアラクロであったが、そこで力を使い果たしたかのように再び崩れ落ちてしまう。

 直後、他の仲間たちと同様に全身から赤い魔力の光を放ちながら一際派手な爆発を起こしたアラクロの断末魔の叫びが洞窟の中に響いた。


「グギッ! グゴッ……! ギャアアアアアアアッ!!」


 魔鎧獣が放つ爆発の光を浴びて輝く黒い騎士の姿を、人々は見た。

 ほとんど一人で怪物を倒して連れ去られた人々を助けてみせたユーゴは、変身を解除しないまま自分のことを見つめる彼らへと言う。


「まだどこかに敵が潜んでいるかもしれません! 今の内に急いで糸からの脱出を! 動ける人は協力してください!」


「あ、ああ! わかった!」


 全滅したしたかどうかはまだわからないが、少なくとも当面の危機は去った。

 自分たちを助けてくれたヒーローの言うことに従った乗客たちは、協力し合ってアラクロの糸を切り裂いていく。


「じっとしていて! 今、助けます!」


 ユーゴもまた先ほど学んだ魔力を込めた鋭い手刀で人々を拘束する糸を叩き切っていく。

 やがて、全ての人々が解放されたことを確認した彼は、自分たちが使った横穴を指差しながら叫んだ。


「あそこから地上に戻れます! 俺が先導するので、皆さんはついて来てください! 歩けない人には手を貸して、全員で戻りましょう!」


 絶望の淵から人々を救ったヒーローが、頼もしい背中を見せながら暗闇を切り裂いて進む。

 愛する家族の下へ帰れると、命の危機を脱した人々は歓喜の感情を抱きながら、彼の後を追って光あふれる地上へと向かっていった。

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