戦闘開始!
「なんとまあ醜い怪物だ。これが魔鎧獣か」
「ギャウッ……?」
暗い洞窟に響く、嘲りの言葉。それを耳にしたアラクロが唸りを上げてその声がした方へと顔を向ける。
堂々と魔物の前に仁王立ちするマルコスは左腕を覆うギガシザースの鋏をジャキンと鳴らしながら、その切っ先を魔鎧獣に向けて叫んだ。
「我こそはボルグ家の嫡男、マルコス・ボルグである! 醜い怪物め、この私がその首を切り落としてくれるわ!」
「ちょっ!? あいつ、何やってんだって!」
アラクロに対して名乗りを上げ、ふふんと鼻を鳴らすマルコスへと顔を青くしながらツッコミを入れるユーゴ。
敵の数も居場所もわかっていないというのに自ら姿を曝してしまった彼の愚行に焦ったユーゴは、慌てて隣のメルトへと声をかける。
「メルト、急いで捕まってる人たちを助けるぞ! 隠れてる仲間に人質に取られたりしたら大変なことになる!」
「わ、わかったっ!」
本来ならばもう少し考えを巡らせ、捕まっている人たちの安全を確保することを最優先にして動きたかった。
それを全て台無しにしてくれたマルコスを恨んでも仕方がないと自分に言い聞かせながら、せめて彼がアラクロの注意を引いている内に乗客たちを助けようと考えたユーゴがメルトと共に物陰から飛び出し、人々の下へと向かう。
「大丈夫ですか!? 皆さんを助けに来ました! 落ち着いて、動かないでください!」
スワード・リングの能力でメルトに作ってもらったナイフで糸を切り、必死になって救出活動を行うユーゴ。
しかし、たった二人で数十名にも及ぶ乗客たちを強靭なアラクロの糸で作られた網から解放することは難しく、時間がかかってしまっている。
救出した人たちの内、まだ体力が残っている人々が新たに作り出したナイフを手に手伝ってくれているが、それでもまだまだ時間がかかりそうだ。
魔鎧獣たちに襲われるかもしれないという焦りを抱きながらも懸命に救出活動を続けるユーゴは、せめてマルコスがアラクロを倒してくれていればと一縷の望みを持ちながら彼の方を見てみたのだが――
「く、くそっ! 卑怯な怪物めっ!」
「グギャギャギャギャギャッ!」
――残念ながら彼が目にしたのは、苦戦しているマルコスが悪態を吐いている姿だった。
アラクロと戦っていたマルコスであったが、どこからか姿を現した二体の怪物によって手下を倒され、三対一と数で不利な状況に追いやられている。
しかも、彼の武器であるギガシザースは鋏の部分を糸で縛られ、開くことができなくなっていた。
鋏というのは閉じる時には強い力を発揮するが、そのためには開かなければならない。
それができなくなった今、彼の魔道具は左肩を守る装甲としての意味しか持たない、ただの飾りにも近しい物になってしまっていた。
「あいつら、学習してやがる! マルコスと仲間の戦いを観察して、魔道具の弱点を見抜いたんだ!」
アラクロの恐ろしさはオオグモが持つ蜘蛛としての能力……動きを封じる糸や鋭い脚の爪にあると思っていたユーゴであったが、苦戦するマルコスを見て、それ以上の脅威があることに気が付く。
それは知恵。自身の武器を最大活用する方法と、相手の弱点を見つけ、それを確実に突く手段を思い付くゴブリンの悪知恵であると……二種類の魔物の能力が組み合わさった魔鎧獣の恐ろしさを理解した彼は、そこではっとすると周囲の暗闇を見回した。
(あそこにいるアラクロは三体! まだどこかに敵は潜んでる! そいつらは俺たちの方を見ているはずだ!!)
敵は最低でも五体はいる。マルコスが三体のアラクロを引き付けているものの、まだこの場には姿を見せていない二体以上の魔鎧獣がいるはずだ。
マルコスへの対処法を確立した今、そいつらは間違いなく救出活動に動く自分たちのことを見ているはずだと察知したユーゴであったが、その瞬間にナイフを持つ右腕目掛けて白くべたつく蜘蛛の糸が飛んできた。
「うおっ!?」
「ユーゴっ!? きゃあっ!!」
不意の急襲によって紫に輝く魔力で作られたナイフを取り落としたユーゴが右手を壁にくっつける中、ターザンのように糸を利用して頭上から姿を現したアラクロがメルトへと飛び掛かった。
彼女が指輪からナイフを作り出すところを見ていたのだろう。メルトの手を押さえたアラクロたちは、涎を垂らしながら歓喜の雄叫びを上げている。
「ジュラギュラララッ!」
「ギッ、ギッ、ギィィッ!」
「このぉ……っ! 放しなさいよっ!」
地べたに押し倒されたメルトが必死の抵抗を試みるも、体重を乗せて彼女の上に乗るアラクロは微動だにしない。
美少女であるメルトの顔から胸へといやらしい視線を向けた魔鎧獣が歯を剥き出しにして笑えば、もう片方のアラクロが鋭い爪を使って彼女の服を引きちぎりにかかった。
「グジュジュジュ! グホホホッ!!」
「ふざけないでよっ、この変態! 誰があんたなんかに下着を見せるもんですか!」
魔力を使い、障壁を張って、どうにか服を切り裂かれるのを防ごうとするメルト。しかし、その抵抗も魔力が尽きれば破られてしまうだろう。
乗客たちもアラクロたちへの恐怖で彼女を助けることができず、ただただ悲鳴を上げるばかりだ。
そんな中、左腕のブレスレットに魔力を注いだユーゴが、拳に力を込めながら全力の叫びを上げる。
「変……身っ!!」
「ゴギョロロッ!?」
紅の光の爆発と、あふれる魔力の奔流を感じたアラクロが唸りを上げた時には、彼らの体は宙を舞っていた。
ブラスタを展開すると同時に右手を拘束していた糸を引きちぎったユーゴが、メルトに圧し掛かる怪物を蹴り飛ばし、放り投げたからだ。
「魔力充填完了、行くぜっ!!」
怪物を仲間や捕まっている人々から引き剥がし、二体並べたところで、ユーゴがブラスタに魔力を注ぐ。
足首の結晶に魔力を送って跳躍力を強化した彼はアラクロたちに向かって大きくジャンプすると、同じく魔力を込めた右手を頭上へと掲げる。
上空から襲い掛かる黒い鎧の騎士を迎撃すべく口から糸を吐くアラクロであったが、振り下ろされたユーゴの手刀がそれを真っ二つに切り裂くと共に脳天へと炸裂した。
「せやっ! たあっ!!」
「ゴボッ!?」
アラクロの片割れが赤く輝く斬光が仲間の脳天から股間まで走る様を目にした次の瞬間、ユーゴの手刀を食らった魔鎧獣の体が真っ二つに分かれて崩れ落ちる。
続けざまに回転した彼が放った横薙ぎの一撃を受けたアラクロは、仲間の死を驚く間もなく上半身と下半身を両断され、その後を追うこととなった。
「ブラスタ・ダイナミックスラッシュ……! 泣けるくらいの強さだったろ?」
後で言うんだ……と、敵を倒した後で技名を述べたユーゴへと戦いを見守っていた面々が心の中で思う中、彼は上半身を起き上がらせて同じく戦いを見守っていたメルトの下へと駆け寄る。
はっとした彼女が服についた汚れを叩きながら立ち上がれば、兜の下で笑みを浮かべたユーゴが頷いてからメルトへとこう言った。
「どうやら無事みたいだな。メルト、悪いがこの人たちを頼めるか?」
「大丈夫だけど……ユーゴはどうするの?」
「こうなった以上、あいつらを全滅させる以外に道はねえ。マルコスも助けてやらないと危ないし、俺はあっちの連中を倒してくる!」
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