変身アイテムだァァァァッ!!

「兄さん、これを……」


「ん? なにこれ?」


 フィーが差し出してきた物を受け取ったユーゴがしげしげとそれを見つめる。

 赤い宝石が一つだけ埋め込まれた銀色のブレスレットと思わしきそれを暫し眺めた後、左手首に装着したユーゴがそれを弟へと見せつければ、フィーは嬉しそうに微笑みながらこう言ってきた。


「じゃあ、動作確認をしたいからを注いでみてよ、兄さん」


「へ? ま、魔力……? あ、ああ、魔力ね、魔力か……」


 唐突に出てきた聞き慣れない単語にわかりやすく狼狽するユーゴ。

 そういえばここは異世界だったと、異世界だったら魔法も魔力もあるよなと、そう自分を納得させながらちらりとフィーを確認してみれば、無垢な顔でこちらを見つめる彼の姿が目に映った。


「……?」


「あは、あはははは、あはははははは……」


 これはマズい。流石に誤魔化すのにも限界がある。

 どうやら魔力を操るというのはこの世界でいえば常識レベルの行動らしいし、自分や周囲の人間のことがわからないというのは記憶喪失でどうにかなっても、これは無理そうだ。


 かといって正直に自分は異世界から意識を転生してきた人間で……と言ってもそれはそれで怪我の後遺症を疑われてしまうだろうし、魔力の操り方がわからないと言っても末路は同じ。

 これ以上フィーを心配させたくないユーゴとしては余計なことは言いたくないわけで、そうなると一か八かでとりあえずやってみるかという結論に達するのは自然の摂理であった。


(意味わかんねえけどとりあえず集中、集中……! 輝け! 俺のイマジネーション!! プリーズ、奇跡!)


 左手首に装着してあるブレスレットを食い入るように見つめながら、ユーゴがそこへと意識を集中させていく。

 イメージや魔法を力として扱うヒーローたちへと全力の祈りを捧げながら彼が精神を集中していけば、ブレスレットに埋め込まれた宝石が煌々と赤い輝きを放ち始めたではないか。


「うおっ!? な、なんだぁっ!?」


 その光に包まれ、驚いて大声を出したユーゴが顔を庇うように腕をクロスする。

 ややあって、光が消えた後でゆっくりと瞳を開けた彼は、真っ黒な鎧のような何かに覆われた自分の両腕を目にして再び驚きの声を上げた。


「お? おおっ? おおおおおっ!? なにこれ? なんだこれ!?」


「良かった。の調整は上手くできたみたい」


「ブラスタ? そいつがこの鎧の名前か?」


「あ、うん……鎧型魔道具【ブラスタ】。ブレスレットに魔力を注ぐことで展開する、全身強化鎧だよ。旧型で性能も高いどころか無いよりはマシ程度のものだけど、兄さんはガランディルを没収されちゃったし、明日からの学園生活を魔道具なしで過ごすのは難しいと思うから、研究用に貰ってた物を少しだけ調整して持ってきたんだ」


「こんないい物をわざわざ俺のために用意してくれたのか!? うわ~、マジで感謝! この鎧、カッコ良過ぎるんだが!? ありがとうな弟よ! お兄ちゃん、とっても嬉しい!」


「そんな、本当に旧型の魔道具だよ? ガランディルを使ってた兄さんにとっては、玩具みたいなものだし……」


「何言ってんだよ! 夢にまでみた変身アイテムを貰えたんだぞ!? こんなに嬉しいことはないって!」


 そう言いながら、何度も変身と解除を繰り返して鎧を装着する変身ごっこ……もとい、本当に変身を繰り返すユーゴ。

 子供の頃から夢に見ていたヒーローへの変身を可能にする異世界の魔法に感動する彼へと、フィーが言う。


「あ、そうだ。一応、ブラスタの機能について説明しておくね。両方の手首と足首に埋め込まれてる魔法結晶に魔力を充填することで、威力を上げたパンチやキックが繰り出せるよ。って、それだけしか機能らしい機能なんてないんだけどさ……」


「うっひょ~っ!? 必殺パンチと必殺キックが撃てるってことかよ!? マジか……! こんな夢のようなことがあっていいってのか……!?」


「に、兄さん? 水を差すようで悪いけど、そんなに喜ぶような代物じゃあないと思うよ? あの、もしも~し……!」


 既にフィーの言葉は、ユーゴの耳には入っていない。

 変身アイテムを貰えたかと思ったら、鎧には必殺技が撃てる機能までついているというのだから、ヒーロー好きのオタクとしては感無量以外の言葉が出てこない状態だ。


 正に落として上げる。

 転生直後はどん底に落とされた気分だったが、かわいい弟と格好いい変身アイテム兼パワードスーツを手に入れた今の気分は最高と言って差し支えない。


 黒を基調に差し程度の赤が加えられた鎧のデザインも実に好みだし、本当に素晴らしいプレゼントを用意してくれたフィーに胸いっぱいの感謝を抱いたユーゴは、その気持ちを彼へと伝えていった。


「ありがとうな、フィー! 本当に、お前には助けられてばかりだ」


「そんな、お礼を言われるようなことじゃないよ。こんなの、本当に無いよりはマシくらいの性能の魔道具だし……」


「魔道具のことだけじゃねえよ。こんな俺に優しくしてくれる人間がいるってことだけで、本当に気持ちが明るくなる。ありがとうな、フィー。お前みたいな弟がいるだなんて、俺は世界で一番幸せな兄貴だ」


「兄さん……」


 わしわしと頭を撫でながら自分に感謝を伝える兄の言葉に、驚きと嬉しさが同居した表情を浮かべるフィー。

 その後で照れたように顔を真っ赤にした彼は、はにかみながら立ち上がると鞄を手に取り、口を開く。


「……もうそろそろ戻らなくっちゃ。また明日、学校で話をしようよ。昼休みに会いに行くから、一緒にランチを食べようね」


「ああ、そうだな。遅くまで付き合わせて悪かった。気を付けて帰るんだぞ」


 変身を解除し、素顔を見せたユーゴが笑顔を浮かべながら弟を見送る。

 自分に手を振ってくれる兄へと笑みを返したフィーは、去り際に一言別れの挨拶を口にしてから初等部の寮へと戻っていった。


「おやすみなさい、兄さん。また明日……」


「ああ、おやすみ。また明日な、フィー」


 異世界にやってきて初めての夜を一人で過ごすことにならなくてよかったと思いながら、自分を気遣ってくれる弟に感謝しながら、その背を見送るユーゴ。

 変身アイテムを貰ったことよりも、魔法の力を目の当たりにできたことよりも、こうして自分を心配してくれる誰かがいるという事実を何よりも喜ぶ彼の表情は、喜びに満ちた温かなものになっていた。


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