愛猫
山猫拳
◆
原因不明の頭痛が、二週間前から続いている。夜眠れないせいか、このところ記憶に
僕はまだ二十六だし、
病院に行って、何か薬を処方してもらおうと思った。症状を伝えたところ、原因が分からないので、詳しく検査した方が良いと言われた。僕は有給を二日ほど取って、検査入院をすることにした。
二日間、家を空けることになる。そのことで一番に心配したのは、ミューの世話だ。信頼できる誰かにお願いしなくてはいけない。二人の友人の顔が浮かんだが、一人は既に犬を飼っているし、もう一人は動物の世話には向いてない性格だと良く知っている。僕は近くに住む母にミューの世話を、お願いすることにした。
僕のお願いに母親は驚き、
「あぁ、それなら心配ないよ、母さんも知っている。僕が昔お世話になった病院だよ。このところ仕事が立て込んでたから、疲れてるだけだと思うけど」
「そう……あそこなら、良い先生ばかりだものね。そうね、ミューのことは心配ないわ。私も病院には顔を出すから」
僕は断ったが、母は
二日の休みを取るために、前日は遅くまで仕事をしていた。そのせいか検査着に着替えて横になっていると、眠くなってきた。さすがにMRIの
翌日の内臓検査のために、点滴を入れながらベッドに横になっている。僕の症状は頭痛なのに、なぜ内臓まで調べるのだろうと不思議に思うが、眠くて仕方がない。もし母が顔を出しても、話相手をしてあげられないかもしれない。ミューの様子ぐらいは聞けるだろうか。そう考えながらも、僕はいつの間にか眠りに落ちてしまった。
――――――
話し声が聞こえる。けれども身体は動かない。もしかしたら夢を見ているのか。ベッドに横たわる僕の傍に、先生と母の気配がある。
「先生……
「頭痛や記憶が曖昧になるなどの症状があるそうなので、記憶に関する検査と合わせて、MRIまで今日は終わったところです。器官は正常です」
なんだ、やっぱり何ともないのか。少し疲れていたのかな。有給は
「では、この子の言うように、少し疲れていただけなんですか?」
「いや、実は彼のような子には、たまに起きる症状です。海外の事例では、自己認識が保てなくなって、
「まぁ……何てこと! 実は、
ミューが死んでいる? 大変だ、寝ている場合ではない。僕にとって彼女は、生きる支えだ。彼女のためだから、辛いことも頑張れるのに。僕の膝の上で眠るミューの、ふわふわの毛の感触。試験勉強で遅くまで起きているといつも……。どうしてこんな昔のことを思い出しているんだろう。昨日まで一緒にいた筈なのに、昨日は何をして過ごしたんだっけ?
――――――
「なるほど……そうだったんですか。記憶というものは、大脳や
何だか、難しいことを言っている。きっと大事なことだと思うのだが、僕は上手く考えられない。ミューのことも確かめたいのに、起き上がることはできず、意識はとぎれとぎれになる。
「そんな! このままだと、その……海外の症例の方のように、なってしまうんでしょうか?」
「大丈夫です。記憶をもう一度制限して、バイアスをかける治療法が近年進んでいます。明日はその治療を行います」
治療? 僕は検査をするだけの筈だ。何をするんだ? だがこれ以上、意識を保っていられない。
「先生、お願いします! もう一度泰史を失うなんて……私、とても耐えられそうにない」
「大丈夫ですよ。クローン体の記憶障害は、私は既に数例完治させていますから。おそらく、その……猫が亡くなったこと、入院中に教えなかったのではないですか?」
「ええ、ええ……そうなんです。そんな状況ではなかったし、話せば気落ちしてしまうのは分かっていましたから」
「なるほど。分かりました。執着が強い思い出だったのに、オリジナルの泰史君の記憶と
「ありがとうございます。こんなことなら、ミューのクローンもお願いしておけばよかった」
了
愛猫 山猫拳 @Yamaneco-Ken
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